天降り姫 ヒルコの夢 -1-

第5章 神名火山( 1 / 4 )

 

 セイが飛行術をかけてくれたおかげで、旅が格段に楽になった。

 朝の澄んだ空気を切り、さわやかな風に乗る。下界には緑たなびく山脈が広がり、この美しい世界をずっと飛んでいたい気持ちになる。

「おい姫香、おまえだけが変身しているぞ」

 ビャッコの言う通り、バニーガールに変身している。みんなは人間のままだ。

 まごつくなか、セイがひとり落ち着いた様子で言った。

「みなさまを人間の姿で戦えるようにいたしました。その方が空中での戦闘には向いておりますし、お二人は攻撃にも防御にも差し支えありませんから」

「わたしはなぜ変身しているの」

「姫さまはその姿の方が、実戦ではお強いのです」

 パラメータを見なくても、力の発生具合を判断できるらしい。

「この姿から逃れられないのね」

 姫香の心を反映したように晴天だった空が曇りだした。

 

 前方から白い小さな魔物が飛んでくる。耳が兎のように長く、それを鳥の羽のようにパタパタと動かしている。顔は鼠に近く、尻尾もひょろりと長い。兎と鼠の合体魔物といったところか。

「たった2匹。楽勝だな」

 ビャッコが鼻で笑った。魔物にパラメータを合わせる。

  体力値1、攻撃力2、防御力1、俊敏力2。

 確かにどのゲージも低い。

「そうだ、セイ。魔物になにか食べさせてみて。仲間になるか見てみたいの」

兎鼠トソ は食べません。あの程度の依り代よりしろ では知能が持てないのです」

「依り代って?」

 その答えを拒絶するかのようにセイの目が寂しそうな色を湛えた。

「お先っ!」

 いつものようにビャッコが真っ先にでて、刀でトソをなで斬った。

(わぁぁ、人間の姿だとむっちゃカッコイイ!)

 二つに斬られたトソが二個の球体にかわる。その一つづつから耳が伸びた。一匹だったものが二匹になって蘇生したのだ。

「増えるんだ。あっ、もっと増えてる!」

 ゲンブも攻撃したらしい。それがあっという間に倍倍と増えた。自己増殖もしているのだ。鼠算で増え続ける兎鼠の牙と爪が乱れ飛ぶ。噛みつこうとしたトソを反射的に姫香はヒールで蹴っ飛ばした。

「バカッ、殺すな、増える!」

 怒鳴ったビャッコにゲンブが遠くから怒鳴り返した。

「殺らなきゃ、こっちが殺られちゃうよ!」

 大きな剣を振りまわすゲンブに数え切れないほどのトソが群れている。

 セイは防御用に稲光を纏っている。その姿が鳥かごに入っているように見えた。

 赤ん坊のヒルコは要領よくセイにしがみついている。

めつ 、滅、滅!」

 セイの詠唱に合わせ、トソの何匹かが稲光に当たり焼失した。

「焼き殺せるのね!」

 トソと稲光の隙間を縫い、セイのそばに飛びこむ。

「セイ、かみなり で一気に倒して!」

「これほど広範囲ではみなさまが巻き添えになります。それに焼失しきれないトソの増殖がどれほどの規模になるかわかりません。こう 、香、香……」

 ビャッコとゲンブのゲージが回復している。

「セイは回復呪文もできるの?」

「ええ。ですが、これでは、治すだけで手一杯です」

「どこまで増えるのよ。考えなきゃ、考えなきゃ。ねずみの弱点、うさぎの弱点」

 悲鳴を残してゲンブがトソの群れの中に消えた。続いてビャッコも呑みこまれた。

「雷で二人の周りのトソを打ち払って!」

「しかし」

「いいから早く二人を助け出してっ!」

「わかりました」

 雷が空中を駆け、ビャッコとゲンブの姿が現れた。傷だらけの二人の体が回復する。

 青ざめたゲンブと悔しそうなビャッコが姫香たちの方へ退いてきた。トソも群れて集結している。その姿が巨大化な獣のようだ。

「セイ、火の呪文できるよね?」

「できません。わたくしの攻撃属性は、雷と風です。ビャッコさんは、ざん 。ゲンブさんは、水属性ですから誰も火を使えません」

「うそ……」

 動物は火に弱い。だから火で消滅させることしか思いつかなかった。

「どうするのだ!」

 セイの陰からヒルコが怒鳴った。みんなが姫香を見つめている。

「これを風に沿って流すことはできる?」

 油壺を差しだした。

「はい、それならできます」

「トソ全体を風で抑えながらこれを使って、そのあと、雷。どう、いける?」

「かしこまりました」

 油壺が視界から消えた。セイが腕を舞うように動かす。

「天降り姫のめい を ちて、雨のごと く油零あぶらこぼ し、 がいかずち の力以ちて、すなわ ち魔ま
を打ち払え。いざっ、滅却めっきゃく せよっ!」

 突如、トソの上空に積乱雲ができ、雲低うんてい からのびた漏斗状の竜巻がすべてのトソを巻き上げた。キラキラと光り油の粒子がその周囲を巡り、何本もの稲妻がその中を走った。トソの群れが炎に包まれ、大きく燃えあがって花火のように弾け飛んだ。

