遺伝子分布論 22K

サトーの話7

 「ウケるw」
 ジェニーがまだ笑っていた。食堂で夕食である。
 
 そして、彼女も座っていた。
 キサラギ社製のジェニー型2004年モデルアン
 ドロイド、同じ制服を着ていたが、出荷時
 デフォルトらしい。シントウケイの練習相手
 だった。同じモデルだったが、地球で見たものと
 同じ機体ではない。
 
「相手が右手を差し出して来たら、こっちもこう
 やって右手を差し出すのよ」そう言ってまだ
 笑っている。一部始終を見ていたのだ。
 
 いつかぎゃふんと言わせてやる。
 
 とりあえず、名前がかぶっているので、アン
 ドロイドのほうをケイトリンと呼ぶことになった。
 もちろん軍用モデルを一般向けに偽装したタイプ
 だ。でないと練習相手にならない。
 
 さらにシントウケイの練習用に特殊な改造がされ
 ていて、胴内のセンサーによりシントウケイの
 入り具合を計測して結果を出してくれる。
 
 エンジニアに来てもらい、掲示板と連動させて
 カウントを出せるようにしてもらった。
 
 これで、双子とケイトリン相手の3対3の練習が
 始まった。アミのシントウケイの打数は早い。
 もう、打つというより触る、という感じの技の
 入り方でもカウントされる。いい時で5秒に
 一回ていど。
 
 おれは、まず胴をなかなか打たせてもらえない。
 打ててもなかなかカウントしてもらえない。
 センサー正しく動いているのこれ?
 
 そんなこんなで一年が過ぎ、いったん感じた不穏
 な気配も忘れ去って、つらいながらも平和な毎日
 が過ぎていくものと思っていた。
 
 その軍人が来るまでは。
 

サトーの話8

  トムと名乗ったその軍人はいかにもマジメな
 見た目と話し方だった。
 
「場所は第4エリア最外部の民間工場で、民間の
 シャトルで到着後、現地手配のシャトルに乗り
 換えます。」
「ターゲットは1028体ですが、ジェニー型1024体に
 加えて特殊型4体です」
「諜報部からの連絡では、当日6割前後が電子攻撃
 により動作不可となる予定です。これは、バグを
 埋め込んだプログラムをインストールされた
 状態で起動することで可能となりますが、
 詳細は割愛します」
 
「当日現地は銃器による武装はありません。従業員
 の出勤もなし。重力1Gで大気は通常です」
「ターゲット機体ですが、民間工場で調整後、軍事
 施設へ移される予定です。そのため、叩くなら
 今回ですね」
 
「参加される3名は我が国の特殊部隊所属という
 扱いになります。遺族の手当ても保証されます」
 今回は打ち合わせに妻も参加している。このトム
 の言葉に大きくうなずいた。
 
「3名は武器不所持の状態で突入します。
 ターゲット機体があるラボに到着後、10分程度
 かく乱したのち、シャトルで脱出します」
「現地警察および警備会社はすべて抑えました。
 そのため、もし応援が来るとしても、2~3時間
 は必要です。シャトル到着から脱出まで、最悪
 でも1時間以内で済ませる計画です」
 
 つまりこうだ、
 まだ特定されていないある国による要人暗殺の
 ためのアンドロイド部隊が作られようとして
 いると。今回はそれをできる限り妨害して時間
 稼ぎをすると。
 
 でも、どうやらこのトムという軍人は、任務に
 参加する3名を見て生還可能性が薄いと感じて
 いるらしい。 高額の生命保険をかけたうえ
 での自殺行為とでも思っているらしい。
 
 遺族補償の話が丁寧すぎる。
 
 ま、おそらく我々がシントウケイで本気で
 ターゲットをつぶしにいこうと思っていること
 など知らないのだろう。なんと言っても主力は
 この、あくびしながら聞いている金髪の女の子
 だからな。
 
「今回はキサラギ本社の協力も得ています。ええ、
 その民間工場はキサラギ直系ではないですよ」
「社外秘となっている機体の弱点も出してくれま
 した。胸部から腹部内奥に制御装置がありますが、
 ある周波数で振動を与えると、基盤の電源系の
 デバイスが破損する可能性があるとのこと、
 あたりどころが悪ければ停止する可能性が
 あるそうですね」
 
