ピンク

             野生の猫

 

 体の震えに気づいた亜紀ちゃんは、スパイダーに声をかけた。「寒くなってきた。風邪をひかないうちに、おうちに帰ろう」亜紀ちゃんは、ピンクをしっかり抱きしめて、ピンクのようにチョコマカとかけていった。スパイダーもシッポをフリフリ、亜紀ちゃんの後を追っかけていった。道路をかけていると自宅の植木の横に二匹の黒い猫がいることに気付いた。一匹は卑弥呼女王ではないかと思いつつ、近づいてみると思った通り卑弥呼女王だった。亜紀ちゃんは、元気よくあいさつした。「卑弥呼女王、あけましておめでとうございます。お元気そうですね。ご一緒のかたは?」卑弥呼女王は、笑顔で返事した。「私の娘です。亜紀ちゃんにご挨拶させようと思い、姫島からつれてきました」気品のある顔つきの黒猫があいさつをした。「始めまして、リボンといいます。兄弟姉妹たちと一緒に、姫島で暮らしています。よろしくお願いします」

 

 

 亜紀ちゃんは、子供が姫島にいたことを知り、目を丸くした。「リボンちゃん、いい名前ね。卑弥呼女王、こんなところじゃ、寒いでしょ。おうちにどうぞ。今、おうちには誰もいないから」卑弥呼女王は、小さくうなずき、返事した。「それでは、お言葉に甘えまして、ちょっとだけ、お邪魔します」卑弥呼女王は、リボンを従えて亜紀ちゃんの後ろについておうちに入っていった。亜紀ちゃんがソファーの前で「どうぞ」と言って手を差し出すと卑弥呼女王とリボンは、ヒョイ、ヒョイとソファーに飛び乗った。ソファーに腰掛けた卑弥呼女王は、懐のピンクに目をやった。「あら、ピンク、亜紀ちゃんにかわいがられて、幸せそうね。ずいぶん大きくなったわね」亜紀ちゃんは、ピンクを懐から取り出し、ソファーに座らせた。そして、冬服と両手両足の靴下を脱がせた。

 

 ピンクがあいさつした。「あけましておめでとうございます。これから、ずっと、ず~~っと、よろしくね」卑弥呼女王は、上手に挨拶できたピンクに笑顔で返事した。「はい。仲良くしましょう。何か、困ったことがあれば、いつでも相談してね」ピンクは、早速、友達のことを相談した。「友達が欲しいの。近所に、友達になってくれる猫はいない?」卑弥呼女王は、最近、この辺りを巡回していなかったために新しい猫情報を得ていなかった。「おともだちね~~、ちょっと、思いつかないわね。ごめんなさい。すぐにでも、仲間から情報を集めてみるから、しばらく待ってて」ピンクは、コクンとうなずいた。

 

 


 ここ最近、卑弥呼女王を見かけなかったスパイダーは、質問した。「卑弥呼女王、最近、お見掛けしませんでしたが、12月から姫島でお過ごしでしたか?」卑弥呼女王は、笑顔で返事した。「ちょっと、対馬(つしま)に小旅行をしてました。対馬にいるツシマヤマネコの諜報員に会ってきました」亜紀ちゃんとスパイダーは、孤島の対馬と聞いて驚いた。卑弥呼女王は、マジな顔つきで話を続けた。「聞くところによれば、今、野生のツシマヤマネコは、絶滅の危機に瀕しているそうです。おそらく、野生のツシマヤマネコは、50匹ぐらいではないかといってました。少子高齢化で、このままだと、後10年もすれば、絶滅すると嘆いてました」

 

 亜紀ちゃんは、ツシマヤマネコを増やそうと、東京都、横浜市、富山市、名古屋市、京都市、福岡市、佐世保市などの動物園でツシマヤマネコの繁殖がなされていることは知っていた。でも、野生のツシマヤマネコがあまりにも少ないことに、びっくりすると同時に悲しくなった。亜紀ちゃんは、不安げな顔で質問した。「野生のツシマヤマネコを救済する方法はないんですか?とっても、かわいそう。人間が、飼うことはできないのかしら?」

 

 卑弥呼女王は、悲しそうな表情をして返事した。「どうも、手だてがないみたいなの。動物園で繁殖がなさせているみたいだけど、野生のツシマヤマネコは、あまり繁殖していないみたいなのよ。若いツシマヤマネコが減少し、ますます出産数も少なくなり、子猫の育ちも悪いみたい。エサも少なくなっているし、ツシマヤマネコにとっては、ますます、生活環境が悪化してるといっていました。ツシマヤマネコは、性格が野性的で、人間をとっても怖がるの。だから、おうちで飼うことができないみたい。人間と共生できれば、それが一番いいんだけど。とっても、残念」

 

 