 大音響と閃光に目が眩む。目を開けた時には空中からトソの姿が跡形もなく消えていた。バニーガールが制服に戻った。

「お姉ちゃん、頭いい!  セイさんもかっこいいよ!」

 ゲンブが興奮して叫んだ。

「ほほう、雷で点火とはよく思いついたな」

 初めてヒルコに褒められた。

「へへ、実はフライドチキンしか浮かばなくって。お肉を油で揚げる食べ物なんだけどね」

 ビャッコがかるく笑った。

「おまえ、実は、食いしん坊なんじゃねぇの」

「そんなことないもん!」

 セイが微笑んだ。

「姫さま、あそこに見える神名火山かむなびやま が次の目的地です。決戦に赴く前に街に参りましょう」

 ひときわ高い山が、赤い地肌に黒い噴煙をたなびかせている。そのふもと に四角く白い家がマッチ箱のようにいくつも並んでいる。

「かわいい街だね」

「お、アイテムが出た。拾うぞっ!」

 姫香の手をつかんでビャッコが飛びだした。

「姫香っ、取れっ!」

 急ブレーキがかかった。そこに向かって上空から小さな物体が落ちてくる。

「ああっ!」

 取りそこなったアイテムをビャッコが後ろ手でつかんだ。

「おれは、おまえに取れと言ったんだぞ」

「そんなこと急に言われたって!」

「ああ、そうか。なら、これはいらねぇんだな」

 手の中でぽんぽんとはずませている黒い革袋を投げようとした。

「あぁ、捨てちゃダメ!」

「はははっ、嘘だよっ」

 いたずらっぽく白い歯を見せて笑っている。その姿に心が大きく揺さぶられた。

(……これ以上、楽しくさせないで)

 この世界の人を好きになる。それは、元の世界に帰ればシャボン玉よりはかな い恋にかわる。

(……ビャッコはわたしを好きにならない)

 先輩の顔が思い出せない。

(……わたしが好きなのは先輩なんだから)

 傷つくだけの恋などしたくなかった。

 ビャッコから受け取った小さな革袋には先鋭な黒い石が2個入っていた。

「石斧と同じ黒曜石こくようせきだな。これで、おまえが持てるような小さな石斧を作ってやろうか」

 そのやさしさすら今は哀しい。

「ううん、いい」

 揺らぐ気持ちを隠し、姫香は革袋をポケットに入れた。

 ビャッコとともに神名火山の裾野にあたる街の外れへと着地する。高地のせいで気温は低いが、雲ひとつない空が直射日光をもろに地上に浴びせている。

「お姉ちゃーん、お兄ちゃーん、待ってよぉ」

 飛行速度の遅いゲンブにあわせ、みんなが空からおりてきた。

 

 神名火山が荒々しい山だということは街の景観で一目瞭然だった。

 火山灰が音もなく洋服に降り積もる。並木は灰にまみれて立ち枯れ、家や街路も灰で薄汚れていた。

 家の窓からじっと見つめる人々の面持ちは暗かった。

「ちょっと教えてほしいんですが」

 姫香が声をあげた途端、家々の木窓が一斉にバタバタと閉まった。

「人見知りが激しいんだろうよ!」

 ビャッコがわざと大声をだした。

 セイの案内で無事に宿屋に到着した。一人ずつ部屋を取ることにして、姫香は二階の一番奥の角部屋に入った。部屋のフローリングの四隅には火山灰が残っていて、きしむ木窓を力まかせに開けると、灰がばさばさと下へ落ちた。

「怖い景色」

 窓から望む赤々とした神名火山の畏敬に押し潰されそうだ。

 部屋には木製のシングルベッド。その横の小机には、煤けたアンティークランプがある。

 カバンを小机に置き、ブレザーを脱いでかたいベッドにごろりと寝転ぶ。

「ふふっ、ベッドなんてひさしぶり」

 家でもベッドを使っていたが、こんなに嬉しいと感じたことはなかった。

 ほら穴にせんべい布団。昨日は野宿。そんな環境から比べれば、粗末なベッドでも充分だった。

 ぼんやりと天井を見ているうちにウトウトと気持ちのいい眠りに引きこまれた。

 

