算命学余話 #U95

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算命学余話 #U95 (page 1)

 前回の余話は安易な移民を戒める内容になりましたが、この間にもハンガリーがセルビアからの徒歩の難民をブロックすべく国境を封鎖し、フェンスを挟んで投石と催涙スプレーの応酬に。ハンガリーがだめなら隣のクロアチアと移動した難民は再び行く手を阻まれ、クロアチアが用意したバスに乗れなかった人たちがガラスを割るなど、既に暴力が発生しています。海岸へ打ち上げられた3歳の難民の子供に同情が集まったのはついこの間のこと、ここ数日の報道ではハエに吹き掛けるように難民にスプレーする気の毒な役回りの国境警備員の映像と、難民が引き上げた後のゴミだらけの地面などが並行して映し出され、おや、善人ぶっていると痛い目に遭うぞといったリアリズムが早くも顕現してきたかと、善人ぶるつもりのない私は半ばほっとしました。
 人でなしと思われても構いませんが、私はハンガリーやクロアチアの態度は正当だという立場です。これらの国は冷戦後の市場開放で未だに立ち直っていない東欧諸国であり、人口も少なければ働き口も少ない。治安だってぎりぎり保っている余裕のない国なのに、言葉の通じない難民が通して下さいと言ってどうぞと家の中を土足で通すいわれはないでしょう。通過したいなら国際バスに乗って通ればいい。難民たちもハンガリーなんぞに用はないという失礼な態度なのだから。
 もちろん難民の数に対してバスが全然足りていないから徒歩で移動しているわけですが、自分のやりたいことを押し通そうとするその態度自体が、小国の東欧人を怯えさせていることに、彼らは気付いていない。自分がやりたいからやるぞというのは、まさに彼らが逃れてきた祖国にはびこったイスラム過激派の自己正当論法と同じで、結局のところ彼らの思考パターンは民族・宗教内で一致しているという事実を露呈してしまっている。東欧人はそのことに怯えているのです。
 彼らが去った後の散乱したゴミを見ればそれは容易に想像がつきます。せめてああしたゴミを、いつぞやのサッカー場の日本人サポーターのように掃除して行儀よく持ち帰っていたら、あるいは扱いも変わったかもしれません。一般に富裕層とされる彼ら難民は一応英語も喋れるようですが、英語教育は受けても余所様の土地でゴミを散らかしてはいけないという教育は受けなかったようです。誰かシモジモの者が片付ければよいという考えなのかもしれませんね。英語教育にご執心の親御さんには、どちらの教育が将来お子さんの身を助けるか、よく考えてもらいたいです。
 
 当地の難民を日本も受け入れるべきだという、私に言わせればろくに考えもしないのにいい子ぶっている無知な人々の声が今後高まるかと思いきや、実にタイミングよくペルー人が熊谷で無差別連続殺人を犯したと報じられ、あまりにタイミングが良すぎて公安の陰謀かと思ったくらいですが、もちろんそんな筈はありません。
 あのペルー人はおそらく移民に適さない命式及びお育ちの人物だったのでしょう。まだ罪状は確定していないし、私も通り一遍の報道内容しか知りませんが、彼は末っ子で、両親ではなく姉に育てられ、つまり甘やかされて大人になり、大勢いる兄姉のうちの一人は殺人犯として収監されているといいます。典型的な崩壊家族ですね。彼の命式は知りませんが、両親が育児を放棄したこと、親代わりのお姉さんは立派でしたが結局大人の世界の常識や社会性を身に付けさせることはできなかったこと、安易に移民を決行したことなど、不利な条件が積み重なった末の無残な事件となりました。もちろん一番可哀相なのは殺害された被害者です。
 
 たまたまこの時期に読んでいた『M/世界の、憂鬱な先端』で詳細に描かれている宮崎勤死刑囚は、このペルー人の生い立ちとよく似ています。両親とは同居していましたが、事実上彼を育てたのは祖父であり、且つ軽い知的障害のある「鷹にい」なる子守兼遊び相手でした。祖父は町の名士でしたが既に隠居の年齢で趣味人となっており、「鷹にい」はもとより常識も社会性も備えていないので子供にも教えられない。夫婦喧嘩の絶えない多忙な両親に背を向けて、浮世離れした老人とやさしい子守に甘やかされて育った宮崎少年は、成人しても子供世界から脱皮できず、遂に世間並の分別を備えることができないまま殺人を犯し、処刑されています。子供世界からの脱皮を妨げた要因が日本社会全体にあるとする著者の主張は本書に譲るとして、今回の算命学余話はこの宮崎勤死刑囚の命式を実例として取り上げ、殺人事件に至った運勢上の要因について探ってみます。
 副題は「六親法と守護神の逆意」としました。毎度繰り返しますが、この命式の人が必ず殺人犯になるわけではありません。同じ生年月日の人が全員変質者になるわけでも死刑になるわけでもありません。命式を見てもらえば判る通り、そこからは猟奇殺人の傾向も変態性向も読み取れません。ごく普通の命式と言ってもいいくらいです。ではどこでボタンを掛け違ったのか、命式に作用した外的要因すなわち生活環境に注目しながら見ていきます。
 
 『M』によれば、宮崎死刑囚はまがりなりにも社会性をギリギリ備えて大人しく社会生活を送ってきたのに、事件の数か月前から急に周囲に暴力を振るうようになり、事件につながるその攻撃性はそれまでに全く見られないものでした。この攻撃性を発露させた原因は、事件の数か月前に起きた祖父の急死にあることは間違いなく、この時から宮崎は精神が崩壊し、幻覚や妄想に憑りつかれ、逮捕後の調書でも祖父を甦らせるためにやったなどと現実味を欠いた供述を繰り返しています。どう尋ねても常に出てくるのは「おじいさん」であり、26歳のいい大人とは思えぬ幼稚な執着ぶりに、検察側も弁護側も注目しています。
 
 結論から言って、このおじいさんは宮崎勤の命式上の守護神ではなかったにも拘わらず、守護神の代わりを務めていたいわば代理人です。彼は本物の守護神ではない。本物の守護神は父親でした。ですが父親は健在にも拘わらず父親の役目を放棄していました。ここに悲劇の最初の兆候が見られます。
 そしてその守護神の代理を失った瞬間に、宮崎は精神が崩壊しました。繰り返しますが、守護神を失った人が誰でも精神崩壊するわけではありませんし、この命式の人だから崩壊するわけでもありません。ではなぜ宮崎に限って崩壊したのか。もうお判りですね。彼は過保護に甘やかされて育ってはいけなかったのです。守護神でもない祖父にべったりくっついていてはいけなかったし、祖父から離れるためには社会で他人と折り合う厳しい訓練をしなければならなかったし、そのためには家に引きこもってやさしい子守と遊んではいけなかったし、オタクと揶揄されたビデオやアニメといったお一人様インドアレジャーに没入してはいけなかったのです。そのどれをもやった。だから祖父を失った途端に崩壊を招いたのです。
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