算命学余話 #R28

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算命学余話 #R28 (page 1 )

 地方からの移住者があまりに多い東京では、出身の異なる隣人同士が互いに地元の風習を主張することで角が立つことを避けるため、各人が地元色を表に出すことをなるべく控えるのが礼儀ということになっているようです。江戸時代からそのような習慣で暮らしている東京人は、長年のこうした礼儀作法の影響ですっかり地元色を失ってしまったか、「地元色が希薄」なのが特徴的な性格になってしまいました。そんなちゃきちゃきの東京人がうっかり地方へ出て行くと、まだ親しくもなっていない人から出身地を訊かれたりあれこれ詮索されるので、気分を害することがあります。東京の流儀では、親交が深まらないうちはあれこれ訊かないのが礼儀なので、不作法だと感じるようです。この東京流の礼儀作法が高級だというのではありません。出自の違う者たちがあまりに多く集う土地に暮らしたがために身に染みついた、拭いたくても拭えないやむなき体質なのであります。
 
 歌の文句で「東京砂漠」とか言われたように、東京人は冷たいというイメージが地方にはあるようですが、東京人からすれば、こんなに人口過密になっているのに依然として余所者の流入を許容している自分達が冷たいと評される意味が判りません。本当に冷たかったらEU諸国のように外来労働者を排斥しようという機運が高まるはずだからです。
 東京人はメトロポリスである地元にうんざりし、しかし昔ながらの地元色を維持している地域はごく僅かしか残っていないため、連休や夏休みに帰って憩う場所もなく、あてどもなく郊外へ出てはアウトドアや金のかかるレジャー施設の世話になるしかない昨今なのであります。
 前回余話の「糞」の話ではないですが、東京は人口が過密すぎます。地方の皆さん、地元愛があるのなら地元に留まって地元に貢献しましょう。そうしないと東京はカネとクソが一極集中して、何らかの形で大災害を招き寄せることになるでしょう。
 
 そんな東京人が「日本はこういう国だ」と思い描く日本像もまた、東京の風習に長年染まった人間特有の哀しいファンタジーであるようです。つまり東京人といえども東京以外の土地の事情は知悉してはいないので、ちょっとでも「地元」を離れるとそれはもう外国と見紛うばかりのカルチャーショックを受けるのです。
 都市から都市へ移動するだけなら気付きませんが、都市の周囲に点在する山に囲まれたムラともなると、20km離れただけでも違う風習が村民を支配し、余所者は時に拒絶され、時に土地の習わしに従うことを強いられます。「都会から来たお嫁さんが出て行ってしまう」のは、いわゆる田舎の野暮さが原因というよりは、小さくとも歴史ある集落の風習つまり土地のしがらみに、自分がどっぷり浸かって出られなくなることに恐怖を覚えるからではないでしょうか。
 
 今回の余話は、そんな日本の各地に、というか都市以外の広大な地域に広がる旧習についてです。といっても余話は算命学がテーマなので、ここでは家系についてスポットを当ててみます。
 筆者は東京人なので、上述のような東京人ならではの体質も、誰かに指摘されたり議論してみなければ気付きませんでした。地元色を失った東京人の多くは、生まれた家に住み続けるよりはマンション暮らしの方が主流で、当然転居を何度かしており、そのように居住地を変えてしまうと、元からそこにあった地域コミュニティに新参者として参与するのも面倒に思われることから、新たな地元とのつながりを希薄にしたまま月日を送ってしまいます。
 一部の著名な神社や仏閣は外国人も注目するような大掛かりな祭りをやって、宗教を媒介に地元民同士の結びつきを維持していますが、そうでない東京人は、長男でもなければ祭るべき先祖も忘れて気ままに暮らし、祖父母や曾祖父母の名前さえも知らないのが普通です。
 
 私は算命学の立場から、先祖を無視するな、たまには意識しろと提言しています。尤も、必ずしも「敬え」とは言いません。なぜなら先祖が誰しも立派な人物だったとは限らないからです。算命学が気にする先祖とは、先祖の所業が子孫に影響するという因果の「因」を作る人のことです。いま起きている事象の原因を作ったのは疑いもなく我々の先祖であるので、その所業を無視して今を生きるのはあまりに浅はかで知恵が足りないと言いたいのです。
 原因があれば、その先には必ず結果がある。もしその結果が好ましくないものならば、原因を作った者が自分で尻拭いをして、後代に憂いを残さぬのが先人としての礼儀であり務めです。我々は未来を生きる子供たちのために、自分のヘマは自分で償ってから世を去るべきだし、先祖にも是非ともそうして欲しかった。しかし人間は学習能力が低いので、自分のヘマをそのままにし、子孫に尻拭いをさせる方向で世を去る人が存外多い。子孫がいやいやでも尻拭いしてくれればいいのですが、もしそれが出来なかった場合はどうなると、算命学は考えているのでしょうか。
 もう皆さんはお判りですね。「淘汰」されることになります。そして家系が淘汰される場合、その前兆となる印が、生まれて来る子供の宿命に滲み出てくるのです。今回の余話はそうしたデリケートな話題のため、購読料にご注意の上、心してお読み下さい。
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