今回は、前から話したかったKeystoneの名前について話したいと思います。
その件については過去の記事に書いてあります。
まずは、そこから話を始めたいと思います。
以下引用
■2012/08/15
「keystoneの名前に関する深い意味」
実は、つい最近、ある方に直接アンビリバボーのことを話しました。
僕はKeystoneと言うネーミングだけしか知らせていなかったので、「Keystoneってどういう意味ですか?」と、聞かれてしまいました。
読んでくれたらその意味も書いてあるので、「ああ、沖縄と言う意味でもあるよ」とだけ言いました。
また、その数日前に、ジーザスの動画を見つけました。
今まで見たイエス様の動画とは違う感じの内容でとても良い映画でした。
イエス様の人間性が前面に出ていてとても良かったです。
そして、ある場面で衝撃を受けました。
聖書に書かれていないシーンがとても感動して興味がありました。
なぜなら、そのシーンが僕のアンビリバボーやコミュのプロフィール画像と同じだし、実は「Keystone」を象徴するシーンだったからです。
それで、今、改めて「Keystone」について調べてみました。
そしたら感動して涙が出てしまいました。
詳しくは、また今度紹介しますが、とりあえず、動画を案内します。
イエス様が十字架で死んだすぐ後に、地震が起こります。
そしたら石で詰まれた建物が何かの力で上から崩れていきます。
でも、その力がアーチ型の上の石の上で止まりました。
実は、それが「Keystone」です。
Keystone=要石 です。
★Jesus the Movie
http://youtu.be/4WOw7Gjw2zM
調べてみてわかりましたが、とても重要な意味があります。
これはキリストのみからだに関することです。
つまり、栄光の教会に関わる事です。
リバイバルを超えています。
驚きました。
Keystone=要石
に関するメッセージをアンビリバボーで書けたらと願っています。
Keystoneより
続く
以上ですが、今日はその続きを書きたいと思います。
49話を書き始めたのは、■2012/08/15からです。
今から約2ヶ月前ですね。
実はその時、僕は沖縄県の中部にいました。
しかし、体調を悪くしてしまったので、環境を変えて休息しながら体調を整えようと思い、以前いた那覇市新都心に行きました。
そして、そこで龍麻君やTさんと出会いました。
僕はその直前に幾つかの事を示されていました。
1つ目は、「僕の周りに仲間を集める」と言う事。
2つ目は、「Keystoneの名前の意味について」です。
普通は知らない人に声なんてかけませんが、強く示されたので龍麻君に声をかけた結果、神の使者Tさんに会えました。
Tさんが龍麻君に声をかけたのも聖霊様の導きでした。
僕らは聖霊様によって会わされました。
僕がTさんと会ってしばらくしてからのことです。
突然、メモを渡されました。
かなり驚きの内容でした。
彼が沖縄に来た大きな理由がいくつかあります。
1回目に来た時は、「なかまなおみ」さんと言う女性に出会うことでした。
(※Tさんは、僕にこの女性とあって欲しいと言う事でしたが、実はその人のことは1年前から示されていて、その為に今まで動いていました。)
2回目に来た時には、
1つ目は、「金の扉を見た人に出会うこと。」
(※龍麻君のお客さんでした。)
2つ目は、「キリストの弟子に会い、メッセージを渡すこと。」
(※僕のことをTさんが見破りました。それでアンビリバボーも読んで頂き、証も書いてもらいました。)
3つ目は、「キリストの弟子が見つけるkeyの人間に出会うこと。」
(※僕は何も知らないまま、このkeyの人間のことを探っていましたが2012/10/16までにkeyの人がはっきり分かってしまいました。それなら一匹の羊は光の子だと思います。)
それで、僕はTさんからメモを渡されてそれを読みました。
その内容を見てびっくりしました。
なぜなら、僕がこれからやろうとしていることが書かれていたからです。
そのメモには「Keystone」を意味する者が何をするのかが書かれていました。
封印されている内容ですから、詳しくは明かせませんが、アンビリバボーに全部書いてあります。
なので、僕はすぐに意味が分かりました。
それほど、「Keystone」と言う名前には大きな意味が隠されていました。
それを、Tさんと出会ったときの1~2週間前に示されていました。
そのことを、今から明かしたいと思います。
しかし、その前に、僕がなぜ「Keystone」と名乗っているのかを説明したいと思います。
その事が、過去の記事にに書かれていますので、その部分を引用します。
これは1年前の話です。
以下引用
しかし、つい最近仕事をしていると、聖霊様から声がかかりました。
「Keystone・・・」
僕は驚きました。
なぜなら、僕の本名ではなく、「Keystone」と呼んだからです。
僕はすぐにその意味が理解できました。
つまり、「今から主の為に動きなさい!主の為に働きなさい!」と言うメッセージだと分ったからです。
ちなみに、このKeystoneと言うネーミングに関してなのですが、実は今から5年以上前にインターネットで仕事をするようになったときに、聖霊様が言いました。
「あなたは自分の名前を名乗らないで、ニックネームをKeystoneと言うことにしなさい。」