「まったく、ひでぇとこだよな」

 急な声にギョッとして飛び起きた。ビャッコがベッドの端に座っている。

「勝手にわたしの部屋に入らないでよ」

「ここ、おれの部屋だぜ」

「えっ、わたしの部屋は?」

「セイが反対側の角部屋にいる。あいつに聞けよ」

 ビャッコがベッドに寝転がった。

「なんなのよ、その態度」

 返事もしないビャッコをあとに、姫香は上着とカバンを持ちセイの部屋に向かった。

 ノックをしてドアを開けると、セイと一緒にゲンブとヒルコがいた。

「わたしの部屋、どこに変わったの?」

「ほら、嫌がると言っただろう」

「だって、占いでお兄ちゃんとお姉ちゃんに決まったんだよ」

 ゲンブの視線の先にある小机には、長く切った4本の紙が乗っている。その1本の紙だけに赤いしるしがついている。

「占いって、くじ引きのこと?」

「部屋の割り当てをしたのだ。姫香はビャッコより俺たちと一緒がいいだろ?」

 ヒルコがこびるように姫香に擦り寄った。

「なによ、それ。どうしたら、部屋が一緒なんて話になるのよ」

「すべてセイが悪いのだ!  セイが悪い!」

 わめき散らすヒルコをゲンブが取り押さえた。セイは黙ってうなだれている。

「ヒルコさん、お兄ちゃんだっていいって言ったよ。それに、セイさんだって、何度も謝ってるよ」

「何かあったの?」

「実は……」

 セイが重い口を開いた。

 

 勘定をセイに任せて、姫香が部屋に入った後のことだ。初めは愛想がよかった宿屋の主人が銀貨を見ると、「1部屋の宿泊代は、銀貨3枚だ」と言いはじめた。主人は強固な態度で聞く耳をもたず、暴れるビャッコを抑えるのに精一杯だったらしい。

「銀貨を6枚も払って、2部屋……」

「苦渋の末、銀貨4枚は手元に残しました。それで部屋がこれしか。申し訳ありません」

「セイがあやまる必要なんてないよ」

 ねだるようにヒルコが姫香にまとわりついた。

「な、な、俺とゲンブの方がいいだろう?」

「わたしはビャッコと一緒でいい。ヒルコ、この話はこれで終わり。お尻を叩かれたくなければね」

「ああ、わかった」

 ヒルコがすねてベッドに飛び乗った。

「わたし道具屋に行きたいんだ。残った銀貨をくれる?」

「お供をいたします」

「ビャッコと行くって約束したの。欲しい物があるなら買ってくるよ」

 嘘をついた。だが、これ以上、セイを煩わせたくなかった。

「では、硬玉の勾玉を8個、お願いいたします」

「了解! じゃ、行ってきまーす」

 銀貨をもらって姫香は部屋を後にした。

(……セイが年上だと思って甘えていた)

 セイは日常の生活にすれていないからこそ、聖職者のような独特の雰囲気を持っているのだ。

 

 苛立ちから自室のドアをバタンと開ける。ビャッコがベッドから飛び起きた。

「どうした」

「買い物についてきて」

「おまえ、部屋は?」

「一緒でいい。道具屋にすぐに行きたいの。お願い」

「お、おう!」

 この街の人の心は景色と同じように荒んでいる。

 姫香は対人間では変身できない。だから、ボディガードが必要だった。

 宿屋から街路にでる。

 ジリジリと照りつける太陽に、姫香の神経はピリピリした。

第5章 神名火山( 2 / 4 )

 

 三角屋根の道具屋の重厚な木の扉を開ける。

 20畳ほどのフロアには小さなテーブルと椅子があり、壁を背にして長いカウンターがある。天井の梁には枯れた野菜が垂れさがり、カウンターの奥の棚にはガラスびん が並んでいる。どこも灰まみれだ。

「お嬢ちゃん、なにがご入り用かね?」

 カウンターの奥からしわがれた声がした。

「こんにちは」

 カウンターに近づく。棚とカウンターの間の椅子に痩せこけた老婆がちょこんと座っている。白髪頭に灰色のワンピースと黒いショールが魔法使いを連想させた。

「あのう、硬玉こうぎょく の勾玉まがたま ってありますか?」

翡翠ひすい かね?  それならうちには極上の物まで揃っとるよ」

 腰を折り曲げたまま、よたよたと老婆が動いた。

 ゴトンと、勾玉の入ったガラス瓶がカウンターに置かれた。白、黄、緑、紫、黒の人魂型ひとだまがた をしたぎょく が、瓶の中から深く沈む色を発している。

「極上って、これ?」

 濃緑色で半透明。光彩が一際目立った玉があった。

「お目が高いね。どうだい、どれよりも美しいだろう?」

 瓶から勾玉をだし、老婆が得意そうにかざした。

「それでいいじゃねぇか。早く買えよ」

 ビャッコがあたりをうかがい、苛立っている。

「わたしはゆっくり見たいの。急かすなら外で待っていてよ」

 人のよさそうな老婆に暴力はいらない。

「けどよ」

「いいから、ビャッコは外にいて」

「ちぇ、わかったよ」

 姫香に背中を押され、すごすごとビャッコが外へいった。

「極上の勾玉を8個ください。それと、ほかにもいい物があれば見せてくださいませんか」

「お嬢ちゃんは、カネを幾ら持っているんじゃね?」

 銀貨はださず、宝玉だけをカウンターに置いた。

「ふむ、それだけあれば勾玉は買えるわい。見るのはタダじゃ。ほかの物も見ておくれ」

 老婆はにこやかに店の棚から品物を並べた。

 回復薬は万一の時を考えて購入しておこう。

 小竹葉   ささば は防御用。笹の葉が数枚ついた枝で軽い。これならヒルコでも使えそうだ。

「すてきなものがいっぱいあって目移りしちゃう」

「そうだろう、そうだろう」

「これが最後じゃ。これは何か知っとるかね?」

 カウンターに乗せた籐の籠にはピンク色の実が3個入っている。

「わぁ、桃!」

 老婆が嬉しそうに黄色い歯を見せてニターッと笑った。

「これはの、呪術師なら喉から手が出るほどほしいアイテムじゃ」

「それは貴重ですねぇ」

「そうじゃろう、そうじゃろう」

 老婆の機嫌は上々だ。

(……これなら)

