ピンク

 亜紀ちゃんは、泣き出しそうな表情で話し始めた。「それって、人間が悪いんじゃない。ツシマヤマネコが住みやすい環境を作ってやらないから、ツシマヤマネコが死んじゃうのよ。まったく、何やってんのよ。卑弥呼女王、どうにかしてください。お願いします」卑弥呼女王は、大きくうなずき返事した。「今、仲間と対策を練ってるところなの。九州から対馬にエサを運べないかと対策を練ってるの。必ず、救済して見せるから、亜紀ちゃん、心配しないで」亜紀ちゃんは、少し笑顔を作った。「ありがとう。亜紀にも手伝えることがあったら、何でも言って、頑張っちゃうから」一呼吸おいて卑弥呼女王は、顔を曇らせ話を続けた。「もっと絶滅に瀕しているのが、イリオモテヤマネコなのよ。動物園での繁殖はなされてないし、このままだと絶滅するのは、時間の問題。台湾近くの西表島は、猫にとっては遠すぎて、援助もできないし」

 

 スパイダーもシッポをフリフリ、エールを送った。「卑弥呼女王、頑張ってください。僕もお手伝いします。何でもお申し付けください。でも、問題なのは、人間だと思うな。島の開発だといって森林を伐採したり、無責任な観光客が野生のネコを車ではね殺したり、全く、人間は、自然を何だと思ってるんだ。ほら、身近に動物愛護精神のない鬼ババ~のようなのがいるじゃないか。ああいうのがいるから、ツシマヤマネコもイリオモテヤマネコも人間を怖がって、人間と一緒に暮らそうとしないんだ。そう、あの鬼ババ~、俺をじっと見つめ、食ったら旨そうだな~~、とか、あの忌々しい白いカラスは、いつか撃ち落としてやる、なんてことも、言ってた。まったく、極悪非道の鬼ババ~~だ」

 

 亜紀ちゃんは、鬼ババ~と聞いて、アンナが帰ってくるような不安が込み上げてきた。知らない黒猫が二匹もソファーにいたら、悲鳴を上げて追い出すように思えた。「卑弥呼女王、もしかすると、ママが帰ってくるかもしれない。ベランダから、帰ってください。うちのママは、結構、凶暴なんです」卑弥呼女王は、目を丸くしてソファーからピョンと跳び降りた。リボンも後に続いてピョンと跳び降りた。「ちょっと、長居してしまったわ。みんなとお話しできて、楽しかったわ」亜紀ちゃんが、ガラス戸を開けると卑弥呼女王とリボンは、ベランダにヒョイ、ヒョイと飛び降り、そそくさと小走りで消えた。その時、ガラガラと玄関の開く音がした。間一髪で間に合ったとホッとした亜紀ちゃんは、玄関にかけていった。


            ニューハーフ

 

 さやかに後片づけを任せたアンナは、一足先に自宅に帰ってきた。玄関でお迎えした亜紀ちゃんに声をかけた。「今日は、もう、店じまい。いつも、午前中に、このくらいお客が来てくれるといいんだけど。亜紀、ピンクは、大丈夫だった?」亜紀ちゃんは、笑顔で返事した。「スパイダーとピンク、ちゃんとお留守番してた。お利口さんだったよ」アンナは、返事もろくに聞かず、さっさと、キッチンに歩いて行った。スパイダーの顔を見るなり声をかけた。「最近は、おりこうさんになったじゃない。バカと思ってたけど、そうでもなかったのね。ヨシヨシ」スパイダーは、口の悪いアンナにムカついたが、ご褒美をもらおうとシッポをフリフリ愛想を振りまいた。亜紀ちゃんは、スパイダーの気持ちを察し、アンナにおねだりした。「スパイダー、すっごく、ピンクの面倒見てくれるの。何か、ご褒美あげてよ」

 

 アンナは、スパイダーをチラッと見て返事した。「そうね~、お正月でもあるし。奮発してやるか。佐賀牛のステーキを食わしたるか。スパイダー、今夜はご馳走よ。待ってな」スパイダーは、ステーキを思い浮かべて、ヨダレをたらしてしまった。亜紀ちゃんは、アンナがスパイダーのことを認めてくれたことにホッとした。「スパイダー、夕飯まで、二階でピンクの遊び相手をしてちょうだい」スパイダーに声をかけた亜紀ちゃんは、ピンクを抱っこすると二階のペットルームに向かった。ピンクをペットルームのフロアにおいて部屋から出た時、拓実が階段を上がってきた。そして、何も言わず、カラオケルームに入っていった。亜紀ちゃんがキッチンに戻ってくるとアンナとさやかが楽しそうに大きな声で会話していた。お客が多かったことで喜んでいるに違いないと思った。キッチンの壁時計に目をやると2時を少し回っていた。

 

 亜紀ちゃんは、さやかに声をかけた。「さやかお姉ちゃん、今日は、お客さんが多くて、よかったね」さやかが、笑顔で返事した。「ほんと、びっくりするぐらい多かった。亜紀ちゃんがお手伝いしてくれたから、すっごく、助かったわ。ありがとう。拓実君がお手伝いできるようになったのも、亜紀ちゃんのおかげ。アンナも一安心ね」アンナが、ちょっと不安げな顔で返事した。「ま~ね、元気がいいのはいいけど、ズボンの上にスカートを穿くってのは、どうかしらね~~。お嬢ちゃん、かわいいね、なんて言われたんでしょ、いやになっちゃう。髪が長くて、スカートをはいてりゃ、お客は、女の子と思うわよ。これからどうなることやら。先が思いやられるわ。スカートをはいて、小学校に行くなんて言い出したら、どうすりゃいいの?まったく」


