ピンク

 秀樹は、亜紀ちゃんもアンナもヘンだというが、ヒョットコのどこがヘンなのかわからなかった。「そうですか?ヒョットコって、いいと思うんですが。ヘンですか?亜紀ちゃんもヘンって、言うんです。顔にぴったりの名前だと思うんですが」アンナは、亜紀も同じことを言ったのかと思い、亜紀の顔を見てクスクス笑った。亜紀ちゃんが、話し始めた。「ママも思うでしょ。ヒョットコって、ひどいわよね。女の子なのよ。もっと、かわいい名前がいいと思うんだけど、秀樹君、ヒョットコがいいって」アンナも、女の子だったら、女の子らしい名前がいいような気がしたが、一度つけた名前を変えるのも難しいように思えた。「そうね、でも、ヒョットコ、が気に入ってるのかもしれないし。今のままでいいかもね。ヒョットコ」

 

 アンナは、ヒョットコの頭をナデナデしながら、秀樹にお昼の注文を聞いた。「秀樹君、お昼は何が食べたい。ハンバーグ、お寿司、ピザ、食べたいもの何でも、言ってちょうだい」昨日、すき焼きを食べた秀樹は、ピザが食べたい気分だった。「それじゃ、ピザ、お願いします」アンナは、早速、ピザクックにLサイズのエビアボカドサーモン、トリプルトマト、を電話で注文した。アンナは注文すると後は亜紀ちゃんに任せることにした。「ママは、お店に戻るから、あとは、亜紀に任せるわよ。拓実にも食べさせてあげて」亜紀ちゃんは、元気のいい声で返事した。「はい。行ってらっしゃい」アンナは、亜紀ちゃんの返事を背にして甘党茶屋にかけていった。

 

 亜紀ちゃんが、ヒョットコの頭をナデナデしているとセカンドラブの着メロが鳴った。「あ、明菜ちゃんから」亜紀ちゃんは、スマホを左耳に近づけた。即座に、明菜の声が飛び込んできた。「亜紀ちゃん、あけましておめでとう。今、何してる?」亜紀ちゃんは、気まずそうに返事した。「今、いまね~~、お友達が来てる。秀樹君というんだけど、猫を連れて遊びに来てる」明菜は、ちょっと、遠慮がちに返事した。「そう。うちのイチゴを紹介しようかなって思ったけど、またにするね」亜紀ちゃんは、ピンクを一刻も早くイチゴに会わせたかった。「いいのよ。気にしなくて。秀樹君の猫、ヒョットコっていうの。ぜひ、イチゴ連れて、見に来て。待ってるから」明菜は、ヒョットコと聞いて、どんな顔をしているのか、是非、見たくなった。明菜は、即座に返事した。「今から行くね。そいじゃ」

 

 


 15分ほど経つと、冷たい北風が吹く中、フードをかぶった明菜が、ダウンコートの懐で小さくうずくまったイチゴをしっかり抱っこして、体を震わせながら歩いてやってきた。亜紀ちゃんちに到着すると玄関で出迎えた亜紀ちゃんに「サブ~~」といって、亜紀ちゃんをおいて駆け足でリビングに突進した。亜紀ちゃんも明菜を追ってリビングにかけていった。明菜は、暖房の温かさを感じるとホッとした表情で「凍え死ぬところだった」とつぶやき、懐からイチゴを取り出し、ソファーに座らせた。コートを脱いだ明菜は、ソファーにそっと腰掛けた。そして、膝の上にイチゴを乗せるとイチゴの紹介を始めた。「この子メスで、イチゴっていうんだけど、まだ、6か月。親戚のおばさんからもらったの。猫種は、サバトラ、って言ってた。3匹の中では一番小さいね。仲良くなれるといいんだけど」

 

 笑顔を作った秀樹が、得意げにヒョットコを両手で持ち上げて紹介した。「僕のは、エキゾチックショートヘアの1歳。名前は、ヒョットコ。顔はブサイクだけど、愛嬌があるだろ。しつけもしっかりしてあるし、おとなしいから、仲良くなれるよ。ピンクとも仲良くなれたし」スパイダーの横で正座していた亜紀ちゃんが、膝の上のピンクを紹介した。「この子は、メスで10か月。まだ子供。さみしがりやで甘えん坊。去年、オリーブ園で拾ってきたんだけど、スパイダーが、実のパパのように、一生懸命、面倒見てくれたの」亜紀ちゃんは、横で寝転がっていたスパイダーの頭をナデナデした。

 

 明菜は、ヒョットコは、オスのように思え、念のために聞いた。「ヒョットコって、オス?」秀樹が、笑顔で返事した。「いや、メス。ヒョットコって、メスにはヘンかな~~。亜紀ちゃんもヘンだっていうんだ。いいと思うんだけどな~~」明菜は、別にヘンだとは思わなかったが、オスの名前のようでメスの名前としてはふさわしくないように思えた。「ヘンじゃないけど、ヒョットコって、オスの名前に聞こえたの。メスなのね。すごく、愛嬌のある顔してるね。この顔、CMに出ている猫の顔にそっくり。亜紀ちゃんも、そう思わない」亜紀ちゃんもうなずいた。「いわれてみたら、よく似てる。ブチャカワの顔」