 そうだよ。そこをシントウケイで狙うんだよ。
 400体以上のジェニー型すべてのあたりどころ
 を狙うなど何年かかろうが、無理だ、しかもこの
 三人で、トムの顔がそう言っていた。
 
 妻という外堀が埋められている時点でこの
 話から逃げられそうになかったが、
 絶対生きて帰ってやる。
 
 そう、それにおれには、サキの仇をとるという
 テーマもあった。少女を残して逃げ出したおれ。
 
「今回はあたしも参加するよ」打ち合わせ途中で
 入ってきたのは化粧のけばいおばさん? えっと、
 エマ?
 いや、エマは最初からこの打ち合わせに参加して
 いる。それにひと回りごつい、誰?
 

サトーの話9

 「叔母さんひさしぶり」ジェニーが挨拶する。
「私の姉のナミカ・キムラよ」
 エマが紹介してくれた。
 
 なんでもふだんは第三エリアで軍事コンサル
 タントをやっているらしい。今回のように軍の
 プロジェクトチームに所属してミッションを
 こなすこともよくあるとか。
 
 それにしても露出の多い涼しげな、そして派手な
 ルックス。
「叔母さんは太陽系で最強なんだよ」
 ジェシカがささやいてくる。普段は軍事関係に
 見えないように工夫してるとか。
 
 第三エリアのほぼすべての国を担当している
 らしいが、このエリアの国はすべて軍事同盟で
 結ばれているので、どの国軍に所属しようが
 大差ないらしい。
 
「あなたたち二人のことはエマからよく聞いて
 いるよ」
 ドンとは旧知らしい。
 
「今回のミッションは、相手の意図を探り出すまで
 の時間稼ぎとして非常に重要よ」
「背後で第2エリアが動いていることが
 わかってるわ」
 
 驚きだった。第2エリアは一国一領土制の、一兆人
 を超える人口をかかえる超大国だ。
 今回明確な武力行使のかたちをとらないのは、
 背後にいる超大国を刺激したくない意図もある
 ようだ。
 
「暗殺仕様のアンドロイドを使って、小国の要人、
 とくに個人国家を狙っている。」
 
「その理由は何なんですか?」
 思わず質問してしまった。
 
「いい質問ね」
「今のところその理由はわかっていない。諜報部門
 を使って情報を集めているところだわ」
 
「でも、太陽系外縁部の状況が関係してるかもしれ
 ない、というのは個人的な読みね」
 
「今回のミッション成功により相手の意図していた
 ことが数年遅れることになる」
「キサラギ社の正規ルートを通さずに自分たちで
 修理することになるからね」
 
 外縁部と呼んでいるのは木星以遠の空域で、人類
 が進出してはいるがまだ未開の宙だった。
 火星以内が3兆人に対して、以遠は1,000億も
 いない。
 
「というわけで、ちょうど一か月後ね、準備
 ぬかりなく」
 

サトーの話10

  では種明かしをしよう。
 ターゲットとなる民間工場は標準的な工業
 ユニットで、第三エリアの近所にも同型が
 あった。
 
 そこを借りて、ジムのプロモーションビデオの
 撮影の風体で侵入経路から戦闘まで練習したのだ。
 
 実戦的練習をやりつつも当日に向け体重もしぼる。
 実はジムに来て以来、体重が10キロ増えた。
 しかし、体脂肪は半減した。
 
 もちろん体重別の試合に出るわけではないが、
 ベストな体重を決めて、そこにもっていく。
 2週間前から徐々に練習量を落とし、炭水化物
 中心の食事になっていった。
 
 正直、頼もしい味方に囲まれてけっこう気分的に
 楽だったが、やはり日が近づくにつれて
 プレッシャーが高まってきた。
 
 一週間切ったあたりで聞いてみた。
「いやー死ぬほど緊張してますね」
 と言いながらドンはにこにこしている。
 いつもより目がキラキラしてないか?
 
 アミはー、趣味仲間と遊びに行ったとか。
 
 聞く相手が間違っていた。よく考えたらこいつら
 常人じゃない。おれひとり場違いだったのか。
 
「いやーリングに一人で立つとものすごい緊張で」
「どんなアーティストでもステージでは緊張する
 ものよ」
 
 おれはリングにもステージにも立ったことがない。
 
 そして当日が来た。
 起きて、気づいた。体が重い。
 
Josui
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