白と黄

             AI脳実験

 

 86日(火)広島原爆の日。夕食後、キッチンテーブルで向かい合ったイサクとヤコブは、いつものAI脳についての雑談を始めた。イサクは尋ねた。「AI搭載は、頭頂葉が最適なのか?」ヤコブは首をかしげて返事した。「今のところ、頭頂葉が最適だと考えている。左右の海馬をAIにすることも考えたが、まずは、頭頂葉にAIを設置し、海馬と間脳に電気信号を送り、グリア細胞活性化のテストをすることにしている。しかし、当初考えていたより、かなり、やっかいだ」イサクは自分の意見を述べた。「やはり、無理があるんじゃないか。AIを設置できたとしても、AI信号は人間のニューロンに適合しないと思うんだ。シナプスの伝達物質は、単なる電子ではないんだろ。しかも、あまりにも複雑だし」

 

 腕組みをしたヤコブが一度うなずき返事した。「確かに、その通りだ。AIからニューロンへの電気作用は、今のところ、実験を繰り返さないと何とも言えない。だから、まずは、AIでグリア細胞を活性化させることにしたんだ。つまり、第一段階として、AIを使って海馬と間脳に電気信号を送る。これによって、グリア細胞を活性化させる。グリア細胞は海馬をさらに活性化させる。活性化された海馬が大脳皮質を高度に機能させる。これに成功すれば、第二段階として、左右の海馬にAIを設置し、AIデータを利用できる大脳皮質を形成する。今は、第一段階を成功させることが目標だ。まずは、エージェントAI脳を作り、次に、科学者AI脳をつくる」イサクは、AI脳の実現がまじかに迫っているように思えて笑顔を作った。「なるほど、まずは、エージェントAI脳だな」

  

 ヤコブは、話を続けた。「そうだ。第一段階の実験では、今言ったように、AI頭頂葉から海馬と間脳に電気信号を送る。それによって、グリア細胞の機能を高める。結果的に、大脳皮質の高度機能につながる。何といっても、本来、人間が持っているグリア細胞を最大限に活用することが、脳機能には不可欠だ」イサクは、笑顔で返事した。「なるほど、ヤコブがいつも口にしているグリア細胞の最大活用だな。面白そうだな」ヤコブが、身を乗り出し、話し始めた。「そうさ。なんといっても、まずは、グリア細胞の活用だ。ニューロンとグリア細胞は相互に作用しあって、脳は高度に機能するんだ。問題は、実験だ。モルモットが必要となる。しかも、猿やオラウータンではだめだ。人間モルモットが必要だ」

 イサクは、目を丸くして話し始めた。「人間モルモットか。そうだよな。AI脳は、人間でなければ、実験の成果がわからない。でも、人間を実験に使うとなると、厄介なことになるんじゃないか?」ヤコブがうなずいた。「そうなんだ。しかも、だれでもいい、というわけにはいかない。実験効果が、確認できるような人間でなければならない」イサクが質問した。「それじゃ、いったい、どんな人間がいいんだ?」ヤコブは、目を輝かせ返事した。「大学生がいい。いろんなタイプの学生を実験してみたい。でも、実験の最初は、失敗が起きる可能性は高い。そこが、問題となる。脳に損傷が残れば、知的、精神的障がい者となってしまう。でも、人体実験には、犠牲者はつきものだ」

 

 神妙な顔つきになったイサクは、尋ねた。「もしかして、あの二人を実験に使うつもりか?」ヤコブは、ゆっくりうなずいた。「もちろんさ。そのために、二人をモサドにしたんだ。二人を優秀なAI脳モサドにするつもりだ」イサクは、小さな声で尋ねた。「もし、失敗したら?」ヤコブは、唇を右上に引き上げ、返事した。「失敗しないことを祈るだけだ。いや、二人の場合、失敗するわけにはいかない。モサドだからな。そう、心配するな。今の段階では、成功率70%だ。きっと、成功する。成功した暁には、あのアホの二人も、秀才エージェントになれるってことだ。実験が楽しみだ。でも、彼らの実験の前に、数人の実験は必要だ」

 

 イサクは、うなずき返事した。「そうか。失敗しても構わない人間モルモットが必要なんだな。僕が、連れてくるということか?」ヤコブが笑顔で返事した。「いや、イサクの手を煩わせるようなそんな実験はしない。実験場所と人間モルモットは、準備できている」イサクが、首をかしげて尋ねた。「いったい、どこで?」ヤコブはニコッと笑顔を作り返事した。「イサクもよく知ってる場所だ。精神病院さ。そこなら、失敗しても、精神病の悪化ということで、うまく処理できる」目を丸くしたイサクは、大きくうなずいた。「なるほど。精神病院か。今、世界的に、うつ病の学生は多い。実験用人間モルモットが、向こうからやってくるってことか。これはいい。さすが、ヤコブ。そこなら、失敗しても、だれも文句は言わないだろうな」