 本心を聞きだせる。

「今、見せてもらった物、ぜんぶでお幾らでしょう。きっとすごくお高いんでしょうね」

「銀貨1枚じゃな。お嬢ちゃんには無理な金額じゃよ」

「じゃ、ぜんぶ買います!」

 カウンターに置いた銀貨を見て、老婆があんぐりと口を開けた。

 老婆の気が変わらないうちに急いで品物をカバンに詰める。

 

「ばあさん、まだ生きてっかぁ!」

 棚の並びにある小さなドアが開き、そこから紫色の髪をした青年が現れた。煤けたシャツを着くずし、へらへらした風貌はいかにも遊び人といった感じだ。青年がカウンターの銀貨を持ち、薄笑いを浮かべて老婆に耳打ちした。すると老婆が急に暗い顔になった。

「ひどくしないでやっておくれよ」

 老婆がそう言って小さなドアからでていった。入れ替わりにどやどやと3人の男が入ってきた。

(ま、まずい!)

 姫香が動くより早く、金髪の男がカウンターを飛び越え、扉への道をふさいだ。

 金髪が姫香の体をじろじろと嘗めまわすように見た。

「まずみんなで楽しまねぇか?」

「ビャッコ、入ってきて!  ビャッコ!」

 力の限り叫んだが、伸びてきた大男の手に捕まった。

「静かにしろ。どうせ外には聞こえやしねぇ」

 大男がぽつりといった。

「ビャッコ!  助けて! ビャッコッ!」

「うるせぇんだよ! 往生際の悪い女だな!」

 キャップ帽が姫香の胸倉をつかんで頬を何度も平手で打った。

「おい、そのへんでやめておけ」

 紫頭がとめた。

「どうせ殺すんだろ」

 キャップ帽が姫香の体を無造作に床に投げ捨てた。

 熱いほどの痛み。口の中に血の味が広がる。口と鼻からぼたぼたと血がこぼれた。

「おれの言う通りにやらないと分け前なしだぞ」

 紫頭がリーダーなのだ。

「ち、つまんねぇの」

 姫香の腹にキャップ帽が蹴りを入れた。

「ぐぇ!  げほげほっ」

「だから、静かにしてろって言ったのによ」

 大男がそうつぶやいた。姫香の意識はすでに朦朧としていた。紫頭がぐったりとなった姫香の髪をつかみ、上着からナイフをだした。

「けっ、血反吐に鼻血かよ。仕事が汚ないんだよ」

 身動きする力すらない。

 「何をしているっ!」

 恫喝する声に空気が振動した。

 扉が開いている。明るい日差しがビャッコの姿を黒く浮きあがらせていた。

 紫頭がさっと手を上げた。

「やれっ!」

「きさまらぁっ!」

 駆けてきたビャッコが金髪の男を殴り飛ばした。と同時に、キャップ帽に回し蹴りをくらわせた。金髪とキャップ帽の体がテーブルを巻きこんで吹っ飛ぶ。

「ぶっ殺す!」

 ビャッコの目がギラリと光った。

「ひ、ひぃぃぃぃ!」

 たまぎる悲鳴をあげて紫頭と大男が逃げだした。疾風の如く駆けたビャッコの拳が、大男の顔面を直撃した。男がよろめいた直後、男の横っ腹に強烈な蹴りが入った。地響きをたてて巨体が倒れる。

「ひぃっ!」

 逃げる紫頭の背中のシャツをビャッコがむんずとつかんだ。

「くぅ、来るなぁぁっ!」

 紫頭は狂ったようにナイフを振りまわしている。手刀でナイフを落とし、馬乗りになると紫頭の顔を殴り続けた。動かなくなった紫頭の手から銀貨がコロコロと転がった。

 

