ピンク

 15分ほど経つと、冷たい北風が吹く中、フードをかぶった明菜が、ダウンコートの懐で小さくうずくまったイチゴをしっかり抱っこして、体を震わせながら歩いてやってきた。亜紀ちゃんちに到着すると玄関で出迎えた亜紀ちゃんに「サブ~~」といって、亜紀ちゃんをおいて駆け足でリビングに突進した。亜紀ちゃんも明菜を追ってリビングにかけていった。明菜は、暖房の温かさを感じるとホッとした表情で「凍え死ぬところだった」とつぶやき、懐からイチゴを取り出し、ソファーに座らせた。コートを脱いだ明菜は、ソファーにそっと腰掛けた。そして、膝の上にイチゴを乗せるとイチゴの紹介を始めた。「この子メスで、イチゴっていうんだけど、まだ、6か月。親戚のおばさんからもらったの。猫種は、サバトラ、って言ってた。3匹の中では一番小さいね。仲良くなれるといいんだけど」

 

 笑顔を作った秀樹が、得意げにヒョットコを両手で持ち上げて紹介した。「僕のは、エキゾチックショートヘアの1歳。名前は、ヒョットコ。顔はブサイクだけど、愛嬌があるだろ。しつけもしっかりしてあるし、おとなしいから、仲良くなれるよ。ピンクとも仲良くなれたし」スパイダーの横で正座していた亜紀ちゃんが、膝の上のピンクを紹介した。「この子は、メスで10か月。まだ子供。さみしがりやで甘えん坊。去年、オリーブ園で拾ってきたんだけど、スパイダーが、実のパパのように、一生懸命、面倒見てくれたの」亜紀ちゃんは、横で寝転がっていたスパイダーの頭をナデナデした。

 

 明菜は、ヒョットコは、オスのように思え、念のために聞いた。「ヒョットコって、オス?」秀樹が、笑顔で返事した。「いや、メス。ヒョットコって、メスにはヘンかな~~。亜紀ちゃんもヘンだっていうんだ。いいと思うんだけどな~~」明菜は、別にヘンだとは思わなかったが、オスの名前のようでメスの名前としてはふさわしくないように思えた。「ヘンじゃないけど、ヒョットコって、オスの名前に聞こえたの。メスなのね。すごく、愛嬌のある顔してるね。この顔、CMに出ている猫の顔にそっくり。亜紀ちゃんも、そう思わない」亜紀ちゃんもうなずいた。「いわれてみたら、よく似てる。ブチャカワの顔」

 

 


 秀樹がヒョットコの頭をナデナデしながら話し始めた。「やっぱし、そう思う?実を言うと、猫好きのジーがCMの猫が大好きみたいで、猫を飼うんだったら、あ~いう猫を飼われてはいかがですか、っていうんだ。それで、猫のブリーダーに問い合わせたら、あのCMのネコは、エキゾチックショートヘアといって、今、一番、人気があるんですよ、って言われたんだ。そしたら、坊ちゃん、買うんだったら、今でしょ、ってジーがいうもんだから。すぐに、見に行ったんだ。ブリーダーのおうちで、何匹か、見せてもらったんだけど、ジーが、この猫が愛嬌があって、いいですよ、っていうもんだから、このヒョットコを飼うことにしたんだ」

 

 へ~とうなずいた明菜が、亜紀ちゃんに質問した。「ピンクは、とっても脚が短いけど猫種は何?」亜紀ちゃんもわからなかったため、検診に行ったときに獣医に確認した。「獣医さんに教えてもらたんだけど、猫種は、マンチカンだって。この猫、捨て猫と言ったら、獣医さんびっくりしてた。脚の短いマンチカンは、人気があって、高価な猫なんだって。捨てる人はいないんだが、っていってた。とっても、不思議がってた」明菜も捨て猫にしては、かわいいと思った。「こんなかわいい猫、だれが捨てたんだろう?きっと、たくさん生まれたから、捨てたのかな~~」秀樹が口をはさんだ。「そうだな~~。捨てたというより、かわいい猫だから、誰かが拾ってくれるんじゃないかと思って、おいて行ったんじゃないか?現に、亜紀ちゃんが、育ててるし」

 

 明菜が表情を曇らせ話し始めた。「でも、拾ってくれる人がいなかったら、餓死してたかもしれないね。今、猫や犬を捨てる人が多いんだって、おばさんが言ってた」毎年、数万匹の猫や犬の殺処分が問題になっていた。ノラ猫も増加している。結局、育ててくれる引き取り手がなければ、捨てられることになる。ピンクは、幸運だったのかもしれない。ピンクは、誰かが拾ってくれることを期待されて、捨てられたのかもしれない。でも、亜紀ちゃんにとっては、ピンクは、神様がくれたプレゼントのようにも思えた。ピースがなくなって悲しんでいる亜紀を元気づけてあげようと人間の気持ちがわかる風来坊がプレゼントしてくれたのかもしれないと思った。「あのね~~、ピンクは、オリーブ園の片隅で、ボッチでニャ~ニャ~泣いてたんだけど。もしかしたら、風来坊のプレゼントじゃないかと思ってるの。亜紀ね、ピースが天国に行って、メソメソ泣いていたから」


