白と黄

 

 イサクの顔が、一瞬曇った。「万が一、裁判沙汰になりそうだったら?」ヤコブが、ドヤ顔で話し始めた。「そうだな。脳損傷隠ぺいのために、植物人間にして、死ぬまで入院させればいい。まあ、いざとなれば、お金で解決できる。親族にとっては、厄介者が減って、金が手に入るんだ。喜んで、金もらって帰るさ。精神病院とは、そんなところさ」イサクは、顔をブルブルと左右に振った。「恐れ入った。AI脳の実験は、ヤコブに任せるよ。俺には、気味が悪くて、ついていけない」ヤコブは、一つうなずき話し始めた。「AI脳の実験は、倫理に反する場合もあるが、脳医学においては大きな意義を持つんだ。おそらく、君は、このAI脳実験は、秀才をつくための実験だと思っているだろう。でも、それだけではないんだ。精神病治療にも役立つんだ」

 

 イサクは、精神病の治療に役に立つと聴いて、ちょっと、ホッとした。「AIで精神病が良くなるというのか?」ヤコブは、大きくうなずいた。「そうだ。精神病は、今のところ、不治の病さ。不安を取り除くために、精神安定剤を処方しているが、実は、その薬というのは麻薬なんだ。だから、これは、治療とは言えないんだ。もし、AIによるグリア細胞の活性化ができれば、ニューロン機能の活性化が可能になる。そうなれば、精神も知能も通常以上のレベルに回復する可能性が出てくる。だから、あえて、グリア細胞にこだわっているんだ」ヤコブはAI兵器科学者ではあったが、AIを使った精神病治療をも考えた実験を試みていた。初めて、そのことをイサクに打ち明けた。

 

 イサクは、安田と三島について話し始めた。「安田に、イスラエル研修の話をしたんだろ。面食らっていただろう?」ヤコブは苦笑いしながら返事した。「安田のヤツ。意外と肝っ玉が小さいな。卒業早々、イスラエルと聞いて、泡吹いてた。まあ、無理もないが、鉄は早いうちに打て、というからな」イサクがうなずいた。「確かに。でも、あの二人、モサドの過酷な研修に耐えられるだろうか?1日で脱走するんじゃないか?三島のほうは、剣道をやっているから、どうにか耐えれそうだが」ハハハとヤコブの笑い声が響いた。「まあ、いいさ。あくまでも人間モルモットにするのが目的だから、脱走しない程度に、しごいてくれ、と本部にはお願いしているから」

 

 

 イサクがちょっと安心した表情で話し始めた。「それはよかった。マジ、二人は脱走するんじゃないかと、心配していたんだ。頭脳はないが、安田には、学生運動家としての知名度がある。日本の学生を勧誘する場合、安田は大いに役に立つ。まあ、大目に見てあげていいんじゃないか。安田は、頭も体も鍛えるようなレベルじゃない。モサドの心構えをみっちり叩き込んでもらえればそれでいい。三島は、バカだが、お金のエサでハイハイと指示に従う忠犬だ。あの二人、意外と、お買い得だったかもしれんな」大きくうなずいたヤコブだったが、安田のことが気になっていた。「三島は、お金で使える。でも、安田は、ちょっと気にかかる。安田は、同棲している相手がいて、卒業後、すぐに結婚するといっていた。問題は、結婚相手だ。ややこしいことにならなければいいが・・」

 

 イサクは安田と鳥羽の関係が気になっていた。「確かに。イスラエル研修にどう返答してくるかで、安田の気骨がわかる。そのことより、安田は、鳥羽と親友であることが気にかかかる。安田は、鳥羽にモサド入隊について話しているような気がする。ヤコブは、どう思う?」ヤコブは、首をかしげて、しばらく考え込んだ。「そうだな~。安田は、ちょっと、口が軽いところがある。う~~、話している可能性が高いな。でも、三島はいつ切ってもいいが、安田は、今のところ、必要だ。まあ、いいさ。安田には、当分の間、学生勧誘に専念してもらう。AI脳実験とAI兵器研究に関する機密情報は流さない。心配することはない。万が一、裏切れば、おきてに従ってもらうだけだ」

 

             禅

 

 三島は、市営住宅の一室で壁に向かって座禅し、心静かに将来のことを考えていた。モサドになることに不安がないといえば嘘であった。でも、高額報酬のことを思えば、モサド入隊を断る気は全く起きなかった。当然、母親には、モサド入隊のことを伝えることはできなかった。モサドの身分は、家族であっても知らせることができなかった。だから、母親には、カツラAIシステムズに就職が決まり、そして、卒業後、1年間のイスラエル研修があることを伝えることにした。三島としては、嘘をつくことは、後ろめたかったが、今回ばかりは、本当のことは言えなかった。三島は、これでいいんだ、これでいいんだ、と何度も心で繰り返した。

