遺伝子分布論 22K

サトーの話6

 「シントウケイ、ですか」
 
 何やらまた新しい練習が始まった。分厚い筋肉
 を「浸透」してその内部に衝撃を与える打撃
 方法らしい。
 
「効果あるんですか?」
 エマに聞く。それを教えるために本部まで来て
 いた。
「前にあなた入院するのしないのってなったよね、
 たしかジェニーとの練習で」
 
 思い出した。先月だったか、いつになくうまく
 技をしのげていたと思ったら、珍しく焦った
 のか、ジェニーが胴を拳でなく手のひらで
 打った。そして、そのあと動けなくなった。
 
 打った直後、腹部の苦しさにうずくまる瞬間、
 なぜかジェニーの顔が青くなっていたのを
 思い出す。
 
「シントウケイが入りかけたのよ」
 
「ジェニーが焦ってたでしょう?あれで臓器交換
 とかいう話になると、打ったほうが自腹って
 うちのルールだから」
 
「けっきょく検査で問題無かったけど、検査分は
 あの子払ってるよ、罰金罰金」
 
 うーむ、命にかかわる状況だったのか。
 医学が進化したとはいえ。
 
 それから、特製の水の入った革袋をひたすら
 打つ練習が追加された。水泳の練習も何気に
 増えた。シントウケイの威力を高めるために
 さらに水を意識せよ、だと。
 
 ちょっと気になったのは、記事には書いては
 いけないらしい。そして、のっぴきならない
 事態に巻き込まれはじめたのではと勘づいた
 のはその次に追加された練習だった。
 
 ドンさんとアミと、三人一組のチームになって、
 対多数の練習をするというのである。ドンさん
 はしばらく公式の試合を休止して、アミは
 トレーニングに参加する日を増やして。
 しばらくライブも演らないとか。
 
 アミがやっていた秘密の練習とは、シントウ
 ケイのことだったらしい。そしてすでに
 かなりの使い手になったらしい。
 
 それで、対多数用の練習相手が到着する前に、
 3人を2対一に分けて仮のスパーリングを
 やった。ん、意外と戦えるぞ、おれが一人の
 場合以外は。
 
 もちろんアミは人間相手にシントウケイを
 使ってはいけない。そしてドンさんはシントウ
 ケイを使えない。主に敵を引き付ける役まわり
 らしい。
 
 タッグの息もそれぞれ合ってきたところで3人
 の仲も良くなってきた。
 
「サトーさん、一度ライブ観にきます?」
「年下なんでドンと呼んでくださいよ、試合呼び
 ますよ」
 
「サトーさん、わたし、足でもシントウケイ打て
 るようになったんだよ」
 練習終わりのカームダウンの時間に、そう言っ
 て足の裏をそっとへそのあたりに持ってくる。
 
 光速の速さで半歩後ろに飛びのいて、背中に
 冷たい汗を感じながら、「お嬢ちゃん、大人を
 からかってはいけないよ」
 と言おうとしたそのとき、和気あいあいの
 雰囲気の中で、
 
 背後から声がした。
 
「こんにちわ」
 
 振り返って、そこに、あいつがいた。
 そして、そっと右手を差し出してくる。
「はじめまして」
 
 おれは、
 そっと腰を落とし、
 アゴを引いてかまえた。
 

サトーの話7

 「ウケるw」
 ジェニーがまだ笑っていた。食堂で夕食である。
 
 そして、彼女も座っていた。
 キサラギ社製のジェニー型2004年モデルアン
 ドロイド、同じ制服を着ていたが、出荷時
 デフォルトらしい。シントウケイの練習相手
 だった。同じモデルだったが、地球で見たものと
 同じ機体ではない。
 
「相手が右手を差し出して来たら、こっちもこう
 やって右手を差し出すのよ」そう言ってまだ
 笑っている。一部始終を見ていたのだ。
 
 いつかぎゃふんと言わせてやる。
 
 とりあえず、名前がかぶっているので、アン
 ドロイドのほうをケイトリンと呼ぶことになった。
 もちろん軍用モデルを一般向けに偽装したタイプ
 だ。でないと練習相手にならない。
 
 さらにシントウケイの練習用に特殊な改造がされ
 ていて、胴内のセンサーによりシントウケイの
 入り具合を計測して結果を出してくれる。
 
 エンジニアに来てもらい、掲示板と連動させて
 カウントを出せるようにしてもらった。
 
 これで、双子とケイトリン相手の3対3の練習が
 始まった。アミのシントウケイの打数は早い。
 もう、打つというより触る、という感じの技の
 入り方でもカウントされる。いい時で5秒に
 一回ていど。
 
 おれは、まず胴をなかなか打たせてもらえない。
 打ててもなかなかカウントしてもらえない。
 センサー正しく動いているのこれ?
 
