ピンク

 秀樹は、風来坊というのは、ホームレスのことだと勘違いした。「風来坊って、だれだよ。もしかして、ホームレス。ホームレスが高価な子猫を捨てたってことは、どこからか盗んできたってことじゃないか。それは、犯罪じゃないか。こんな田舎にも、ホームレスがいるのか」亜紀ちゃんは、風来坊のことは、話したくなかった。風来坊は、カラスだと言ったら、二人に笑われるような気がしたからだ。でも、風来坊と口走った手前、引っ込みがつかなくなってしまった。このままだと、ホームレスが悪者になってしまうようで、ホームレスの人たちに申し訳ないような気持になった。

 

 亜紀ちゃんは、笑われることを覚悟で話すことにした。「あのね~。風来坊って、ホームレスじゃなくて、お友達のカラスなの。だから、今のは、亜紀の単なる作り話。秀樹君、本当に、風来坊って、カラスだから」亜紀ちゃんは、作り話を言ったつもりだったが、これは事実だった。風来坊は、亜紀ちゃんのために、飼い主が目を離した一瞬のスキをついて、数匹いる子猫の中から狙いをつけていた白い子猫をサッとわしづかみにして、誘拐したのだった。そして子猫がオリーブ園に捨てられたかのように見せかけたのだった。

 

 秀樹は、最初、冗談の作り話だと思ったが、ありえないこともないと思った。秀樹はマジな顔で返事した。「カラスか。いや、考えられないこともない。カラスだったら、子猫ぐらい、簡単に持ち上げれる。知能実験でわかっているんだけど、カラスは、動物の中でもかなり賢いんだ。子供のおもちゃ、人の帽子、ゴルフボールなどをくわえて、飛んで行ったりするらしい。カラスの中には、九官鳥のように、簡単な言葉だったらしゃべれるのもいるらしい。そうさ、人間にとっては高価な猫であっても、カラスにとっては、単なる猫だ。遊びのつもりでさらったに違いない。亜紀ちゃん、それって、当たってるかもしれない。さすが、亜紀ちゃん、カラスの生態も研究してるのか。恐れ入った」秀樹が作り話をマジに受け取ってくれたことでホッとした。

 

 


 亜紀ちゃんが、ふと、ピザを注文したことを思い出した時、インターホンが鳴った。「あ、ピザクック」亜紀ちゃんは、玄関にかけていった。ピザを受け取ると大声で秀樹を呼んだ。「秀樹、手伝って」秀樹は、亜紀ちゃんの執事のように一目散にかけていった。「お、Lが二つも。スゲ~」亜紀ちゃんと秀樹は、それぞれ一つずつ抱えてキッチンに向かった。ピザをテーブルに置くと亜紀ちゃんは明菜を呼んだ。「明菜ちゃん、ピザ、みんなで食べよ。あ、拓実も呼んでこなくっちゃ」亜紀ちゃんは、二階に階段をかけていった。しばらくすると亜紀ちゃんの後ろから、スカートをはいた拓実が手すりに手をかけて、ゆっくり階段を降りてきた。

 

 亜紀ちゃんは、4人分のグラスと取り皿を食器棚から取り出しテーブルに並べ、フレッジからペットボトルのオレンジジュースを取り出した。そして、オレンジジュースをグラスに注ぎ、各人の前に差し出した。そして、亜紀ちゃんと秀樹は、同時にピザの箱を開けた。秀樹が歓声を上げた。「ワオ~~、アボカドだ。大好物なんだ。そっちは、トマトか。さあ、分けよう」秀樹が手際よくピザを取り皿に取り、声をかけた。「乾杯だ。グラスを取って」みんながグラスを持ち上げると乾杯の音頭を取った。「それじゃ、新年を祝って、乾杯しよう。ピンク、イチゴ、ヒョットコ、が元気よく育ち、仲良くなれますように。カンパ~~イ」四人は、グラスを響かせ、早速、ピザにパクついた。拓実も上手に食べれるようになり、小さな口でモクモクと食べ始めた。3匹の猫たちは、仲良くソファーで遊んでいた。

 

 秀樹が明菜に話しかけた。「明菜ちゃんちは、近所なの?」明菜が笑顔で返事した。「ここから300メーターほど南。歩いて、10分ぐらい」さらに質問した。「中学校はどこに行くの?」明菜が即座に返事した。「糸島東中学校」亜紀ちゃんが、話に割って入った。「明菜ちゃんは、アイドルユニットITS8のメンバーなのよ。今、研修生なのよね」明菜はうなずいた。秀樹は、目を丸くして返事した。「こんな、田舎にもアイドルユニットがあるのか。糸島も捨てたもんじゃないね~~」亜紀ちゃんが、大きな声で叫んだ。「明菜ちゃん、将来TVに出るかも」秀樹が、目を丸くしてエールを送った。「ワオ~~、その時は、ペンライト振って、応援するよ」

