遺伝子分布論 22K

サキの話2

 「やっぱり特殊仕様はないみたいね」
「私相手にノーマルで来るとかムリがある
 よね?」
 
 ほとんど口に出して言っていたが、次の瞬間、
 肩口にシャツを掴んできた相手の腕がバキっと
 大きな音を立てた。外見には何も変わったよう
 に見えないが、駆動系がイカレたのを察知した
 のか、制服はいったん距離をとる。
 
「これ以上の行為に対しては相応の報復措置を
 とります」
 
「よく言うよ」
 引き込んだのちに裏をとり、拘束帯を取り出し
 て生きているほうの腕もきめた。コネクタを
 見つけてデバイスを挿す。
 
「前に来たやつはコネクタも殺してたんだけど」
「私と戦ったあとに再利用できるとか思ってた
 んだ」
 
 今回襲ってきた軍事用アンドロイドはふだん
 から練習しているうちのひとつだった。武器の
 所持や隠し武器などがないのはあらかじめ走査
 してわかっていたが、自分の知らない技を使用
 するかどうかに数分見極めが必要だった。
 
 と言っても、かわす自信もあり、つまり念の
 ための見極めだ。武術の指導者からも慎重さが
 足りないとか言われないために。
 
 今回は機体の仕様を充分熟知しており、弱点も
 わかっていた。特に肩口からつかんで投げを狙
 って来た際に、腕にダメージを与えられる角度
 と強さは何度も練習していた。
 
 じゃあ強度をなぜ高めないのかとなるが、そう
 すると繊細な技が出せなくなる。だいたい武術
 の世界大会レベルの人間でも、そんな弱点を
 つける者は数人しかいなかった。
 
 可視区域内に民間人がいることも気づいてい
 たが、すでに照会できていたので特に気にしな
 かった。新聞社勤めまでわかっていたが、とく
 に記事にすることもないだろう。
 
 数分してハッキングに成功したので、この機体
 からは嘘の報告があがっているはずだ。
「ターゲットおよび目撃者の処理に成功。ただし、
 本機については移動不可能なダメージを負った
 ため、偽装記録を上書きしたうえで機能停止
 する」
 
 こういった場合、もちろん襲わせた側、依頼主
 が機体を回収したいものだが、サキが呼んだ
 警備会社が先に回収してこれまたありがちな
 報告を一般公開のサイトに上げた。
 
 しかし、一点気になる部分があった。通常この
 ような出来事があった場合、機体の出どころは
 テロ組織であったり、そのたぐいの小国から
 送り込まれた形跡が記録からわかるものである。
 
 今回は大国の名前があった。これを理由に、
 この後サキは公式の場から完全に消えさる。
 事故死ということで小さな記事にもなった。
 
「やり方が雑だよね」
 
 と思いつつも、ある大国がある意図をもって
 動き出していることは明確だった。公式な身分
 のまま正面から戦うと、ちょっと厳しい、
 というのは軍事コンサルとしての知識からも、
 生き物としての直感からも感じられること
 だった。
 

サトーの話2

  家に帰ってまず確認したのは、最近の女性の
 格闘家の画像や動画であった。そして、やはり
 いた、年齢や背格好がその少女にそっくりな
 選手。
 
 しかも車で2時間の場所にその子たちが所属
 するジムの支部があった。翌朝仕事に行くふり
 をしてそこを訪ねる。職場には身内に不幸が
 あったとして一時帰国とその準備のための
 休暇を願い出ていた。
 
 そして、会えた。本人たちではないが、
 トレーナーで母親のエマ・ハントである。本人
 たちはすでにプロ格闘家としてデビューして
 おり、そこにはいなかったが、ジェニーと
 ジェシカ、親のエマも現役当時そうとう強かっ
 たが、期待の双子だった。
 
 エマに入門希望と別に話がある旨を伝え、部屋
 に案内されてさっそくその話を切り出した。
 
「それはうちの娘たちじゃないね。最近は印象
 づくりもあって一人で行動することはほとんど
 ないし」
「あの二人地上はそんな好きじゃないみたいだし」
「でも思いあたる節もあるんだよ、下の子と話し
 てみる?」
 
 ジェレイドはその双子の弟で、彼ももうすぐ
 デビュー間近だった。
「それ、サキかもね」
 従妹がいるとのことだった。3人並べばだいぶ
 違うのがわかると。
 
 しかし、驚いたことに、その双子は女子選手
 なのにジェレイドより強い、いや、重量級の
 トップクラスでさえ倒してしまうかもしれ
 ないと。そしてさらに、サキはもっと強い
 らしい。
 
「小さいころから何度か練習したけど、一度も
 勝てなかった」
「あんた前に一度も触れなかったって言ってなか
 った?まあプロデビュー前にそんな話他人に
 できないか。」
「なんせ親があれだからねえ」と横からエマ。
 親も有名な人らしい。
 
