白と黄

 鳥羽は、即答できなかった。たとえ、親友といえども、助けに行くということは、自分もやられることになる。軽はずみな返事はできなかった。しばらく黙っていると安田が話し始めた。「いや、悪かった。自分の始末を親友に頼むとは。俺もどうかしている。バカなことを言ってしまった。今言ったことは、忘れてくれ。俺たちがモサドに入ることは、他言してはいけないことになっている。鳥羽、モサドのことは、きれいさっぱり忘れてくれ。今日の俺は、どうかしている。いったい、どうしたっていうんだ」鳥羽は、安田の気持ちがよく分かった。モサドに入ることに恐怖が起きたに違いない。これは、当然のことだ。三島は、お金が必要だといっていた。おそらく、安田が引き下がっても、三島は引き下がらいように思えた。安田は、そのことを察して、三島と心中する覚悟を決めたに違いない。

 

 鳥羽は、二人が危機に陥ってもどうすることもできないと思ったが、何か、アドバイスはできるように思えた。「おそらく、万が一捕まれば、拷問は覚悟したほうがいいです。モサドは、CIAKGBMI6のどこよりも、仲間を大切にすると聞いています。でも、必ず、救出されるとは限りません。僕は、何もできないと思います。ただ、先輩にアドバイスはできるように思います。でも、先輩とやり取りすれば、先輩が機密情報を漏らしたことになる。そうなれば、裏切者として、モサドに消されるかもしれません。僕は、どうしたらいいんでしょうか?先輩のお役に立ちたいとは思うのですが」

 

 安田は、顔をしかめ、今にも泣きそうな表情になっていた。「いや、本当に、浅はかだった。俺たちのようなアホにスパイなんかできるはずがない。いったい、どうして、ヤコブは俺たちをモサドに引き入れたんだ。意味が、さっぱり分からん。要は、捨て駒ということか。そんなことにも気づかないなんて、ホンマ、アホやな。お金に目がくらんだ俺たちは、バカだった。でも、俺は死にたくない。こうなったらやけくそだ。俺は、鳥羽のアドバイスを受ける。万が一、発覚した時は、その時だ。三島も俺の気持ち、わかってくれるだろう。鳥羽、俺たちに知恵を貸してくれ。今のままでは、おそらく、俺たちは、やられる。腹は、決まった。頼む、鳥羽」

 

 鳥羽は、返事に少し躊躇した。確かに、二人は捨て駒に違いないと思えた。おそらく、ここという時に、モサドは二人を捨て駒として使うに違いない。先輩を見殺しにはできない。鳥羽も腹を決めた。「わかりました。先輩を見殺しにはできません。でも、いったい、どうやって、先輩と連絡を取るかです。電話やメールでは、すぐに発覚します。それと、三島さんには、先輩と僕のことは黙っていてください」安田は、少し気持ちが落ち着いたのか、ホッとした表情で返事した。「そうだな。このことは、鳥羽と俺の秘密にしておこう。三島は、びくつかなくてすむ。もし、危険な任務に就いた場合、どうやって、鳥羽にそのことを伝えるかだ。慎重にやらないと、コレだからな」安田は、右手の親指で首を切る仕草をした。

 

 鳥羽も絶対にバレない連絡方法を考えることにした。「そうです。まだ時間はあります。じっくり考えてみましょう。ところで、リノさんには、イスラエルでの研修のことは伝えたんですか?」安田は、顔をしかめて返事した。「それがだな~~。まだなんだ。それに、リノのヤツ、妊娠したみたいなんだ。困ったな~。妊娠が本当だったら、出産は、4月か、5月ってことだろ。まだ、出発時期は、はっきりしてないんだが、1年間、イスラエル研修に行くと言ったら、どう思うだろうか。いや~~、困った」鳥羽は、安田の優柔不断な気持ちが気にかかった。「先輩、モサドは、スパイです。感情に流されるようじゃ、判断ミスをして、即、やられてしまいます。リノさんには、モサド入隊の了解は取っているんでしょ。ならば、はっきりと、言わなければなりません」

 

 安田は、これからモサドになることを改めて気づかされた。万が一、リノに反対されるようだったら、きっぱりと、モサドを断ることにした。三島には悪いと思ったが、リノに反対されてまで、モサドにはなりたくなかった。「わかった。今、はっきりというべきだな。アドバイス、ありがとう。さすが、鳥羽。リノは、日本救済のモサドの仕事には賛成してくれた。俺よりも男らしい。大したもんだ。万が一、俺がやられたら、リノと再婚してくれ。鳥羽だったら、許す」目を丸くした鳥羽は、即座に返事した。「何、バカなことを言ってるんですか。死ぬなんてことは、考えてはいけません。とことん、生き抜くんです。それに、リノさんは、僕にはムリッス」安田は、ワハハと笑い声をあげて、氷が解けて水っぽくなったコーヒーを一気に飲み干した。

 

             AI脳実験

 

