その人は、私の大恩人です。ボロボロになっていた私を立ち直らせてくれました。しかし、先生の言葉はいつも厳しく、心に突き刺さり、私が好きであればあるほど、毎日が楽しくなくなってきました。先生に、数えきれないほど泣かされました。私が折れると、先生は傷ついた私にいつもにっこり笑ってくれます。でも、傷つくことにもう疲れてしまいました。
正しい、そして、厳しいことは、人に対する優しさなどではない、という答えがもう私の中で出てしまいました。
でも、私は先生にしてもらったことが忘れられず、昨日は泣いた。先生への気持ちを完全に消すと決めたときに。
助けてくれた人を、心から消すことが、これほど辛いとは思いませんでした。先生は、これからも、正しさと厳しさでたくさんの人を導いていくのでしょう。しかし、私は、もっと深い人間でいたい。
人の過ちに、厳しさで立ち向かう人になど、なりたくない。
きっと、先生は正しい。でも、正しすぎて私の心からはみ出したのです。
本当の正しさは、優しさであふれています。厳しさではありません。厳しく人を怒るときは、その人への、憎しみが少しははいっているのです。いじめてやりたいと。
私がどれだけ泣いたか知っていますか。傷ついた私に厳しい言葉を浴びせて、放置した先生、さようならです。人は、間違います。しかし、間違ったとき、人は必ず傷ついているのです。その人に、優しい言葉をかけて癒し、導く先生でいてほしかった。
先生、さようなら。もう、愛せません。せっかく助けてくれた、傷つけられて泣いている私に、笑いかけてくれた。でも、先生は、正しければ人を泣かせてもいいと思っているのです。
先生、確かに、立場は先生の方が上かもしれない。でも、私は負けない、もう先生に泣かされない。先生に心をもう見せない。
私は、この文章で、先生の、今まで絶対的と思っていた正しさに勝ちます。人は、間違ってもいいのです。決定的な間違いをおかさなければ。
そして、先生を好きだった気持ちに終止符を打って、先生より前に進みます。