ピンク

 スパイダーは、何度もうなずきながら風来坊の話に聞き入っていたが、何か犬にとっていい話はないか聞いてみた。「とにかく、人間がバカなことは確かだ。亜紀ちゃんちには、俺のケツをける鬼ババ~がいるしな。それより、何か、犬にとっていい話はないか?例えば、今年から”犬感謝の日”ができるとか。犬にステーキをプレゼントするイベントが、近々あるとか」全く食うことしか考えない気楽なスパイダーだと思ったが、ちょっと、いい話を思い出した。「そうだな~~、ないこともないぞ。犬ってやつは、おいしいらしくてな。韓国じゃ、ご馳走らしい。でもな、やっぱ、かわいそうということになって、犬は食べてはいけないことになったらしい。スパイダー、食べられずにすんで、よかったな。ワハハ~~」

 

 何がいい話だと思ったスパイダーは、風来坊に文句を言った。「まったく、犬を何と思ってんだ。犬ほど人間に貢献している動物はいないんだぞ。犬に感謝しない人間は、きっと、天罰が下る。その時になって、後悔しても知らんからな」風来坊もスパイダーの言ってることはもっともだと思った。犬は、ペットとして人間の心をいやし、障がい者には、目の代わり、耳の代わりをやっている。犯罪者を取り押さえる警察犬や、麻薬を鼻でかぎ分け麻薬取り締まりに役立っている犬もいる。こんなに人間に貢献している動物は、ほかにいない。「スパイダー、そう嘆くな。きっと、いつの日にか、”犬感謝の日”ができるさ。スパイダーは、猫の面倒まで見てるんだからな。いや~~、頭が下がるよ。あ、もうそろそろ、行かなくては。皆の衆、この辺で、さらばじゃ」風来坊は、パッと純白の翼を広げ、パタパタパタと飛び上がると東の青空に吸い込まれるように消えてしまった。

 


             野生の猫

 

 体の震えに気づいた亜紀ちゃんは、スパイダーに声をかけた。「寒くなってきた。風邪をひかないうちに、おうちに帰ろう」亜紀ちゃんは、ピンクをしっかり抱きしめて、ピンクのようにチョコマカとかけていった。スパイダーもシッポをフリフリ、亜紀ちゃんの後を追っかけていった。道路をかけていると自宅の植木の横に二匹の黒い猫がいることに気付いた。一匹は卑弥呼女王ではないかと思いつつ、近づいてみると思った通り卑弥呼女王だった。亜紀ちゃんは、元気よくあいさつした。「卑弥呼女王、あけましておめでとうございます。お元気そうですね。ご一緒のかたは?」卑弥呼女王は、笑顔で返事した。「私の娘です。亜紀ちゃんにご挨拶させようと思い、姫島からつれてきました」気品のある顔つきの黒猫があいさつをした。「始めまして、リボンといいます。兄弟姉妹たちと一緒に、姫島で暮らしています。よろしくお願いします」

 

 

 亜紀ちゃんは、子供が姫島にいたことを知り、目を丸くした。「リボンちゃん、いい名前ね。卑弥呼女王、こんなところじゃ、寒いでしょ。おうちにどうぞ。今、おうちには誰もいないから」卑弥呼女王は、小さくうなずき、返事した。「それでは、お言葉に甘えまして、ちょっとだけ、お邪魔します」卑弥呼女王は、リボンを従えて亜紀ちゃんの後ろについておうちに入っていった。亜紀ちゃんがソファーの前で「どうぞ」と言って手を差し出すと卑弥呼女王とリボンは、ヒョイ、ヒョイとソファーに飛び乗った。ソファーに腰掛けた卑弥呼女王は、懐のピンクに目をやった。「あら、ピンク、亜紀ちゃんにかわいがられて、幸せそうね。ずいぶん大きくなったわね」亜紀ちゃんは、ピンクを懐から取り出し、ソファーに座らせた。そして、冬服と両手両足の靴下を脱がせた。

 

 ピンクがあいさつした。「あけましておめでとうございます。これから、ずっと、ず~~っと、よろしくね」卑弥呼女王は、上手に挨拶できたピンクに笑顔で返事した。「はい。仲良くしましょう。何か、困ったことがあれば、いつでも相談してね」ピンクは、早速、友達のことを相談した。「友達が欲しいの。近所に、友達になってくれる猫はいない?」卑弥呼女王は、最近、この辺りを巡回していなかったために新しい猫情報を得ていなかった。「おともだちね~~、ちょっと、思いつかないわね。ごめんなさい。すぐにでも、仲間から情報を集めてみるから、しばらく待ってて」ピンクは、コクンとうなずいた。

 

 