 来年、拓実が小学生になることを考えると、アンナの心配はますます大きくなっていた。拓実は、女の子になりたく、髪を伸ばし、家ではスカートをはいていた。今後、女の子になりたい気持ちがますます強くなって、小学校にスカートをはいていくのではないかと不安になっていた。「さやか~、拓実、どうとにかならないのかしら?あんなんじゃ、小学校に行けないかもよ。いやになっちゃう」拓実をかばうように亜紀ちゃんが、口をはさんだ。「ママ、いいじゃない。女の子みたいでも。芸能人でも、いるじゃない。マツコさんとか、イッコーさんのようなオカマというか、ニューハーフが」アンナが、全く分かっていないという顔で話し始めた。「あのね~、あの人たちは、芸能人だから、いいのよ。拓実は、そこいらのガキじゃない。男子が、髪を伸ばして、女子みたいだったら、いじめられるに決まってるじゃない。不登校になるわよ」

 

 さやかがアンナをなだめるように話し始めた。「アンナ、そう、気をもむことないって。今だって、幼稚園にはズボンで行ってるじゃない。髪は伸ばしているけど、男子は髪を短くしたほうがかっこいいといえば、切るわよ。そう、心配せずに、その時になれば、どうにかなるって。アンナ」アンナが、口をゆがめて反論した。「さやか、あんたは、子供がいないから、他人事でいられるのよ。拓実は、女の子になりたいって言ってるのよ。ズボンは、はかせることができても、髪を切るように言っても、切らなかったらどうすんのよ。あのままじゃ、女子じゃない。先生もきっと注意するわよ」

 

 亜紀ちゃんも心配はしていたが、どうにかなるように思っていた。「ママ、いいじゃない。髪が長くても。長髪の男子は、いるんだし。先生やお友達もわかってくれるよ。亜紀は、カワイ~~拓実が大好き」アンナは、さやかも亜紀も全く世間がわかっていないと思った。「さやかも亜紀も、全く分かっていない。拓実は、髪が長いだけじゃないのよ。顔が女子なんだから。今日でも、お客さんから、お嬢ちゃんかわいいね~、って言われて、ニコニコしてたんでしょ。早い話、拓実は、いじめの対象になるってことよ。きっと、いじめられて、学校に行きたくないって言い始めるから。ひきこもりになったら、最悪。あ~~、どうして、あんな子が生まれたの?原因は、拓也よ。拓也が、オカマだったから、拓実までオカマになったのよ。あ~~拓也のバカ」

 

 


 さやかが、ちょっとムキになってアンナに文句を言った。「何言ってるの。拓也のせいじゃないわよ。拓也が好きで結婚したんでしょ。そんなこと言うもんじゃないわよ。拓也との楽しかった思い出は、たくさんあるじゃない。アンナは、心配性なのよ。拓実が、駄々をこねたら、さやかが、学校に連れて行ってあげるから、安心して」亜紀ちゃんも、アンナはちょっと心配しすぎだと思った。万が一、不登校になったら、フリースクールに行けばいいと思った。そして、歌手を目指せばいいと思った。「ママ、拓実は、歌手になりたいのよ。ほら、三輪さんとか、美川さんとか、ピーターさんとか、オカマ歌手が、いるじゃない。拓実、きっと歌手になれると思う。亜紀、拓実を応援する」

 

 目を吊り上げたアンナは、怒鳴るように言った。「何、バカなこと言ってるの。歌手になんか、なれっこないでしょ。男子の魅力は、武力よ。早速、空手でも習わせなくっちゃ。この世の中、理屈じゃないのよ。いざとなれば、腕っぷしがものをいうの。生き残りたけりゃ、喧嘩に勝つことよ。ママなんか、負けたことないんだから」自慢げに話すアンナを見つめて、さやかは、あきれた顔で話し始めた。「ちょっと、拓実は、アンナと違うのよ。拓実には、拓実の良さがあるの。たとえ、喧嘩が弱くても、歌が得意であればいいじゃい。歌手になれなくても、趣味があるってことは、いいことよ。拓実が、空手をやりたいっていえば、やらせてもいいと思うけど、無理矢理にやらせるのは、どうかと思うよ。大切なことは、拓実の気持ちを聞いてあげることじゃない」

 

 説教されたアンナは、ちょっとムカついたが、さやかが言っていることも、もっともに思えた。オカマの拓也を好きになったのは、事実だし、オカマの子供が生まれたからって、腹を立てるのは滑稽に思えてきた。「そうね。オカマでもいいか。もし、いじめられるようだったら、学校なんて、行かなくていい。さやかも、ママも、ろくに中学校、行ってないし~。でも、さやかと二人で、ここまで生き抜いてきたんだもの。そう、拓実がやりたいことをやらせればいい。拓実の道は、拓実が決めればいい。なんか、拓也がそういってるような気がする。今思えば、拓也の世間にとらわれない自由な発想が、好きだったような気がする。さやかも、そうだったんでしょ」

 

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
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