 86日(火)広島原爆の日。夕食後、キッチンテーブルで向かい合ったイサクとヤコブは、いつものAI脳についての雑談を始めた。イサクは尋ねた。「AI搭載は、頭頂葉が最適なのか?」ヤコブは首をかしげて返事した。「今のところ、頭頂葉が最適だと考えている。左右の海馬をAIにすることも考えたが、まずは、頭頂葉にAIを設置し、海馬と間脳に電気信号を送り、グリア細胞活性化のテストをすることにしている。しかし、当初考えていたより、かなり、やっかいだ」イサクは自分の意見を述べた。「やはり、無理があるんじゃないか。AIを設置できたとしても、AI信号は人間のニューロンに適合しないと思うんだ。シナプスの伝達物質は、単なる電子ではないんだろ。しかも、あまりにも複雑だし」

 

 腕組みをしたヤコブが一度うなずき返事した。「確かに、その通りだ。AIからニューロンへの電気作用は、今のところ、実験を繰り返さないと何とも言えない。だから、まずは、AIでグリア細胞を活性化させることにしたんだ。つまり、第一段階として、AIを使って海馬と間脳に電気信号を送る。これによって、グリア細胞を活性化させる。グリア細胞は海馬をさらに活性化させる。活性化された海馬が大脳皮質を高度に機能させる。これに成功すれば、第二段階として、左右の海馬にAIを設置し、AIデータを利用できる大脳皮質を形成する。今は、第一段階を成功させることが目標だ。まずは、エージェントAI脳を作り、次に、科学者AI脳をつくる」イサクは、AI脳の実現がまじかに迫っているように思えて笑顔を作った。「なるほど、まずは、エージェントAI脳だな」

  

 ヤコブは、話を続けた。「そうだ。第一段階の実験では、今言ったように、AI頭頂葉から海馬と間脳に電気信号を送る。それによって、グリア細胞の機能を高める。結果的に、大脳皮質の高度機能につながる。何といっても、本来、人間が持っているグリア細胞を最大限に活用することが、脳機能には不可欠だ」イサクは、笑顔で返事した。「なるほど、ヤコブがいつも口にしているグリア細胞の最大活用だな。面白そうだな」ヤコブが、身を乗り出し、話し始めた。「そうさ。なんといっても、まずは、グリア細胞の活用だ。ニューロンとグリア細胞は相互に作用しあって、脳は高度に機能するんだ。問題は、実験だ。モルモットが必要となる。しかも、猿やオラウータンではだめだ。人間モルモットが必要だ」

 イサクは、目を丸くして話し始めた。「人間モルモットか。そうだよな。AI脳は、人間でなければ、実験の成果がわからない。でも、人間を実験に使うとなると、厄介なことになるんじゃないか?」ヤコブがうなずいた。「そうなんだ。しかも、だれでもいい、というわけにはいかない。実験効果が、確認できるような人間でなければならない」イサクが質問した。「それじゃ、いったい、どんな人間がいいんだ?」ヤコブは、目を輝かせ返事した。「大学生がいい。いろんなタイプの学生を実験してみたい。でも、実験の最初は、失敗が起きる可能性は高い。そこが、問題となる。脳に損傷が残れば、知的、精神的障がい者となってしまう。でも、人体実験には、犠牲者はつきものだ」

 

 神妙な顔つきになったイサクは、尋ねた。「もしかして、あの二人を実験に使うつもりか?」ヤコブは、ゆっくりうなずいた。「もちろんさ。そのために、二人をモサドにしたんだ。二人を優秀なAI脳モサドにするつもりだ」イサクは、小さな声で尋ねた。「もし、失敗したら?」ヤコブは、唇を右上に引き上げ、返事した。「失敗しないことを祈るだけだ。いや、二人の場合、失敗するわけにはいかない。モサドだからな。そう、心配するな。今の段階では、成功率70%だ。きっと、成功する。成功した暁には、あのアホの二人も、秀才エージェントになれるってことだ。実験が楽しみだ。でも、彼らの実験の前に、数人の実験は必要だ」

 

 イサクは、うなずき返事した。「そうか。失敗しても構わない人間モルモットが必要なんだな。僕が、連れてくるということか?」ヤコブが笑顔で返事した。「いや、イサクの手を煩わせるようなそんな実験はしない。実験場所と人間モルモットは、準備できている」イサクが、首をかしげて尋ねた。「いったい、どこで?」ヤコブはニコッと笑顔を作り返事した。「イサクもよく知ってる場所だ。精神病院さ。そこなら、失敗しても、精神病の悪化ということで、うまく処理できる」目を丸くしたイサクは、大きくうなずいた。「なるほど。精神病院か。今、世界的に、うつ病の学生は多い。実験用人間モルモットが、向こうからやってくるってことか。これはいい。さすが、ヤコブ。そこなら、失敗しても、だれも文句は言わないだろうな」

 

春日信彦
作家:春日信彦
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