 

 


 秀樹がヒョットコの頭をナデナデしながら話し始めた。「やっぱし、そう思う?実を言うと、猫好きのジーがCMの猫が大好きみたいで、猫を飼うんだったら、あ~いう猫を飼われてはいかがですか、っていうんだ。それで、猫のブリーダーに問い合わせたら、あのCMのネコは、エキゾチックショートヘアといって、今、一番、人気があるんですよ、って言われたんだ。そしたら、坊ちゃん、買うんだったら、今でしょ、ってジーがいうもんだから。すぐに、見に行ったんだ。ブリーダーのおうちで、何匹か、見せてもらったんだけど、ジーが、この猫が愛嬌があって、いいですよ、っていうもんだから、このヒョットコを飼うことにしたんだ」

 

 へ~とうなずいた明菜が、亜紀ちゃんに質問した。「ピンクは、とっても脚が短いけど猫種は何?」亜紀ちゃんもわからなかったため、検診に行ったときに獣医に確認した。「獣医さんに教えてもらたんだけど、猫種は、マンチカンだって。この猫、捨て猫と言ったら、獣医さんびっくりしてた。脚の短いマンチカンは、人気があって、高価な猫なんだって。捨てる人はいないんだが、っていってた。とっても、不思議がってた」明菜も捨て猫にしては、かわいいと思った。「こんなかわいい猫、だれが捨てたんだろう?きっと、たくさん生まれたから、捨てたのかな~~」秀樹が口をはさんだ。「そうだな~~。捨てたというより、かわいい猫だから、誰かが拾ってくれるんじゃないかと思って、おいて行ったんじゃないか?現に、亜紀ちゃんが、育ててるし」

 

 明菜が表情を曇らせ話し始めた。「でも、拾ってくれる人がいなかったら、餓死してたかもしれないね。今、猫や犬を捨てる人が多いんだって、おばさんが言ってた」毎年、数万匹の猫や犬の殺処分が問題になっていた。ノラ猫も増加している。結局、育ててくれる引き取り手がなければ、捨てられることになる。ピンクは、幸運だったのかもしれない。ピンクは、誰かが拾ってくれることを期待されて、捨てられたのかもしれない。でも、亜紀ちゃんにとっては、ピンクは、神様がくれたプレゼントのようにも思えた。ピースがなくなって悲しんでいる亜紀を元気づけてあげようと人間の気持ちがわかる風来坊がプレゼントしてくれたのかもしれないと思った。「あのね~~、ピンクは、オリーブ園の片隅で、ボッチでニャ~ニャ~泣いてたんだけど。もしかしたら、風来坊のプレゼントじゃないかと思ってるの。亜紀ね、ピースが天国に行って、メソメソ泣いていたから」


 秀樹は、風来坊というのは、ホームレスのことだと勘違いした。「風来坊って、だれだよ。もしかして、ホームレス。ホームレスが高価な子猫を捨てたってことは、どこからか盗んできたってことじゃないか。それは、犯罪じゃないか。こんな田舎にも、ホームレスがいるのか」亜紀ちゃんは、風来坊のことは、話したくなかった。風来坊は、カラスだと言ったら、二人に笑われるような気がしたからだ。でも、風来坊と口走った手前、引っ込みがつかなくなってしまった。このままだと、ホームレスが悪者になってしまうようで、ホームレスの人たちに申し訳ないような気持になった。

 

 亜紀ちゃんは、笑われることを覚悟で話すことにした。「あのね~。風来坊って、ホームレスじゃなくて、お友達のカラスなの。だから、今のは、亜紀の単なる作り話。秀樹君、本当に、風来坊って、カラスだから」亜紀ちゃんは、作り話を言ったつもりだったが、これは事実だった。風来坊は、亜紀ちゃんのために、飼い主が目を離した一瞬のスキをついて、数匹いる子猫の中から狙いをつけていた白い子猫をサッとわしづかみにして、誘拐したのだった。そして子猫がオリーブ園に捨てられたかのように見せかけたのだった。

 

 秀樹は、最初、冗談の作り話だと思ったが、ありえないこともないと思った。秀樹はマジな顔で返事した。「カラスか。いや、考えられないこともない。カラスだったら、子猫ぐらい、簡単に持ち上げれる。知能実験でわかっているんだけど、カラスは、動物の中でもかなり賢いんだ。子供のおもちゃ、人の帽子、ゴルフボールなどをくわえて、飛んで行ったりするらしい。カラスの中には、九官鳥のように、簡単な言葉だったらしゃべれるのもいるらしい。そうさ、人間にとっては高価な猫であっても、カラスにとっては、単なる猫だ。遊びのつもりでさらったに違いない。亜紀ちゃん、それって、当たってるかもしれない。さすが、亜紀ちゃん、カラスの生態も研究してるのか。恐れ入った」秀樹が作り話をマジに受け取ってくれたことでホッとした。

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
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