「……ビャッ……コ……」

 興奮しているビャッコの耳に小さくつぶやく声が聞こえた。

「姫香?  姫香っ!」

 駆け寄ったビャッコが壊れものを扱うように姫香を抱き起こした。ビャッコが怖い夢から覚めたような顔をしている。

「おれ……おまえが死んだかと」

「……ご……めん……」

「しゃべらなくていい。早く傷を治せ」

 姫香が傷を治している間、ビャッコが髪を撫でてくれた。その手が心地よく、ずっとそうしていたい気持ちになった。

「あの、ありがと。治った」

「ほんとか?」

 起き上がった姫香をビャッコが心配そうにのぞきこんだ。ビャッコの顔が近い。

「ほ、ほんとに、もう大丈夫だから」

「おい、顔が赤いぞ。熱があるんじゃないのか?」

「ち、違う……」

 ビャッコが姫香の腕を取って引き寄せた。よけいドキドキした。

「なんだ、はっきり言え」

「あ、えっと、えっとね……ビャッコがやさしかったからうれしかったの」

 ビャッコが真っ赤な顔で頬をかいた。

「なんだよ、お、おれはいつもやさしいだろうが。へ、変なやつ」

「助けてくれてありがとう」

「いいさ、もう帰ろうぜ」

「う、うん」

 見まわしたが誰ひとり起きあがる様子はない。姫香はカウンターにあるカバンを肩にかけ、足元の銀貨を拾ってカウンターに置いた。それを見てビャッコが顔を曇らせた。

「金を払う必要なんかねぇだろ」

「わたしは泥棒じゃないもの」

 先ほど見た人間のいやしい心根が悲しくて、自分だけはそうありたくなかった。

 

 道具屋から炎天下の街へと歩みでた。前を歩くビャッコの右腕から血が糸をひいている。

「たいへん、ケガをしているよ。薬を」

 カバンにやった手をビャッコが押さえた。

「かすっただけだ。もう乾いてる。ど素人はとんでもない動きをするからな」

 ぺろりと傷をなめてビャッコが笑った。

「こんなことになって、ごめん」

「あやまるのはおれの方だ。こんな時のためにおれを連れてきたんだろ。痛い思いをさせて悪かったな」

「気が……、ついてたんだ」

 姫香の目から涙がぽたぽたと零れた。

「ごめんなさい。ビャッコをいいように使おうとした。わたしもあの人たちと同じだ。最低だよ」

「仲間なんだから当然だろ。これからも守ってやる。だから、もう泣くな、なっ?」

 涙をぎゅっと拭いた。

「これからは迷惑かけないように……もっとしっかりする」

「バカだな。その気があるなら、これからはもっと大きな声で助けてと叫べ、いいな」

 姫香の頭をぽんぽんと叩き、姫香の手を引いてビャッコが歩きだした。

(……ありがとう。ごめんね)

 姫香は心で何度もそう繰り返した。 

第5章 神名火山( 3 / 4 )

  

 「今、帰りました」

 姫香が声をかけるとフロントにいた宿屋の主人が帳面をめくりだした。

 目が合ったのにはっきりと無視したのだ。

(……大丈夫。銀貨はまだ3枚ある)

 一部屋は充分に借りられる金額だ。うまく交渉して銀貨と宝玉で、あと二部屋もらいたかった。

「お部屋のことをご相談したいんですが」

「嫌なら出ていけばいいだろう」

 とりつくしまもない。

「お部屋をお借りしたいんです」

「追加なら一部屋につき、銀貨5枚だ。それが嫌なら出てってくれ!」

「ええっ、そんな」

「この業突く張りめ!」

 カウンター越しに主人の顔面にビャッコが拳を打ちこんだ。主人がもんどりうって床に倒れた。

「あ……ああ……」

 一瞬の出来事に姫香はぼう然となった。主人はぴくりとも動かない。これからどうしたらいいのか見当もつかなかった。

「なんだい、うるさいねぇ」

 カウンター横のドアから妻が現れて、倒れている主人にしがみついた。

「あんたっ、どうしたの?  あんたっ、大丈夫?」

 ビャッコが姫香の腕をつかんだ。

「行くぞ」

「だって」

「いいから、来い」

 引っぱられ、階段をあがる。

「息子も帰ってこないのに」

 階下から泣き叫ぶ妻の声が、姫香の心に悲しく響いた。

 セイの部屋のノブに、ビャッコが手を伸ばした。

「ま、待って」

ビャッコの手を押さえる。

「なんだよ。おれは悪くねぇぞ」

「それはもういい」

「なら、なんだよ」

「あのね、みんなには道具屋でのことを言わないでほしいの」

「なんでだよ」

「セイに心配をかけたくないの。だから、ねっ、お願い!」

「セイのためか。ああ、わかったよ」

 ほろにがく笑って、ビャッコがドアを開けた。

 