「Keystone」と言うのは、直訳すると「要石」と言う意味です。
更に、沖縄の別名でもこの名前が使われています。
僕は、どういう意味があるのだろうかと考えてみましたが、その時に幻が見えました。
それは、ペテロがイエス様に対して信仰告白をするシーンでした。
マタイによる福音書16章13節~20節
イエスがピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、弟子たちに尋ねて言われた、「人々は人の子をだれと言っているか」。
彼らは言った、「ある人々はバプテスマのヨハネだと言っています。しかし、ほかの人たちは、エリヤだと言い、また、エレミヤあるいは預言者のひとりだ、と言っている者もあります」。
そこでイエスは彼らに言われた、「それでは、あなたがたはわたしをだれと言うか」。
シモン・ペテロが答えて言った、「あなたこそ、生ける神の子キリストです」。
すると、イエスは彼にむかって言われた、「バルヨナ・シモン、あなたはさいわいである。あなたにこの事をあらわしたのは、血肉ではなく、天にいますわたしの父である。
そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。
わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」。
そのとき、イエスは、自分がキリストであることをだれにも言ってはいけないと、弟子たちを戒められた。
以上ですが、僕のKeystoneと言う名前と、このペテロの信仰告白のシーンと一体、何の関係があるのかを考えて、僕はこの聖書箇所を何度も読み返しましたが、凄いことに気がつきました。
ここで大事なことは、ペテロが自分の考えなどではなく、天の父の啓示により、信仰告白をしたところです。
更に、重要なのは、その言葉に対してイエス様が言っている事です。
「そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。そして、わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てよう。黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。
わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」
イエス様は物凄いことを語っていますね?
ペテロが啓示により信仰告白をすると、それに応答してみことばを語りました。
「そこで、わたしもあなたに言う。あなたはペテロである。」
「ペテロ」の本名は「シモン」でした、直訳すると、「葦(あし)」と言う意味です。
「葦(あし)」とは、背の高いイネ科の草の一種のことで、ペテロの性格をよく表しています。
つまり、風に吹かれると、あっちに傾いたりこっちに傾いたりでいつも、環境に振り回されて不信仰な状態をイメージさせています。
そのことが、実際に起きてしまいました。
マタイによる福音書14章25節~33節
イエスは夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて彼らの方へ行かれた。
弟子たちは、イエスが海の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと言っておじ惑い、恐怖のあまり叫び声をあげた。
しかし、イエスはすぐに彼らに声をかけて、「しっかりするのだ、わたしである。恐れることはない」と言われた。
するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。では、わたしに命じて、水の上を渡ってみもとに行かせてください」。
イエスは、「おいでなさい」と言われたので、ペテロは舟からおり、水の上を歩いてイエスのところへ行った。
しかし、風を見て恐ろしくなり、そしておぼれかけたので、彼は叫んで、「主よ、お助けください」と言った。
イエスはすぐに手を伸ばし、彼をつかまえて言われた、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」。
ふたりが舟に乗り込むと、風はやんでしまった。
舟の中にいた者たちはイエスを拝して、「ほんとうに、あなたは神の子です」と言った。
これがペテロの本来の性質でした。
しかし、天の父の啓示により信仰告白をした瞬間、何かが変わりました。
これまでのシモン、つまり風に吹かれて揺らぐあしのようではなく、イエス様が彼のことを「あなたはペテロである。」と言いました。
ペテロの意味は、「岩」です。
イエス様は、信仰告白をした「ペテロ」、つまり「岩」の上に教会を建てると宣言しました。
そしてその教会は、「黄泉の力もそれに打ち勝つことはない。」ほどの力を持っています。
更にペテロに対して言いました。
「わたしは、あなたに天国のかぎを授けよう。」
つまり、ペテロだけではなく教会に対しての宣言です。
教会には天国の扉を開く鍵が与えられているということですね。
更に、イエス様はこう言いました。
「そして、あなたが地上でつなぐことは、天でもつながれ、あなたが地上で解くことは天でも解かれるであろう」
これは凄い言葉ですね。
なんと、教会が地上でつなぐことは天でもつながれ、地上で解くことは天でも解かれる。
と言っています。
これはどういう意味でしょう?
