平成の撃剣

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第一話「平成の撃剣」

 平成元年 某月某日 秋晴れのまさに「小春日和」になった。全国大会出場に向け、剣道の県地区大会決勝戦が武道館で開催された。当日は、同大会慣例の行事となっている「古武道」関係者らの公開演武も披露された。居合い、棒術、柔術、試斬等々である。決勝戦や慣例の演武も無事に終え、勝者を称える表彰式が行われようとしていた。

 その式の直前に、大会会長(県剣道連盟理事長)が遅刻する椿事が起こった。

 

「居合いとちゃう言うてんのにな~」一度、たたんで仕舞い込んだ胴着を、また着替え直した。

 

「先生、では、宜しくお願いします」と、剣道着姿の青年が、折り目正しく、一礼して声をかけて行った。試斬の演武は居合いではない。「青竹試斬」は斬り飛ばした竹が、見学者に当たると大怪我をすることがある。ために、演武には万全を期し、最後に回されることが多いのだ。(主催者は、当たり前だが、大会を無事終えることに気を遣う)。
 今日も、最後の演武者だった。


「理事長が是非、居合いを見せていただきたい、とのことで、先生もう一度演武をお願いします」と、呼び止められた。引き上げ準備の途中であった。周りに、古武道関係者は誰もいない。


「えーっ、居合い、じゃないんですけど、ね~」と、顔を上げたが、青年はもう踵を返して走り去っていた。居合い、組太刀、棒術等の方々は、演武を終えると粛々と引き上げてしまっていた。

「はい、分かりました。お相手してくれる人がいらっしゃれば」と、追いかけるように返事をした。(しゃ~ない、何かやろか)。とは、思ったものの、持ってきた「青竹(径約5センチ、長さ約1メートル)」は、1本だけである。演武で斬ってしまった。(相手になってくれる人は、おらんやろな、さ~あ、どうするか?)。場内を見回した。


「何方か、ちょっとお相手してもらえませんかね~?」屯する、青い剣士軍団に声を掛けてみた。


「えっ~」と数人が、こちらを見た。気圧されるような、鋭い目つきをした者もいる。


「ちょっと、お待ち下さい」と、一人が立ち上がり、一礼して、ひな壇の方へ走った。


「すんませんな」しばらくして。ひな壇の方から、手招きされた。(ややこしなりそうや)。


「いや、理事長が居合いを見たい、是非にと、仰いまして」と、主催者の責任者が。ひな壇の周りは表彰式の準備だろう、慌しそうだ。(これから一番大事な表彰式があるんやもんな)。今しがた、上座の扉から来場して来た人物が理事長だった。

「理事長の吉富です。手違いで、遅れてしまいまして、古武道の諸先生方に大変申し訳なく」と、丁寧な挨拶をされた。こちらも、慌てて挨拶を返す。


「先生が残っていらっしゃたので、お見せ頂ければと思い、声をかけさせて頂きました」


「先ほど、お相手がいれば、と先生が仰いまして」と、ひな壇へ走った青年剣士が。


「お相手と言っても、何をすればよろしいんでしょうか?」責任者が不安そうな顔になる。年に一度の全剣連の大会だ。苔の生えた、古武道の演武等は、その前座(いや、余興か?)のようなものなのである。(はよ、帰ってくれたらよかったのに、てな顔をしている)。僻みではない。そういうものなのだ。


「防具を付けてもらいましてね、竹刀を中段に構え、その侭じっ~と、しとって頂ければ、それで結構ですねんけど」


「私がやりましょうか?」と、場違いなほどの優しいトーンの声が聞こえた。


「あぁ~、君か、頼みます」と、理事長。(主審やったはった人やがな)。決勝戦で主審を務めていた人物だ。


「いや~、先生、帰り支度のところを、お引止めして、申し訳ありません」防具を付けながら、その主審が恐縮する。


「変なこと頼んで、こちらこそ、申し訳ありませんね、居合いとちゃいますんで、すんませんな~」


「解っております。先ほど、拝見しておりました。私、館長の緒方と申します」名乗りと挨拶をすませた。


「あ~ぁ、緒方先生、竹刀はなるだけ、使い古しの物でお願いしますわ」もう、面をつけ始めている。面がねの奥から、凛とした眼が頷くのが見えた。(ただもんやないわ、この人は)。


 表彰式を待ちわび、ざわめく場内。その寸暇の余興に駆り出される仕儀となった。館内がパーッと明るくなった。館内の電燈が全部灯された。(秋やな~、陽が落ちんのも早なった)。


「え~、ご静粛に。理事長がお見えになりました。今、表彰式の準備を急いでおりますので、申し訳御座いませんが、しばらくお待ち下さい」との、アナウンスが流れた。

 

「その間、これより、当館館長緒方先生と古武道の先生との特別演武、組太刀居合いを、ご披露いただくことになりました。お静かにお願いいたします。では、よろしくお願いします」さざ波のように、私語が飛び交う場内に、少し苛立ったような司会者の声が響く。


「居合いとちゃう、言う~てんのに」ボソット、吐いて、場内の中央へ出向いた。合わせて、館長も中央へ。答礼し、帯刀、そのまま座位した。呼吸を合わせ、館長が蹲踞する。竹刀を抜刀、ゆっくり立ち上がり、中段に構えた。


「うん、何時抜いた!」緒方は、面がね越しに切っ先が突きつけられているのを見た。座位の侭、刀を立てるようにしている。刀身の光沢が乱反射して、ぼんやりとした輪になり、座位で蹲り小さくなった相手が輪の中に消えて見えないのだ。


「礼をしながら、抜いたのか」緒方は、一拍おいて、竹刀を握りなおし、べた足を踏ん張った。その時、光沢の輪が左へ跳ね上がった。


「ツェーイ!!」さざ波を切り裂く気合が、場内を奔った。緒方は、手に軽い衝撃を覚えた。


「カラ~ン、カラカラカラ~」竹刀がほぼ中ほどから斬られて、板間に転がっいくのが見えた。

 

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