素顔の告白

 

ここに一冊の書記がある。私はこの書記の持ち主である、兵藤 福次郎の最近出版した本に関わったのだが、兵藤氏亡き後、この書記が発見された。

 

彼は稀代の天才作家、永井橋の書生であり、彼曰く愛人でもあったという。

 

永井氏亡き後、兵藤氏は所謂暴露本「告白~永井橋」を我が出版社から出し、ちょっとした騒ぎになった事がある。

 

しかし我が社から出版し、私もそれに関わっていたのにこのような事を言うのも変だが、兵藤氏には虚言癖や妄想癖がかなりあり、永井氏以外の存命の登場人物も首を傾げる事が多く、この暴露本はどこまで信じていいのだろう?というのが本当のところであった。

 

 

私の母は賭博の元締めで、毎日派手な身なりをして庶民相手の青空賭博を開いていた。違法な仕事をする自分を守ってくれる男と結びつき、4人の父親の違う子を産んだ。

 

顔も知らぬ、私の父が刑事であったと聞いた時は、自分は世間から見てまともな肩書の人間の血が通っていると思い嬉しさと、他の兄弟姉妹への優越感を感じたのだが、それほど私は世間の評価、肩書等に敏感である。

 

そんな私だから、同性愛者という性癖も当然恥に思っている。

 

同性愛者への差別、という言葉は、当然同性愛者が社会において差別差別され易いから言われるのであり、社会において差別され易いという事は、社会の大多数の人間に受け入れられ難いという事であろう。

 

私には種違いの弟がいるが、私同様の同性愛者で、私は彼を殺したいほど憎んだ時期があった。

 

どういうわけか、弟の太郎は自分の性癖を全く気にせず、内密にもしておらず、思いを寄せる男と堂々と付き合っていたりと、性癖を周知のものとしていた。

 

私はまるで、自分の性癖が暴かれるようないたたまれない気持ちになり、それであれほど憎んだのかもしれない。

 

 

私が永井橋という作家に興味を持ったのは、19歳で大学に通うために、単身上京した時であった。

 

その頃、実母は小料理屋を営んでおり、私に学費を出して「大学へ行ってはどうか」と勧めてくれたのである。

 

被害者意識の強い私はそれを、私が産まれてこの方叔母に預けっぱなしのほったらかしであった事への罪悪感かと考えつつ、以前から郷里から遠く離れたいとの思いや、華やかな場所への憧れもあり、その申し出を受ける事にしたのだ。

 

しかし実際の東京は、そんなに甘くはなかった。毎日生活費を稼ぐためにアルバイトをした後、私と同じような貧乏学生と共に寮で雑魚寝する日々。

 

それも、人間関係が充実していれば楽しかったかもしれない。

 

しかし寮内等では女に関する話ばかりであった。

 

同性愛者でありつつ、その性癖を隠している私にはどう受け答えしていいのか分からなかったと言えば、おそらく性癖を言い訳にしている事になるのだろうか。

 

そう、単に私には社交性が無かったのだ。例え異性愛者であったとしても、結果は同じだっただろう。

 

それを近い将来に証明されるとは、この時はまだ思いもよらなかった。

 

 

 

そんな毎日の中、何の魔が差したのか、書店で一冊の本を手に取り何気なく立ち読みしてみたら、その内容がなんと、私と同じ男性同性愛者が少年時代からの自分を振り返るという内容の話で、私はぐいぐい引き込まれ、その時以来、その小説を書いた作家の作品をリスペクトするようになった。

 

私は自分の孤独を、同性愛者という性癖のためと思い込んでいた。実際は、原因は違うところにあったというのに、それを直視する事が辛くて目を逸らしていたのだ。

 

とにかく、その頃の私は同性愛者の集団というか関わりの中へ入る事で、自らの孤独を解消しようとしていた。

 

永井橋は、異性愛者を自称していたが、私は同性愛者もしくはその気ありと半場確信していた。そこであるアイデアが思い浮かび、永井氏にファンレターを送りつけた。

 

「ルマンというゲイバーは実際に存在するのですか?もし存在するのなら、興味があるのでお教えください。」

 

永井氏の作品を読んでいて、なんとなく、永井氏は知的な青年、文学青年等は好きではないだろう、と予想していたのでこういう内容にしておいた。さらに、ゲイバーに興味があるという点で、同性愛者である可能性を十分に匂わせておいたのだ。

 

このアイデアは功を制し、私はいきなり永井橋氏に直接、個人的に会う事となった。

 

白状すると、私には永井氏の作品や芸術、文学等に対する執着は皆無と言って良く、ただ、当時日本中から天才と称賛される大作家を通じて、東京の華やかな世界に関わりを持つチャンスが欲しかっただけである。

 

また、同性愛者もしくはその傾向があると思われる永井氏に、そういう意味で気に入られたら、きっと良い思いができる。そんな下心もあった。

 

なので、永井氏に初めて会う時は本当に緊張していた。絶対に気に入られなければ、せっかく見つけたこのチャンス、逃してはなるまいと必死であった。

 

貧乏学生にできる、精一杯の正装で待ち合わせ場所の喫茶店で、緊張しながら待っていると、永井橋が現れた。これが私と永井さんの初対面である。

 

麺平良
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