つまり、イエス様の権威を用いて教会が地上でみこころを執行すると言う意味です。
ほんとに凄いことですね。
僕はこの聖書箇所を読みながら感動していましたが、僕のKeystoneと言う名前と何の関係があるのかな?と考えてみました。
そしてもう一度、聖書箇所をよく読んでみると、何と、僕の名前が隠されていました。
まず、「キーストン」を英語に直すと「Keystone」と言うことになりますが、「key」と言う意味に関連する言葉を捜してみました。
そうすると、「天国の鍵」の「鍵」が英語で訳すと「key」であることに気がつきました。
次は、Keystoneの「stone」の部分を探してみました。
「stone」とは直訳すると「石」と言う意味です。
僕は「石」に関係する言葉を捜しました。そして発見しました。
ペテロの名前は「岩」と言う意味があります。
「岩」を英語に訳すと、「Rock」になりますが、「岩」をイメージしてみるとそれが石であることが浮かびました。
ですから、「stone」とは「石」のことで、その塊が「岩」と言うことになります。
つまりそれは、ペテロの名前のことを意味しています。
更に言うと、教会の事を指しています。
教会は信仰告白の上になりたっていて、それには「黄泉の力」つまり、「死」でさえも打ち勝つことは出来ないと言う意味です。
更に、天国の鍵を授けて、天と地上を結ぶ権威も与えられています。
「Keystone」の名前にはこんな深い意味があったのですね。
僕自身が驚いてしまいました。
ですから、聖霊様に「Keystone」と声をかけられたときに、その意味がよく理解できました。
以上ですが、実は2ヶ月前にもっと凄い事が分かりました。
マックでバイトしている女の子に名前を「Keystone」と名乗っていたのですが、「Keystoneってどういう意味ですか?」と、聞かれました。
僕は、間単に「沖縄の意味だよ。」と言いましたが、ちゃんと調べようと思い、それを調べてみたら、驚きました。
まず、「Keystone」を日本語に直すと「要石」となります。
聖書には、この要石のことがちゃんと説明されています。
しかし、僕はそのことを知ったのは、2ヶ月前です。
それはなぜかと言うと、僕はほとんど口語訳聖書しか読まないからです。
つまり、訳し方によって同じ言葉を意味してても表現の仕方が変わります。
では、まずは口語訳聖書でその場所をご案内します。
★エペソ人への手紙
「2:20またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である。
2:21このキリストにあって、建物全体が組み合わされ、主にある聖なる宮に成長し、
2:22そしてあなたがたも、主にあって共に建てられて、霊なる神のすまいとなるのである」
続いて新共同訳です。
★エフェソの信徒への手紙 / 2章 20節~21節
「使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。
」
言いたい事が分かるでしょうか?