 秀樹は、風来坊というのは、ホームレスのことだと勘違いした。「風来坊って、だれだよ。もしかして、ホームレス。ホームレスが高価な子猫を捨てたってことは、どこからか盗んできたってことじゃないか。それは、犯罪じゃないか。こんな田舎にも、ホームレスがいるのか」亜紀ちゃんは、風来坊のことは、話したくなかった。風来坊は、カラスだと言ったら、二人に笑われるような気がしたからだ。でも、風来坊と口走った手前、引っ込みがつかなくなってしまった。このままだと、ホームレスが悪者になってしまうようで、ホームレスの人たちに申し訳ないような気持になった。

 

 亜紀ちゃんは、笑われることを覚悟で話すことにした。「あのね~。風来坊って、ホームレスじゃなくて、お友達のカラスなの。だから、今のは、亜紀の単なる作り話。秀樹君、本当に、風来坊って、カラスだから」亜紀ちゃんは、作り話を言ったつもりだったが、これは事実だった。風来坊は、亜紀ちゃんのために、飼い主が目を離した一瞬のスキをついて、数匹いる子猫の中から狙いをつけていた白い子猫をサッとわしづかみにして、誘拐したのだった。そして子猫がオリーブ園に捨てられたかのように見せかけたのだった。

 

 秀樹は、最初、冗談の作り話だと思ったが、ありえないこともないと思った。秀樹はマジな顔で返事した。「カラスか。いや、考えられないこともない。カラスだったら、子猫ぐらい、簡単に持ち上げれる。知能実験でわかっているんだけど、カラスは、動物の中でもかなり賢いんだ。子供のおもちゃ、人の帽子、ゴルフボールなどをくわえて、飛んで行ったりするらしい。カラスの中には、九官鳥のように、簡単な言葉だったらしゃべれるのもいるらしい。そうさ、人間にとっては高価な猫であっても、カラスにとっては、単なる猫だ。遊びのつもりでさらったに違いない。亜紀ちゃん、それって、当たってるかもしれない。さすが、亜紀ちゃん、カラスの生態も研究してるのか。恐れ入った」秀樹が作り話をマジに受け取ってくれたことでホッとした。

 

 


 亜紀ちゃんが、ふと、ピザを注文したことを思い出した時、インターホンが鳴った。「あ、ピザクック」亜紀ちゃんは、玄関にかけていった。ピザを受け取ると大声で秀樹を呼んだ。「秀樹、手伝って」秀樹は、亜紀ちゃんの執事のように一目散にかけていった。「お、Lが二つも。スゲ~」亜紀ちゃんと秀樹は、それぞれ一つずつ抱えてキッチンに向かった。ピザをテーブルに置くと亜紀ちゃんは明菜を呼んだ。「明菜ちゃん、ピザ、みんなで食べよ。あ、拓実も呼んでこなくっちゃ」亜紀ちゃんは、二階に階段をかけていった。しばらくすると亜紀ちゃんの後ろから、スカートをはいた拓実が手すりに手をかけて、ゆっくり階段を降りてきた。

 

 亜紀ちゃんは、4人分のグラスと取り皿を食器棚から取り出しテーブルに並べ、フレッジからペットボトルのオレンジジュースを取り出した。そして、オレンジジュースをグラスに注ぎ、各人の前に差し出した。そして、亜紀ちゃんと秀樹は、同時にピザの箱を開けた。秀樹が歓声を上げた。「ワオ~~、アボカドだ。大好物なんだ。そっちは、トマトか。さあ、分けよう」秀樹が手際よくピザを取り皿に取り、声をかけた。「乾杯だ。グラスを取って」みんながグラスを持ち上げると乾杯の音頭を取った。「それじゃ、新年を祝って、乾杯しよう。ピンク、イチゴ、ヒョットコ、が元気よく育ち、仲良くなれますように。カンパ~~イ」四人は、グラスを響かせ、早速、ピザにパクついた。拓実も上手に食べれるようになり、小さな口でモクモクと食べ始めた。3匹の猫たちは、仲良くソファーで遊んでいた。

 

 秀樹が明菜に話しかけた。「明菜ちゃんちは、近所なの?」明菜が笑顔で返事した。「ここから300メーターほど南。歩いて、10分ぐらい」さらに質問した。「中学校はどこに行くの?」明菜が即座に返事した。「糸島東中学校」亜紀ちゃんが、話に割って入った。「明菜ちゃんは、アイドルユニットITS8のメンバーなのよ。今、研修生なのよね」明菜はうなずいた。秀樹は、目を丸くして返事した。「こんな、田舎にもアイドルユニットがあるのか。糸島も捨てたもんじゃないね~~」亜紀ちゃんが、大きな声で叫んだ。「明菜ちゃん、将来TVに出るかも」秀樹が、目を丸くしてエールを送った。「ワオ~~、その時は、ペンライト振って、応援するよ」

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
0
  • 0円
  • ダウンロード

28 / 33

  • 最初のページ
  • 前のページ
  • 次のページ
  • 最後のページ
  • もくじ
  • ダウンロード
  • 設定

    文字サイズ

    フォント