「おお、やっと帰ってきたか」

 ヒルコが二人の変化をすかさず見とがめた。

「なんだ、姫香。ビャッコとえらく仲がいいな」

「そんな訳ないでしょ。そうそう、ヒルコにはお土産があるんだよ」

 カバンを床にひっくり返し、笹の枝をヒルコに渡す。

小竹葉さ さ ばだよ」

「厄災を除き、祓い清める力か。いい品だ。ほめてやる」

「気に入ってよかった」

 ヒルコが小竹葉を振り振り、ゲンブとビャッコを誘ってどこかに行ってしまった。どうせ姫香の部屋でたむろする気に違いない。

「セイ、散らかしちゃってごめんね。ついでにアイテムの整理をしてもいい?」

「ええ、どうぞ」

 荷物を片づけていて、鏡がないことに気がついた。

「ヒルコに返してもらわなかったっけ?」

 ポーチからこぼれ落ちた竹櫛をセイが拾った。

「神聖な品は、姫さまの助けとなりましょう。大事になさるといいですよ」

「うん、そうする。あ、勾玉はこれでよかった?」

「はい、十分です」

 姫香が渡した勾玉をセイが床に並べた。

「勾玉はなんに使うの?」

「蔓に勾玉を通し、カヅラを作ります」

「カヅラ?」

「髪飾りです。魔除けになります」

「へぇぇ」

 セイが空中を指でなぞる。浮かんだ長い蔓をセイが手にした。

「この蔓に見覚えがありましょう?」

「さ、さぁ?」

「姫さまが呪術で出された山葡萄の蔓ですよ」

 セイはあざやかな手つきで蔓に勾玉を通していく。その姿がまるで美しい一枚の絵のようだった。

 

「できあがりました。どうぞおつけください」

 セイが環にしたカズラを姫香に差しだした。

「それ、セイの方が似合うよ。ね、つけてみて」

「姫さまがそうおっしゃるのでしたら」

 カヅラを頭につけたセイは美しさを増していた。その姿に姫香はどぎまぎした。

「あ、そうだ。桃も渡しておく。好きに使ってね」

「姫さまはすてきです。桃には邪気を祓う力があるのですよ」

「呪術師なら喉から手が出るほどほしいアイテム、とか言ってたよ。それ、ほんとう?」

「役に立つこともありましょうが……。わたくしにはなにか懐かしい品に感じられます」

「感じるって。セイも記憶がないの?」

「ええ、ビャッコさんほどではありませんが、欠落しているようです。記憶を取り戻すすべになるかもしれません。姫さま、ありがとうございます」

 思いやりのある言葉が道具屋でのにがい思いを打ち消してくれた。セイならすべての不安を消してくれる気がした。

「わたし、セイにずっと聞きたいことがあったの」

「なんでしょうか?」

「あのね、トソとの戦いの時に依り代って言ったよね」

「はい、申しました」

「依り代って、魔物が持っている宝のこと?」

「左様です」

「夜刀の手先が宝に宿ると、魔物になるってこと?」

「正しくは夜刀の一部が宿る、です」

「そう……やっぱり」

 唇を噛みしめ、床に地図を広げた。

「これ、元はビャッコの宝だったの」

「それがなにか?」

「もしかして、ビャッコもこれに宿った者なの?」

 心が押しつぶされそうだ。

「ビャッコさんの持ち物だとは……感じますが」

「何を聞いても驚かない。だから、はっきり言って」

「いえ、そういう意味では。ご心配はご無用です。彼は物に宿っているわけではありません。だからこそ、自由に、そして、信念のままに動いているのではないでしょうか」

「そっか、そうなんだ。よかった、安心した」

 心のつかえが一気におりた。

「わたし、わたしね。セイに会えてよかった」

 正直な気持ちだった。このひとときが今日の緊張をほぐしていた。

「わたくしも姫さまにお会いできたことを誇りに思っております。思い、思われる。助け、助けられる。そんな些細なことをお教えくださいました」

「教えたなんて、そんな」

 セイが窓を見上げた。

「姫さまならきっと。きっと、夜刀にお勝ちになれますよ」

 薄暗くなってきた空には、満月にはすこし足りない月が白く浮かんでいた。

第5章 神名火山( 4 / 4 )

 

 夜のとばり があたりを包むと凍える寒さがやってきた。暗がりの中、ランプの灯りが鈍く部屋を照らしている。その部屋の片隅で姫香は寒さに震えていた。

「よぉ、もう寝ようぜ」

 ベッドの中からビャッコが新婚さんのように言った。

「そこで寝る気なの?」

「ちゃんと二人寝られるぜ」

「そういうことじゃなくて」

(いくらビャッコでも、男の子と一緒に寝るなんてできないよ)