ここで、「霊なる神のすまい」、「聖なる神殿」とは、つまり教会や聖霊を宿すクリスチャンを指しています。
そして、教会やクリスチャン自身を建てあげていくのが「キリスト・イエス御自身」だと語っています。
ですから、ここではイエス様の事を
口語訳では、「隅のかしら石」と訳されているのですが、新共同訳では、「かなめ石」と訳されています。
「かなめ石」とは「要石」、つまり「Keystone」を意味します。
「キリスト・イエス御自身」が「Keystone」と言うことになるのですが、実はそれはキリストの弟子を意味することでもあります。
そのことが、神の使者Tさんのメモに書かれていました。
イエス様は天の父から聞いたことだけを語ったと言いましたが、それと全く同じように、キリストの弟子もイエス様の霊である聖霊様が語ることだけを言います。
なんと、その事が、Tさんが渡したメモに書いてありました。
僕はその封印されたメモを大事に保管しています。
これが「Keystone」の名前の意味でした!
keystoneの意味は僕のプロフィール画像を見たら分かります。
その画像にある石、Keystone=要石の説明をすると、イエス様がいたその当時の建築の場合、建物の四隅になる部分に「隅のかしら石」と呼ばれる石を置きます。
更に、その上に「礎石」と言う土台になる礎を置きます。
そして、その上に大理石などの石を積み上げていくのですが、上のほうはアーチ型になりますので、その部分には「輪石(アーチストーン、リングストーン)」と言う石を湾曲を描くように少しづつずらしながらアーチ型に積み重ねていきます。
両サイドから積み上げた石が最後につながる部分に「要石」を埋め込みます。
そうする事よって2つの石柱が組み合わされて一つになります。
この要石が2つの石柱を支えることによって、建物全体が一つになり完璧な建物となります。
これが「要石=Keystone」の役割です。
つまり、エペソ書を読めば分かりますが、イエス様はその2つの石柱を一つにする為に要石=Keystoneとなりました。
そして、キリストの弟子であるKeystoneも全く同じ方法で教会を一つにします。
もちろん、聖霊様の導きと力により行われます。
実は、そのことが1年前に書いた過去記事にすでに説明されています。
以下をお読み下さい。
以下引用
教会を離れている兄弟姉妹を探して訪ねて愛餐会にお誘いします。
そして、そこで聖餐式を行います。
そうすると、これがエゼキエル34書の応答になり、神様の栄光が現れて教会が回復して癒されてキリストのからだが建てあげられていきます。
僕は、そのことを知らせるために今この証を書いていますし、これから教会を更に訪ねていきます。
果たして、放蕩息子が父親に受け入れられたように僕のことも受け入れてくれるでしょうか?
それは、動いてみなければ分かりません。
ただ、言える事は、僕にとってはかなりの十字架です。
教会と教会はキリストのからだになります。
そしてひとりひとりはイエス様の細胞だとも言えます。
それなら、前にもお話しましたが、細胞と細胞をつなげる接着分子のことを「ラミニン」と言います。
その分子構造はなんと十字架の形をしています。
ですからそれと全く同じです。
教会が癒され和解し、ひとつになるには十字架が必要です。
今回の働きは僕にとってかなりの十字架です。
人間的にはやりたくありません。
しかし、キリストのからだが癒され建てあげるのを見るのが僕の一番の願いです。
その為にはこの方法しかありませんでした。
聖霊様の啓示なので仕方がありません。
以上ですが、更に2箇所ほどに書いてある内容をご案内させて頂きます。
以下引用
僕は聖霊様に祈りました。
「僕は、これから被災地で必要を求めている人々のために働きに行くつもりですが、どうかその前に沖縄の教会が和解して一致している姿を見せて下さい。どうかキリストのからだが癒され建て上げられていく姿を見せて下さい。また、キリストの花嫁である栄光の教会を見せて下さい。それを見ることが出来れば僕は満足です。喜んでどこにでも行きます。」
(※この祈りを1年前に祈りました。実はこれこそ要石の役目でした。
僕はそのことを知らないままそう祈りました。
それを知ったのは2ヶ月前です。更に深く知ったのは昨日です。
更に、このことが神の使者Tさんのミッションや呪いの子と関っている事が啓示のみことばによってはっきりわかりました。)
更に、以下も引用
エペソ人への手紙2章14節~16節
「キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、
数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。
それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、
十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。 」
(※これは1年前に先程の祈りをした後に、7年ぶりに献身していた教会の牧師先生と会いました。そして、このみ言葉と啓示がお互いに全く一つであることが分かりました。)
以上ですが、この「ひとりの新しい人」が、実は教会の癒しやキリストのからだの建て上げに大きく関与しています。
また、これは、先程説明した要石の事を言っています。
つまり、要石は二つの石柱を一つにして建物を完成させます。
ここでは、ユダヤ人と異邦人を一つにして、天の父と和解させると言っていますが、それは、そのまま、要石の役目の事を意味しています。
ですから、イエス様の事を要石だと言っています。
聖書様が、僕にKeystoneと名乗りなさいと言ったのは、イエス様と同じ事をして欲しいからです。
要石の働きをする事により、和解が起こります。
そして、聖なる宮として建てあげられていきます。
実は、それが、新しい1人の人であり、栄光の教会、キリストの花嫁となります。
ですから、僕は、一年前に栄光の教会、キリストの花嫁を見せて下さいと祈りました。
僕が、そう祈ると、イエス様が一匹の羊を肩に担いでいる画像が見えました。
そして、聖霊様に「一匹の羊の為に命を捨てなさい」と言われました。
僕がそれに同意してそれを行うと、キリストの弟子としての働きが始まると預言してくれました。
それで7つの教会を巡って神様からの啓示を告げるために7週の断食を行いました。
サタンの邪魔が激しくて、1年経ってもまだ終えてはいませんが、今月で終えたいと願っています。
実は、この記事を書いている間に「要石=Keystone」に関する多くの啓示や預言を頂きました。
まさに、アンビリバボーです。
前回、立て続けに神の使者Tさんの3つの証と、7つの教会について2つの証を緊急に書き上げたのは大きな理由があるからです。
物凄い霊的な邪魔が入っていました。
しかし、このことは僕にもTさん側にもすでに預言が入っていました。
その真っ只中にいる時の事です。
突然、MIXIにメッセージが入りました。
全然、活動もしていなかったし、意外でしたが、メッセージ内容を見て感じるものがありました。
それをTさんに話すと、もしかしたらこの事に関係があるかもしれないと言いました。
僕は、その方にメッセージを送って、事情を説明してアンビリバボーの記事も読んで頂きました。
そして、そのことに関する情報があれば、ぜひお知らせ下さいとメッセージしました。
すると、あることを紹介してくれました。
それは、旧約聖書に関わる方々が行っていることだと教えてくれました。
僕は、それを聞いて、よく調べてみます。と、返事してそのことを一生懸命調べました。
その事に関連するサイトと、動画を発見しました。
僕はその動画を観て引き込まれてしまいました。
それに関連することを色々調べてみて、僕はあることが幾つか分かりました。
そして、そのことをTさんにも知らせようと思い、まずは動画を観せました。
しかし、あまり興味を感じてくれませんでした。
その為に僕はそれ以上何も言えませんでした。
しかし、その翌日に不思議な体験をしました。
その事を情報提供者にメールで知らせましたので、そのまま引用します。
以下引用
実は今日、不思議なことがありました。
ipod touchをポケットに入れて歩いていたら突然音楽が聞こえてきました。
それで、どこから聞こえてくるのだろうかと耳を澄ましたら、それはイヤホンから聞こえてきました。
それで、おかしいなと思い、待ち受け画面をみてみたらロックが解除されててyoutube動画が流れていました。
それは以下の動画です。
http://youtube★★★★(※今はまだ明かせません。)
待ち受け画面がロックされていたはずだし、更に動画も保存していないし、昨日は「★・★・★」のサイトをお気に入りに入れてはありましたが、もしその動画を観ようと思ったら、待ち受け画面のロックを解除してインターネットを開いて、お気に入りから「★・★・★」のサイトを選んで、更にスクロールしてその貼り付けてある動画画面の真ん中あたりにタップしなければいけません。