 

 モサドであっても、結婚は許されるが、モサドの身分は伏せなければならなかった。三島は、峰岸と結婚したかった。でも、相手には、一生、嘘を突き通さなければならないことになる。こんな、結婚生活で、うまくやっていけるのだろうか?こんな疑問がわいたが、嘘が嫌なら、結婚はできない。嘘をついて、結婚する以外ない。モサドでは、殉死すれば、家族は一生涯生活が保障される。そのほかにも、生命保険に入っていれば、お金だけでも、償いができる。これで、勘弁してもらうことにした。三島は、恐る恐る、予想していた。”俺たちには、生死にかかわる任務を負わされる、と。”死を覚悟で、モサドになる以外ない。母親にも、峰岸にも、将来産まれてくるだろう子供達にも、嘘をつき通して死ぬことになる。これは、自分の運命として割り切ることにした。

 

 お金にこだわらず警察官の道を歩むこともできる。あえて、危険な道を選んでしまった。それは、やはり、お金だけではない、日本の若者の未来のためだ。今の政治が続けば、若者は犬死していく。優秀な若者だけでも、九州に集め救済すべきだ。もはや、日本という国家は、無きに等しい。若者は、日本にこだわっている場合ではない。ヤコブが言うように、ヤマト・ヘブル国家を建国し、日本の若者は、イスラエル人と協力し合い、生き延びるべきだ。いずれ、本州は廃墟となる。一刻も早く、優秀な若者を九州に移住させなければならない。西日本で原発テロが起きてからでは、手遅れになる。九州がテロに合わないという保証はどこにもないが、今のところ、CIAの情報を信じる以外ない。

 

 静寂の中に小さな足音が近づいてきた。ドアの開く金属音とともに母の疲れた声が響いた。「帰ったよ」三島は、目を閉じたまま、大きな声で返事した。「おかえり~」耳に入ってくる音から、三島は母親のいつもの動作が想像できた。キッチンテーブルに落とされる荷物のガサガサという音。スリッパのかすれた音。フレッジが閉じるパタンという音。引きずられる椅子の足のズ~~という音。「ナニ、やっととる」母の疲れた声。三島は暗闇から出ることにした。「今行く」と即座に返事して、立ち上がり6 畳の部屋から出た。「今日は、弁当を買ってきた。疲れて、作る気せん」母親は、ここ最近、帰ってくるなり、疲れた、というようになった。三島は、お茶を入れることにした。お茶を差し出し、三島は向かいに腰掛けた。「再来年は、就職できる。もう、内定もらった」

 

 母親の目がピカっと輝いた。「内定?警察官の?」ニッコと笑顔を作り、顔を左右に振った。「違う。外資系のAIベンチャー企業。結構、給料がいい」母親は、外資系といわれ、ふに落ちなかったが、軽くうなずいた。「へ~、こんなに早く。どんなとこね、どこにあるとね」一瞬説明に戸惑ったが、心配をかけないような説明をすることにした。「今は、内定が早いんだ。外資系といっても、支店は、九州にある。でも、卒業後、1年間は、イスラエルで研修がある。頑張るけん」イスラエルと聞いた母親の顔は、一瞬引きつった。「イスラエル?ホ~、剣道しか能がないのに、よう、外資系に入れたもんやね。どんな仕事するん?」三島も具体的なことは知らされていなかった。当たり障りない言葉を並べることにした。「まあ、よく言う営業。新製品の売り込み。そんなとこ」

 

 母親には、ピンとこなかった。でも、就職が決まったことにホッとした。「よくわからんけど、内定もらえて、よかった。人生は、剣の道と同じ。しっかり自分の心に耳を傾けていたら、間違いはない。自分で選んだ仕事だったら、それでよか。仕事に、成功も、失敗もない、自分の気持ちを大切にすればよか。いえることは、それだけ。剣を捨てても、心の剣は、きっと、いざという時、助けてくれる」イスラエルと聞いて、母親はおどおどするのではないかと思っていたが、落ち着いた母親の言葉を聞いて、三島は安心した。「俺が、働くようになったら、仕事を減らして、無理せんでよか。生活費、入れるけん」母親を気遣う言葉を聞いた母親は、ニコッと笑顔を作り、お茶をすすった。

 

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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