「なんだよ。しょうがねぇなぁ」

 ビャッコが姫香のそばにきた。

「ちょっと、な、なんすんのよ。きゃ!」

 ガバと抱き上げられた。心臓がドキドキして今にも飛びだしそうだ。

「いいな。もう寝るんだ」

 ベッドにおろされた。ビャッコが隣に入って上掛けをかけた。触れてもいないのに温もりが伝わってくる。ふうっと息を吐いたビャッコからいい香りがした。

「……ミント、食べたの?」

「ん?  食ったのはセイにもらった肉と、薄荷はっか って薬草だぜ」

「薬草?  あ、ケガをしたから」

「あんな傷、宿屋に入ったらすぐに消えたよ。なんだか知んねぇけど、ヒルコが食えってうるさく言うから食ったんだ。なんだ、変な匂いなのか?」

 鼻をクンクンさせている。おかしさに緊張がほぐれた。

「いい香りだよ。うちのお母さんはミントティーが大好きだし、おばあちゃんはハッカ飴が好物だったの。だから、わたしもミントや薄荷は好きだよ」

「はん。所詮、薬の味だろ」

 バチンと話を打ち切られた。その気まずさになにか話題を作ろうとした。

「わたし、兎に変身してたでしょ」

「ああ」

「うちでもウサギを飼ってるんだ。ミニウサギって言われてたのに、今では普通の大きさのウサギになっちゃって。もうビックリ」

「それって騙されたってことか?」

「わかんない。でも、とってもかわいくってね。名前を呼ぶとちゃんと来るし、頭をなでると喜ぶの」

「そいつ、かしこいな」

 ビャッコの機嫌がよくなった気がして、姫香は饒舌になった。

「前に話をした四神のことだけど、今度は朱雀が仲間になるんじゃないかな。きっとそれが夜刀の本当の姿なんだよ」

「倒せばわかるさ」

「セイにも四神の話をしておいた方がいいかな。ね、ビャッコはどう思う?」

「また、セイかよ」

 吐き捨てるように言って、ビャッコが半身を起した。

「おまえ、セイが好きなのか?」

 じっと姫香を見ている黒い瞳が、ランプの光を反射してチロチロ光っている。

「好きって……?」

「どうなんだよ」

 姫香も体を起してベッドの背もたれに身をあずけた。

「セイのことは……好きだよ。すてきなお兄さんだと思ってる」

「そ、そっか。お兄さんか」

 ほっとしたようにビャッコがミントの息を大きく吐いた。

「変なの。どうしてそんなことを聞くの?」

「おまえ、道具屋で殺されそうになったろ」

「うん」

「おまえを失うかと思った時、初めて自分の気持ちに気がついたんだ」

「……?」

「おれは、おまえを愛しているんだって」

 思いもかけなかった言葉に姫香の心臓が破裂しそうに早鐘を打った。

「やだな。冗談はやめてよ。違う世界の人間には惚れないって言ってたじゃない」

「けれど、おれはおまえを好きになってしまった」

 ビャッコの真剣な顔と熱くうるんだ瞳に見つめられ、抑えていた気持ちが溢れだした。

(……わたしも……ビャッコが……好き……)

 姫香の頬にビャッコの手が触れた。

「おまえが好きだ」

 ビャッコの紅潮した顔がゆっくりと近づいてくる。

 姫香の頬にハッカの息がかかった。心をどこかに連れていくような香りだ。

(……キス……だけなら……)

 姫香は夢見心地でうっとりと目を閉じた。刹那、すさまじい振動が二人の体を揺さぶった。

 

「ちっ!」

 ビャッコがベッドから飛び降りて窓を勢いよく開けた。

 ムウッとした熱風が部屋に流れこんでくる。空は一面真っ赤だ。神名火山が真っ赤な噴煙を噴き上げているのだ。姫香は急いで帽子と靴をつけリュックを背負った。ほぼ同時にバニーガールに変身した。

 ドアがバタンと開き、みんなが部屋にバタバタと入ってきた。

「姫さま、神名火山から魔物が来ます」

「夜刀か!」

 ビャッコの目つきが変わった。

「いいえ、違います」

 セイがカヅラをつけた頭を横に振った。

「占いでは金朱雀きんすざくと出ました。ここでは不利です。こちらから打って出ましょう」

「朱雀……なのに、夜刀じゃない……?」

 ここが最終地点ではないのだ。

 飛行術がかけられ、窓から一人ずつ飛びだす。外にでた姫香にビャッコが寄り添った。

「大丈夫か?」

 不安が顔に浮いたのをビャッコは察知したらしい。

「あ、うん」

「元気、出せ。おまえのためにこいつを倒してやる。約束する!」

「ビャッコ、わたし……」

 姫香の言葉を待たずにビャッコが遠のいていった。

「俺は女から迫るのは嫌いだ。しかし、男をじらすのもどうかと思うぞ」

 突然、横合いから赤ん坊が顔をだした。

「わたし、なにも」

「お前はセンパイが好きではなかったのか」

「わたし……わたしは」

 いつもそばにいてくれるビャッコに惹かれているだけかもしれない。頭ではわかっていても心を抑えられなかった。

「忠告したぞ。小竹葉をくれたからな。これで貸し借りなしだ」

「なによ、それ。きゃぁっ!」

 噴火口から吹き上がる熱風に全員が押し戻された。

 

 火口から風を捲き、金色に輝く肢体が出現した。形は孔雀に似ている。赤い炎を天女の衣のように纏い、金色の飾り羽がたなびく姿は、言語を絶する美しさだ。距離があるにもかかわらず凄まじい熱気。翼が巻き起こす風もあなどれない。

「みんな、勝つぜ!」

 ビャッコの声に全員が勇気を奮い起こした。

 金朱雀のくちばしが赤く輝き、口から炎を吐いた。その炎が空をなぎ払い一巡する。ビャッコがいち早く炎をくぐり、翼めがけて剣をふるった。金朱雀から金粉が飛び散る。流れてきた炎を姫香は飛び越えたが、後ろにいたゲンブがその炎にまきこまれた。