それなのに、ポケットに入れて歩いているだけで、その動画が流れていました。
あまりにあり得ないことなので驚いてしまいましたが、やはり何か意味があるんだろうなあと思いました。
以上ですが、ほんとにそんなことがありました。
ですから僕はもう一度しっかり調べました。
そうすると、更にいろんな興味深いことがわかり、更に「要石~Keystone」に関することも幾つか深く知ることが出来ました。
調べた結果の結論は、旧約聖書と神道の関係でした。
それに関することは既に啓示が与えられていましたので、全く違和感はありませんでした。
詳しくは以下に書かれています。
★イスラエル10支族:鳥居と過越祭
http://youtu.be/oNpMScU4mC4
そして、僕の結論はある場所に関してでした。
しかし、Tさんには言えませんでした。
なぜなら動画を観せてもあまり良い反応が無かったからです。
しかし、僕が「要石=Keystoone」のことについて分かった事を彼に告げました。
それは幾つかの聖書箇所から示された内容でした。
エペソ人への手紙
2:11だから、記憶しておきなさい。あなたがたは以前には、肉によれば異邦人であって、手で行った肉の割礼ある者と称せられる人々からは、無割礼の者と呼ばれており、
2:12またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。
2:13ところが、あなたがたは、このように以前は遠く離れていたが、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近いものとなったのである。
2:14キリストはわたしたちの平和であって、二つのものを一つにし、敵意という隔ての中垣を取り除き、ご自分の肉によって、
2:15数々の規定から成っている戒めの律法を廃棄したのである。
それは、彼にあって、二つのものをひとりの新しい人に造りかえて平和をきたらせ、
2:16十字架によって、二つのものを一つのからだとして神と和解させ、敵意を十字架にかけて滅ぼしてしまったのである。
2:17それから彼は、こられた上で、遠く離れているあなたがたに平和を宣べ伝え、また近くにいる者たちにも平和を宣べ伝えられたのである。
2:18というのは、彼によって、わたしたち両方の者が一つの御霊の中にあって、父のみもとに近づくことができるからである。
2:19そこであなたがたは、もはや異国人でも宿り人でもなく、聖徒たちと同じ国籍の者であり、神の家族なのである。
2:20またあなたがたは、使徒たちや預言者たちという土台の上に建てられたものであって、キリスト・イエスご自身が隅のかしら石である。
2:21このキリストにあって、建物全体が組み合わされ、主にある聖なる宮に成長し、
2:22そしてあなたがたも、主にあって共に建てられて、霊なる神のすまいとなるのである。
以上ですが、僕はこの聖書箇所を通してTさんに「要石=Keystone」の事で示されたことを説明しました。
まず、「隅のかしら石」についての説明です。
家を建てるときには、まず四隅に「隅のかしら石」を置きました。
そして、その上に礎石となる礎を土台として敷きます。
その上に、石をどんどん積み上げていきます。
そして最後の石柱が合わさるアーチ型の上に部分に「要石」を置きます。
口語訳では、「かしら石」となっていますが、新共同訳では「かなめ石」と訳されています。
これはどちらも当たっています。
その説明をTさんにしました。
実は、「隅のかしら石」が結果的に「かなめ石」になりました。
そのことが聖書で説明されています。
ペテロの第一の手紙
2:4主は、人には捨てられたが、神にとっては選ばれた尊い生ける石である。
2:5この主のみもとにきて、あなたがたも、それぞれ生ける石となって、霊の家に築き上げられ、聖なる祭司となって、イエス・キリストにより、神によろこばれる霊のいけにえを、ささげなさい。
2:6聖書にこう書いてある、
「見よ、わたしはシオンに、
選ばれた尊い石、隅のかしら石を置く。
それにより頼む者は、
決して、失望に終ることがない」。
2:7この石は、より頼んでいるあなたがたには尊いものであるが、不信仰な人々には「家造りらの捨てた石で、隅のかしら石となったもの」、
2:8また「つまずきの石、妨げの岩」である。しかし、彼らがつまずくのは、御言に従わないからであって、彼らは、実は、そうなるように定められていたのである。