 ここ最近、卑弥呼女王を見かけなかったスパイダーは、質問した。「卑弥呼女王、最近、お見掛けしませんでしたが、12月から姫島でお過ごしでしたか?」卑弥呼女王は、笑顔で返事した。「ちょっと、対馬(つしま)に小旅行をしてました。対馬にいるツシマヤマネコの諜報員に会ってきました」亜紀ちゃんとスパイダーは、孤島の対馬と聞いて驚いた。卑弥呼女王は、マジな顔つきで話を続けた。「聞くところによれば、今、野生のツシマヤマネコは、絶滅の危機に瀕しているそうです。おそらく、野生のツシマヤマネコは、50匹ぐらいではないかといってました。少子高齢化で、このままだと、後10年もすれば、絶滅すると嘆いてました」

 

 亜紀ちゃんは、ツシマヤマネコを増やそうと、東京都、横浜市、富山市、名古屋市、京都市、福岡市、佐世保市などの動物園でツシマヤマネコの繁殖がなされていることは知っていた。でも、野生のツシマヤマネコがあまりにも少ないことに、びっくりすると同時に悲しくなった。亜紀ちゃんは、不安げな顔で質問した。「野生のツシマヤマネコを救済する方法はないんですか?とっても、かわいそう。人間が、飼うことはできないのかしら?」

 

 卑弥呼女王は、悲しそうな表情をして返事した。「どうも、手だてがないみたいなの。動物園で繁殖がなさせているみたいだけど、野生のツシマヤマネコは、あまり繁殖していないみたいなのよ。若いツシマヤマネコが減少し、ますます出産数も少なくなり、子猫の育ちも悪いみたい。エサも少なくなっているし、ツシマヤマネコにとっては、ますます、生活環境が悪化してるといっていました。ツシマヤマネコは、性格が野性的で、人間をとっても怖がるの。だから、おうちで飼うことができないみたい。人間と共生できれば、それが一番いいんだけど。とっても、残念」

 

 


 亜紀ちゃんは、泣き出しそうな表情で話し始めた。「それって、人間が悪いんじゃない。ツシマヤマネコが住みやすい環境を作ってやらないから、ツシマヤマネコが死んじゃうのよ。まったく、何やってんのよ。卑弥呼女王、どうにかしてください。お願いします」卑弥呼女王は、大きくうなずき返事した。「今、仲間と対策を練ってるところなの。九州から対馬にエサを運べないかと対策を練ってるの。必ず、救済して見せるから、亜紀ちゃん、心配しないで」亜紀ちゃんは、少し笑顔を作った。「ありがとう。亜紀にも手伝えることがあったら、何でも言って、頑張っちゃうから」一呼吸おいて卑弥呼女王は、顔を曇らせ話を続けた。「もっと絶滅に瀕しているのが、イリオモテヤマネコなのよ。動物園での繁殖はなされてないし、このままだと絶滅するのは、時間の問題。台湾近くの西表島は、猫にとっては遠すぎて、援助もできないし」

 

 スパイダーもシッポをフリフリ、エールを送った。「卑弥呼女王、頑張ってください。僕もお手伝いします。何でもお申し付けください。でも、問題なのは、人間だと思うな。島の開発だといって森林を伐採したり、無責任な観光客が野生のネコを車ではね殺したり、全く、人間は、自然を何だと思ってるんだ。ほら、身近に動物愛護精神のない鬼ババ~のようなのがいるじゃないか。ああいうのがいるから、ツシマヤマネコもイリオモテヤマネコも人間を怖がって、人間と一緒に暮らそうとしないんだ。そう、あの鬼ババ~、俺をじっと見つめ、食ったら旨そうだな~~、とか、あの忌々しい白いカラスは、いつか撃ち落としてやる、なんてことも、言ってた。まったく、極悪非道の鬼ババ~~だ」

 

 亜紀ちゃんは、鬼ババ~と聞いて、アンナが帰ってくるような不安が込み上げてきた。知らない黒猫が二匹もソファーにいたら、悲鳴を上げて追い出すように思えた。「卑弥呼女王、もしかすると、ママが帰ってくるかもしれない。ベランダから、帰ってください。うちのママは、結構、凶暴なんです」卑弥呼女王は、目を丸くしてソファーからピョンと跳び降りた。リボンも後に続いてピョンと跳び降りた。「ちょっと、長居してしまったわ。みんなとお話しできて、楽しかったわ」亜紀ちゃんが、ガラス戸を開けると卑弥呼女王とリボンは、ベランダにヒョイ、ヒョイと飛び降り、そそくさと小走りで消えた。その時、ガラガラと玄関の開く音がした。間一髪で間に合ったとホッとした亜紀ちゃんは、玄関にかけていった。


春日信彦
作家:春日信彦
ピンク
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