 

 


 拓実も、口をモグモグさせながら話に割って入ってきた。「僕もアイドルになるんだ~~。早く、大きくなりたいな~~」秀樹が、拓実の顔を覗き込み返事した。「まあ、確かにかわいいけど、ちょっと、オカマっぽいな~~。でも、今、美少女系の男子が受けてるんだ。運が良ければ、将来、ブレイクするかも。その時は、お兄ちゃん、応援するし。夢は、デッカク。ガンバ」拓実は、ガンバ、と聞いて、笑顔でうなずいた。食事を終えた拓実は、「ごちそうさま」と小さな声で言って二階に上がっていった。ピザはまだ残っていたが、お腹いっぱいになった三人は、両手を合わせて「おごちそうさま」と言った。

 

 亜紀ちゃんが、ソファーの猫たちを見つめて話し始めた。「猫ちゃんたちにも、キャットフードをあげようか。二階に、キャットフード、たくさんあるから。イチゴは、もう普通のキャットフード、食べれる?」明菜は、即座に返事した。「柔らかくすれば、もう、食べれる」亜紀ちゃんは、二階に階段をかけていった。キャットフードをプラスチックのボールに入れて戻ってきた亜紀ちゃんは、キャットフードに水を足して少し柔らかくした。お皿にキャットフードを盛り付けるとフロアに並べた。「みんな、お食べ」三匹の猫をフロアに下ろすとお腹がすいていたようでモクモクと食べ始めた。

 

 猫たちがキャットフードを食べ始めた時、ガラガラと玄関の扉が開く音が響いてきた。「あ、ママだわ」しばらくするとアンナがキッチンに現れた。「みんな、ちゃんと食べた?拓実も食べた?あら、明菜ちゃんも来てたの。みんなで新年会ってわけね」亜紀ちゃんが、即座に返事した。「拓実にも食べさせた。ピザ、とってもおいしかった」秀樹が、直立不動でお礼を述べた。「とってもおいしかったです。さすが、亜紀ちゃんのママ。アボカドは、大好物なんです」亜紀ちゃんのためにアボカドを注文したのだったが、秀樹の喜びに笑顔でうなずいた。「そう。それはよかった。今日は、早めに店じまいして、運転手さんと私たちは、甘党茶屋で食事したわ。まあ、猫が3匹、猫カフェみたいね」亜紀ちゃんが、笑顔で話し始めた。「3匹ともメスで、みんなお友達になれそう。三姉妹って感じ。ピンク、喜んでるみたい」

 

 


 運転手のジーのことを思い出した秀樹が、アンナに挨拶をした。「今日は、ご馳走いただきまして、ありがとうございました。ジーも待ってることだし、失礼します。亜紀ちゃん、時々、ヒョットコを連れてきてもいいかな~?ヒョットコ、友達ができて、うれしそうだったし」亜紀ちゃんが、明るい声で即座に返事した。「ぜひ連れてきて。ピンクもお友達ができて喜んでいるみたい。今日は、三姉妹記念日ね」秀樹が帰ると聞いて明菜もあいさつした。「ピザ、とってもおいしかったです。イチゴもお友達ができて喜んでいるみたい。これからも、仲良くね、ピンク、ヒョットコ。私も、失礼します」

 

 秀樹はヒョットコを、明菜はイチゴを抱っこすると玄関に向かった。亜紀ちゃんは、ピンクを抱っこして表の通りまで見送りに出た。表の通りに秀樹が姿を現すと車の中で待っていた運転手が、息を切らせながらかけてやってきた。「坊ちゃま、お帰りですか。今日は、ご馳走していただきまして、ありがとうございました。今後とも、坊ちゃんをよろしくお願いします。明菜は、秀樹が運転手付きのお坊ちゃまと知って、目を丸くして秀樹の顔を覗き見た。秀樹は、照れくさそうに頭を掻きながら、「そいじゃ」と言って、運転手と一緒に駐車場に向かって歩き出した。明菜も「ピンク、さよなら」と言って南に向かって歩き出した。ピンクが懐から頭を持ち上げ、ニャ~~と鳴いたとき、亜紀ちゃんが、ピンクの気持ちを代弁して大きな声で叫んだ。「イチゴ、ヒョットコ、また、遊ぼうね~~」振り向いた明菜と秀樹は、大きく手を振った。

 


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
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