 亜紀ちゃんは、泣き出しそうな表情で話し始めた。「それって、人間が悪いんじゃない。ツシマヤマネコが住みやすい環境を作ってやらないから、ツシマヤマネコが死んじゃうのよ。まったく、何やってんのよ。卑弥呼女王、どうにかしてください。お願いします」卑弥呼女王は、大きくうなずき返事した。「今、仲間と対策を練ってるところなの。九州から対馬にエサを運べないかと対策を練ってるの。必ず、救済して見せるから、亜紀ちゃん、心配しないで」亜紀ちゃんは、少し笑顔を作った。「ありがとう。亜紀にも手伝えることがあったら、何でも言って、頑張っちゃうから」一呼吸おいて卑弥呼女王は、顔を曇らせ話を続けた。「もっと絶滅に瀕しているのが、イリオモテヤマネコなのよ。動物園での繁殖はなされてないし、このままだと絶滅するのは、時間の問題。台湾近くの西表島は、猫にとっては遠すぎて、援助もできないし」

 

 スパイダーもシッポをフリフリ、エールを送った。「卑弥呼女王、頑張ってください。僕もお手伝いします。何でもお申し付けください。でも、問題なのは、人間だと思うな。島の開発だといって森林を伐採したり、無責任な観光客が野生のネコを車ではね殺したり、全く、人間は、自然を何だと思ってるんだ。ほら、身近に動物愛護精神のない鬼ババ~のようなのがいるじゃないか。ああいうのがいるから、ツシマヤマネコもイリオモテヤマネコも人間を怖がって、人間と一緒に暮らそうとしないんだ。そう、あの鬼ババ~、俺をじっと見つめ、食ったら旨そうだな~~、とか、あの忌々しい白いカラスは、いつか撃ち落としてやる、なんてことも、言ってた。まったく、極悪非道の鬼ババ~~だ」

 

 亜紀ちゃんは、鬼ババ~と聞いて、アンナが帰ってくるような不安が込み上げてきた。知らない黒猫が二匹もソファーにいたら、悲鳴を上げて追い出すように思えた。「卑弥呼女王、もしかすると、ママが帰ってくるかもしれない。ベランダから、帰ってください。うちのママは、結構、凶暴なんです」卑弥呼女王は、目を丸くしてソファーからピョンと跳び降りた。リボンも後に続いてピョンと跳び降りた。「ちょっと、長居してしまったわ。みんなとお話しできて、楽しかったわ」亜紀ちゃんが、ガラス戸を開けると卑弥呼女王とリボンは、ベランダにヒョイ、ヒョイと飛び降り、そそくさと小走りで消えた。その時、ガラガラと玄関の開く音がした。間一髪で間に合ったとホッとした亜紀ちゃんは、玄関にかけていった。


            ニューハーフ

 

 さやかに後片づけを任せたアンナは、一足先に自宅に帰ってきた。玄関でお迎えした亜紀ちゃんに声をかけた。「今日は、もう、店じまい。いつも、午前中に、このくらいお客が来てくれるといいんだけど。亜紀、ピンクは、大丈夫だった?」亜紀ちゃんは、笑顔で返事した。「スパイダーとピンク、ちゃんとお留守番してた。お利口さんだったよ」アンナは、返事もろくに聞かず、さっさと、キッチンに歩いて行った。スパイダーの顔を見るなり声をかけた。「最近は、おりこうさんになったじゃない。バカと思ってたけど、そうでもなかったのね。ヨシヨシ」スパイダーは、口の悪いアンナにムカついたが、ご褒美をもらおうとシッポをフリフリ愛想を振りまいた。亜紀ちゃんは、スパイダーの気持ちを察し、アンナにおねだりした。「スパイダー、すっごく、ピンクの面倒見てくれるの。何か、ご褒美あげてよ」

 

 アンナは、スパイダーをチラッと見て返事した。「そうね~、お正月でもあるし。奮発してやるか。佐賀牛のステーキを食わしたるか。スパイダー、今夜はご馳走よ。待ってな」スパイダーは、ステーキを思い浮かべて、ヨダレをたらしてしまった。亜紀ちゃんは、アンナがスパイダーのことを認めてくれたことにホッとした。「スパイダー、夕飯まで、二階でピンクの遊び相手をしてちょうだい」スパイダーに声をかけた亜紀ちゃんは、ピンクを抱っこすると二階のペットルームに向かった。ピンクをペットルームのフロアにおいて部屋から出た時、拓実が階段を上がってきた。そして、何も言わず、カラオケルームに入っていった。亜紀ちゃんがキッチンに戻ってくるとアンナとさやかが楽しそうに大きな声で会話していた。お客が多かったことで喜んでいるに違いないと思った。キッチンの壁時計に目をやると2時を少し回っていた。

 

 亜紀ちゃんは、さやかに声をかけた。「さやかお姉ちゃん、今日は、お客さんが多くて、よかったね」さやかが、笑顔で返事した。「ほんと、びっくりするぐらい多かった。亜紀ちゃんがお手伝いしてくれたから、すっごく、助かったわ。ありがとう。拓実君がお手伝いできるようになったのも、亜紀ちゃんのおかげ。アンナも一安心ね」アンナが、ちょっと不安げな顔で返事した。「ま~ね、元気がいいのはいいけど、ズボンの上にスカートを穿くってのは、どうかしらね~~。お嬢ちゃん、かわいいね、なんて言われたんでしょ、いやになっちゃう。髪が長くて、スカートをはいてりゃ、お客は、女の子と思うわよ。これからどうなることやら。先が思いやられるわ。スカートをはいて、小学校に行くなんて言い出したら、どうすりゃいいの?まったく」


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
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