「体力値4。あ、9に戻った」

 セイがゲンブを回復させたのだ。

「ぼくもお兄ちゃんのそばに行く!」

 ゲンブが金朱雀へ向かって飛んでいった。

(……体力値を5も取るなら、わたしは瞬時に死ぬ)

 金朱雀にパラメータを向ける。セイの時と同じでゲージはでない。

 まず、呪縛解除が可能なのかを知りたい。金朱雀が噴出した炎をヒルコが小竹葉で断ち割った。

「小竹葉、強いっ!」

 ヒルコの防御は完璧だ。

 今度は金朱雀の口から炎の玉が幾つも飛びでた。セイの手から冷気を含んだ烈風が走り、火の玉を一瞬のうちに駆逐していく。姫香はセイのかたわらに入った。

「反応を見たい。食べ物を投げるから手伝って」

「食べ物では呪いは解けません」

 そう答え、ビャッコとゲンブに回復呪文を送っている。

「食べ物……じゃない?  じゃ、呪縛解除のアイテムは何?」

「そこまではわたくしには占えませんでした」

「でも、それって……呪縛解除のアイテムがあるってことだよね」

「かもしれません」

 アイテムさえ見つければ、呪縛解除できる可能性があるのだ。

「ゲンブ!」

 水壺をだす。姫香の呼びかけにゲンブが飛んできた。

「なに、お姉ちゃんっ!」

「水呪術できるよね」

「うん。できる」

「なら、これを使って。水呪術に勢いがつくと思うの」

 ゲンブに水壺を渡す。

「あとはセイが言う通りにやってね」

「うん、わかった!」

「セイはゲンブと連携して風と水の同時攻撃を」

「かしこまりました」

 セイとゲンブが金朱雀を挟んで向かい合った。セイのしなやかな指先が激しく宙を舞う。金朱雀を巨大な竜巻が覆い。太い水柱が噴きあがった。

「やった!」

 誰もがそう思った。

 金朱雀から水柱を裂く業火が、セイとゲンブに浴びせられるまでは。

「ゲンブ!  セイッ!」

 くすぶりたゆたうセイを姫香は受け止める。カヅラがほろほろと火口に落ちていった。

 セイの口に回復薬を入れ、ゲンブを抱きかかえているビャッコに薬を投げる。

「ビャッコ、飲ませて!」

「おお!」

「おねえちゃん、ありがとう!」

 ゲンブがすぐに元気に手を振った。姫香は拳をぎゅっと握った。

(……今、金朱雀は一度に体力値を8も取った)

 金朱雀は攻撃力を自在に変化させられるのだ。その数値も今までの敵の比ではない。

 セイが苦しそうに息を吐いた。

「せっかくの攻撃を……使いこなせなくて……申し訳ありません」

 体力値が1から回復していない。

「薬を飲んだのに、なぜ回復しないの?」

 セイの口からぽろりと薬がこぼれ落ちた。

「わたくしに薬は……効きません。呪術師は……自らの術で……回復するのです」

 ヒルコが近づいてくる。それを見たセイが姫香から離れた。

 接近戦をしているビャッコとゲンブは、体のあちこちに火傷を負っている。そのうえ、体力値の高い二人が一瞬にして死を目前に迎えたのが誰の目にも明らかに映った。それがみんなに悲壮感を漂わせた。

「セイ。これ、なにかわかる?」

 黒い革袋から黒曜石をだす。意味不明なアイテムはあとこれだけだ。

「それは火打石だな」

 ヒルコが答えた。

「火打石は……火属性を付加できる……アイテムです」

 そう言いながらセイが苦しそうに息を吐いた。

 姫香の頭に向火むかいび という漢字が浮かんだ。

(……燃え来る火に向かい、こちらからも火をつけて向こうの火の勢いを弱らせること)

 確かそんな意味だった。

「セイ。油壺、まだ持ってる?」

「は……い」

「目には目を、火には火を。火打石と油壺で火炎呪術をやってみようよ」

 姫香が渡した火打石を手に持ち、セイが意を決したように金朱雀を見据えた。

「かしこまりました」

「これを貸してやる。これで貸し借りなしだ」

 セイに小竹葉を手渡し、照れたようにヒルコが頬をかいて言葉を継いだ。

「あいつを仲間にしてこい。それが姫香の望みだ」

 苦しそうにセイがうなずいた。

 パラメータに目を落とす。体力値1。セイはまったく回復していない。

「セイ、まず回復して!」

「体力値が少ないと……回復できないのです。では……お先に参ります」

「待って、お先にってどういう意味っ!」

 すがろうとする姫香を突き飛ばし、セイが金朱雀へと飛んでいく。

「ダメ!  戻って、戻って、セイ!」

 金朱雀がセイに炎を吐いたのがコマ送りで見える。

「イヤーッ!」

 そのまま姫香は意識をなくした。

 セイが死ぬのを見たくなかった。 

たきもと裕
天降り姫 ヒルコの夢 -1-
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