 が、そのあとエマから出た話も驚愕、というか
 ある程度予想できた部分もあるが、他人から
 あらためて言われると膝の裏あたりにぞわぞわ
 と寒気を感じた。
 
「家族も含めて狙われると思ったほうがいい」
 もう少し出世していれば、脅迫して口止め、
 というかたちをとってくるところだが、今の
 位置だと消される、らしい。
 
「うちは警備会社もやってるでしょ、その手の
 話多いんだよ」
 
「うちの本部ジムに来ればいい。そう、家族で
 宇宙に移動。ちょうど仕事も募集してたから、
 新聞記者でしょ? ブログ書けるよねえ?」
 
 というわけで、妻をどう説得するか、そこだけ
 だった。
 

サトーの話3

  説得は呆気なく終了した。どうも前々から
 宇宙に出たいと思っていたらしい。
 
「どうしてもダメならお金持ちの知り合い作って
 子どもだけ連れて出てもよかったのよ」
 と妻はニッコリ笑った。
 
 ジムの建物内に住める家具付きの部屋が空いて
 るとのことで、荷物をまとめて持てないものは
 箱詰めして郵送し、そして家を出た。夜逃げ
 のごとく。
 
 そして行先は月の裏側にある第三エリアと呼ば
 れる宙域。
 
 一番近い海洋上にある宇宙エレベータで上がり、
 そこからシャトルを使って移動する。どちらも
 高速のものを選ばなければ発車時でもシート
 ベルトなしでくつろげる。
 
 いったん第一エリアでシャトルを乗り換え、
 第三エリアへ向かう。宇宙行き出張を一度でも
 やっておけばよかった。無重力帯の移動含めて
 不慣れなことこのうえない。しかし意外と旅は
 快適に過ごせた。
 
 第三エリアでシャトルを降り、そこでいったん
 ホテル泊した。そこで、ジムの所長のボブと
 会った。たまたま別件で出ており、翌日
 いっしょに移動することになった。
 
 ジムに着いて旅装を解いたあと、ボブから例の
 双子を紹介してもらった。確かに二人とも
 地球で見た少女よりもひと回り体が大きく、
 肌も褐色で強そうだった。似てはいるが。
 
 ついでに同じ日に入門することになった女の子
 も紹介された。アミという。金髪の14歳。
 なんでも音楽活動をやっていて、体づくりの
 ために入門するだとか。
 
 なんとなくごつい筋肉の男ばかりがいるところ
 を想像していたので、少し気が楽になった。
 あとで勘違いであることに気づくのだが。
 
 仕事はジムでのトレーニングの様子を記事に
 して発信すること。というわけで、1か月の
 基礎トレーニングのあとに、本格的な
 トレーニングが開始された。
 
 地獄の始まりだった。
 

サトーの話4

  入って一か月目からスパーリングを始めて、
 それでも2か月間ほどは、あの双子はかなり
 手加減してくれていたんだな、と後で思った。
 
 実は学生時代に球技をやっていて、けっこうな
 ところまで行ったんだ。運動神経には自信が
 あった。そりゃ30代でなまってた部分もある
 が、最初の1か月の地獄のような筋トレや
 走り込みで、かなり戻っていたはずだ。
 
 しかし、最初の一か月が天国だったのはすぐ
 判明した。とにかく立っていられない、
 ひたすらボコボコにされる。いや、一応こちら
 からも攻撃させてくれる。でもすべて、打とう
 が投げようが、すべてカウンターで返される。
 
 たまに部外者が合同練習にくるが、双子と
 けっこういい勝負をしていた。どれだけ強いん
 だとあとで聞いてみたが、外の人間にはあまり
 技を見せないらしい。とくに試合で当たる
 可能性のある人間には。
 
 たまにジェレイドも練習にくる。そりゃ
 もちろん最初のうちはボコボコにされてたが、
 日が経つにつれ、ジェレイドとはそこそこ
 やりあえるようになっていた。いや、もちろん
 負けるのだが、耐えられる時間が少しづつ
 延びてくる。
 
 とはいえ双子には相変わらずやられっぱなし
 だった。こちらの実力が伸びるのにあわせて
 段階的に手加減をなくしていっているように
 見える。むしろ、こっちが弱くなったのかと
 感じるときさえある。
 
  妹のジェシカは優しい。
 いつもスパーリング後のアドバイスがてら
 フォローしてくれる。
「あなたはセンスが良くてリズムがあるから
 技にかかるのよ」
「センスのないひとと練習すると強い選手でも
 調子が落ちるから」
 
 プロなのにおれみたいなのと練習してていい
 のか聞いてみた。
「たまに格下と練習して、勝つイメージを作る
 のも重要なのよ」
 
 うーむ。
 
  妻は元々料理が得意だったので、ジムの
 料理班に入ってはりきっていた。格闘家の体を
 作るための料理はいろいろと制約が多くなって
 くるが、そこがかえって面白いらしい。
 
 記事も開始して1か月も経たないうちに人気が
 出てきた。それは、ジェニーとジェシカが人気
 があり、彼女らとの練習を記事にしていること
 もあるが、とにかくこのジムはいろんなところ
 にいっていろんな練習をする。
 
 打撃系か、投げ技か、というレベルではない。
 とにかくあらゆる格闘技の練習をする。それも、
 最新理論に基づいたかと思えば、ものすごく
 古風な練習法もやる。
 
 そして料理も、練習メニューをあるていど考慮
 したものになっているらしい。つまり、ジムに
 入門どうこうというよりも、単純に健康法的な
 面で人気が出た。
 
 もちろん、私が毎日ヘロヘロになっていること
 は書かない。
 
Josui
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