 

 

 イサクの顔が、一瞬曇った。「万が一、裁判沙汰になりそうだったら?」ヤコブが、ドヤ顔で話し始めた。「そうだな。脳損傷隠ぺいのために、植物人間にして、死ぬまで入院させればいい。まあ、いざとなれば、お金で解決できる。親族にとっては、厄介者が減って、金が手に入るんだ。喜んで、金もらって帰るさ。精神病院とは、そんなところさ」イサクは、顔をブルブルと左右に振った。「恐れ入った。AI脳の実験は、ヤコブに任せるよ。俺には、気味が悪くて、ついていけない」ヤコブは、一つうなずき話し始めた。「AI脳の実験は、倫理に反する場合もあるが、脳医学においては大きな意義を持つんだ。おそらく、君は、このAI脳実験は、秀才をつくための実験だと思っているだろう。でも、それだけではないんだ。精神病治療にも役立つんだ」

 

 イサクは、精神病の治療に役に立つと聴いて、ちょっと、ホッとした。「AIで精神病が良くなるというのか?」ヤコブは、大きくうなずいた。「そうだ。精神病は、今のところ、不治の病さ。不安を取り除くために、精神安定剤を処方しているが、実は、その薬というのは麻薬なんだ。だから、これは、治療とは言えないんだ。もし、AIによるグリア細胞の活性化ができれば、ニューロン機能の活性化が可能になる。そうなれば、精神も知能も通常以上のレベルに回復する可能性が出てくる。だから、あえて、グリア細胞にこだわっているんだ」ヤコブはAI兵器科学者ではあったが、AIを使った精神病治療をも考えた実験を試みていた。初めて、そのことをイサクに打ち明けた。

 

 イサクは、安田と三島について話し始めた。「安田に、イスラエル研修の話をしたんだろ。面食らっていただろう?」ヤコブは苦笑いしながら返事した。「安田のヤツ。意外と肝っ玉が小さいな。卒業早々、イスラエルと聞いて、泡吹いてた。まあ、無理もないが、鉄は早いうちに打て、というからな」イサクがうなずいた。「確かに。でも、あの二人、モサドの過酷な研修に耐えられるだろうか?1日で脱走するんじゃないか?三島のほうは、剣道をやっているから、どうにか耐えれそうだが」ハハハとヤコブの笑い声が響いた。「まあ、いいさ。あくまでも人間モルモットにするのが目的だから、脱走しない程度に、しごいてくれ、と本部にはお願いしているから」

 

 

 イサクがちょっと安心した表情で話し始めた。「それはよかった。マジ、二人は脱走するんじゃないかと、心配していたんだ。頭脳はないが、安田には、学生運動家としての知名度がある。日本の学生を勧誘する場合、安田は大いに役に立つ。まあ、大目に見てあげていいんじゃないか。安田は、頭も体も鍛えるようなレベルじゃない。モサドの心構えをみっちり叩き込んでもらえればそれでいい。三島は、バカだが、お金のエサでハイハイと指示に従う忠犬だ。あの二人、意外と、お買い得だったかもしれんな」大きくうなずいたヤコブだったが、安田のことが気になっていた。「三島は、お金で使える。でも、安田は、ちょっと気にかかる。安田は、同棲している相手がいて、卒業後、すぐに結婚するといっていた。問題は、結婚相手だ。ややこしいことにならなければいいが・・」

 

 イサクは安田と鳥羽の関係が気になっていた。「確かに。イスラエル研修にどう返答してくるかで、安田の気骨がわかる。そのことより、安田は、鳥羽と親友であることが気にかかかる。安田は、鳥羽にモサド入隊について話しているような気がする。ヤコブは、どう思う?」ヤコブは、首をかしげて、しばらく考え込んだ。「そうだな~。安田は、ちょっと、口が軽いところがある。う~~、話している可能性が高いな。でも、三島はいつ切ってもいいが、安田は、今のところ、必要だ。まあ、いいさ。安田には、当分の間、学生勧誘に専念してもらう。AI脳実験とAI兵器研究に関する機密情報は流さない。心配することはない。万が一、裏切れば、おきてに従ってもらうだけだ」

 

春日信彦
作家:春日信彦
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