 そんなこんなで一年が過ぎ、いったん感じた不穏
 な気配も忘れ去って、つらいながらも平和な毎日
 が過ぎていくものと思っていた。
 
 その軍人が来るまでは。
 

サトーの話8

  トムと名乗ったその軍人はいかにもマジメな
 見た目と話し方だった。
 
「場所は第4エリア最外部の民間工場で、民間の
 シャトルで到着後、現地手配のシャトルに乗り
 換えます。」
「ターゲットは1028体ですが、ジェニー型1024体に
 加えて特殊型4体です」
「諜報部からの連絡では、当日6割前後が電子攻撃
 により動作不可となる予定です。これは、バグを
 埋め込んだプログラムをインストールされた
 状態で起動することで可能となりますが、
 詳細は割愛します」
 
「当日現地は銃器による武装はありません。従業員
 の出勤もなし。重力1Gで大気は通常です」
「ターゲット機体ですが、民間工場で調整後、軍事
 施設へ移される予定です。そのため、叩くなら
 今回ですね」
 
「参加される3名は我が国の特殊部隊所属という
 扱いになります。遺族の手当ても保証されます」
 今回は打ち合わせに妻も参加している。このトム
 の言葉に大きくうなずいた。
 
「3名は武器不所持の状態で突入します。
 ターゲット機体があるラボに到着後、10分程度
 かく乱したのち、シャトルで脱出します」
「現地警察および警備会社はすべて抑えました。
 そのため、もし応援が来るとしても、2~3時間
 は必要です。シャトル到着から脱出まで、最悪
 でも1時間以内で済ませる計画です」
 
 つまりこうだ、
 まだ特定されていないある国による要人暗殺の
 ためのアンドロイド部隊が作られようとして
 いると。今回はそれをできる限り妨害して時間
 稼ぎをすると。
 
 でも、どうやらこのトムという軍人は、任務に
 参加する3名を見て生還可能性が薄いと感じて
 いるらしい。 高額の生命保険をかけたうえ
 での自殺行為とでも思っているらしい。
 
 遺族補償の話が丁寧すぎる。
 
 ま、おそらく我々がシントウケイで本気で
 ターゲットをつぶしにいこうと思っていること
 など知らないのだろう。なんと言っても主力は
 この、あくびしながら聞いている金髪の女の子
 だからな。
 
「今回はキサラギ本社の協力も得ています。ええ、
 その民間工場はキサラギ直系ではないですよ」
「社外秘となっている機体の弱点も出してくれま
 した。胸部から腹部内奥に制御装置がありますが、
 ある周波数で振動を与えると、基盤の電源系の
 デバイスが破損する可能性があるとのこと、
 あたりどころが悪ければ停止する可能性が
 あるそうですね」
 
 そうだよ。そこをシントウケイで狙うんだよ。
 400体以上のジェニー型すべてのあたりどころ
 を狙うなど何年かかろうが、無理だ、しかもこの
 三人で、トムの顔がそう言っていた。
 
 妻という外堀が埋められている時点でこの
 話から逃げられそうになかったが、
 絶対生きて帰ってやる。
 
 そう、それにおれには、サキの仇をとるという
 テーマもあった。少女を残して逃げ出したおれ。
 
「今回はあたしも参加するよ」打ち合わせ途中で
 入ってきたのは化粧のけばいおばさん? えっと、
 エマ?
 いや、エマは最初からこの打ち合わせに参加して
 いる。それにひと回りごつい、誰?
 

サトーの話9

 「叔母さんひさしぶり」ジェニーが挨拶する。
「私の姉のナミカ・キムラよ」
 エマが紹介してくれた。
 
 なんでもふだんは第三エリアで軍事コンサル
 タントをやっているらしい。今回のように軍の
 プロジェクトチームに所属してミッションを
 こなすこともよくあるとか。
 
 それにしても露出の多い涼しげな、そして派手な
 ルックス。
「叔母さんは太陽系で最強なんだよ」
 ジェシカがささやいてくる。普段は軍事関係に
 見えないように工夫してるとか。
 
 第三エリアのほぼすべての国を担当している
 らしいが、このエリアの国はすべて軍事同盟で
 結ばれているので、どの国軍に所属しようが
 大差ないらしい。
 
「あなたたち二人のことはエマからよく聞いて
 いるよ」
 ドンとは旧知らしい。
 
「今回のミッションは、相手の意図を探り出すまで
 の時間稼ぎとして非常に重要よ」
「背後で第2エリアが動いていることが
 わかってるわ」
 
 驚きだった。第2エリアは一国一領土制の、一兆人
 を超える人口をかかえる超大国だ。
 今回明確な武力行使のかたちをとらないのは、
 背後にいる超大国を刺激したくない意図もある
 ようだ。
 
「暗殺仕様のアンドロイドを使って、小国の要人、
 とくに個人国家を狙っている。」
 
「その理由は何なんですか?」
 思わず質問してしまった。
 
「いい質問ね」
「今のところその理由はわかっていない。諜報部門
 を使って情報を集めているところだわ」
 
「でも、太陽系外縁部の状況が関係してるかもしれ
 ない、というのは個人的な読みね」
 
「今回のミッション成功により相手の意図していた
 ことが数年遅れることになる」
「キサラギ社の正規ルートを通さずに自分たちで
 修理することになるからね」
 
 外縁部と呼んでいるのは木星以遠の空域で、人類
 が進出してはいるがまだ未開の宙だった。
 火星以内が3兆人に対して、以遠は1,000億も
 いない。
 
「というわけで、ちょうど一か月後ね、準備
 ぬかりなく」
 
Josui
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