この聖書箇所を新共同訳で訳してみます。
この主のもとに来なさい。主は、人々からは見捨てられたのですが、神にとっては選ばれた、尊い、生きた石なのです。
あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい。
聖書にこう書いてあるからです。「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、/シオンに置く。これを信じる者は、決して失望することはない。」
従って、この石は、信じているあなたがたには掛けがえのないものですが、信じない者たちにとっては、/「家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった」のであり、
また、/「つまずきの石、/妨げの岩」なのです。彼らは御言葉を信じないのでつまずくのですが、実は、そうなるように以前から定められているのです。
以上ですが、やはり、かしら石がかなめ石となっています。
しかし、イエス様が、その答えをちゃんと語ってくれています。
ルカによる福音書
20:17そこで、イエスは彼らを見つめて言われた、「それでは、
『家造りらの捨てた石が
隅のかしら石になった』
と書いてあるのは、どういうことか。 20:18すべてその石の上に落ちる者は打ち砕かれ、それがだれかの上に落ちかかるなら、その人はこなみじんにされるであろう」。
イエス様もそうですが、僕もそうです。
家づくりの捨てた隅のかしら石が、要石になったと言うわけです。
つまり、イエス様の場合は、ユダヤ人から捨てられましたが、イエス様が要石となって新しい教会が生まれました。
それと同じように、現代の要石はその教会から捨てられます。
その結果、栄光の教会が誕生します。
イエス様は、律法学者や祭司長らから捨てられました。
またユダヤ人から捨てられました。
その結果、救いは異邦人に対しても開かれました。
イエス様は確かに要石なのですが、イスラエルに対してはつまずきの石となってしまいました。
実は、この世の終わりに際して全く同じことが起こります。
教会は「要石=Keystone」を捨てました。
そしてつまずきの石となります。
その証拠に僕のことをとりなししてくれてるという預言者の方々は世界中に100名近くいるそうですが、誰一人教会に行けないそうです。
その方々が、毎日、神の使者Tさんに預言のメッセージを与えてくれています。
それで僕やN先生、更に、金の扉を見たカミンチュ、そして僕が探し出すというkeyとなる人物に関する預言が与えられて神の使者Tさんは沖縄に来ました。
これから、僕のような「要石」の方々が集められます。
そう言う方々はサタンの妨害に会っています。
病や迫害が激しく、教会からも家族からもひどい仕打ちを受ける場合が多いです。
また、賜物のせいでキチガイ扱いされ、理解されずに苦しみます。
最悪な場合は、精神病院に無理やり入院させられたり、虐待を受けたりもします。
とにかく、サタンは攻撃を与えて苦しめ殺そうとします。
なぜなら、そう言う方々が要石になるとサタンは知っているからです。
ですから、現代の要石となる方々はイエス様と同じ目に遭います。
しかし、その方々が栄光の教会を作ります。
そして、イスラエルと栄光の教会を一つにします。
また、この世と神を和解させてくれます。
その預言が聖書にはちゃんと書かれています。
少し長くなりましたが、僕が色々示されたことを話し終わると、Tさんが言いました。
「今日、夕方、預言が入ったので、ある教会へ行きました。
そしてそこでみ言葉を語っていました。
どこだと思いますか?」
僕は。「さあ、それは分からないです。」
と答えました。
すると、Tさんは「詩篇122編22節と23節」と言いました。
それで僕が聖書を確認してみると、驚いてしまいました。
詩篇
「118:22家造りらの捨てた石は
隅のかしら石となった。
118:23これは主のなされた事で
われらの目には驚くべき事である。」
つまり、「要石=Keystone」に関することでした。
更に、いつもは朝に預言や指令のメールが来るのですが、その日は夕方にメールが来ていて、「聖書を読みなさい。要石、礎を敷きなさい。」と言う指令だったので、教会に行ったらTさんの為にわざわざ聖書の交わりをすることになり、牧師先生が、示された聖書箇所として、詩篇のその場所を読まれたそうです。
牧師先生が、「隅のかしら石、要石は重要なので今日は要石のために祈りましょう。」
と言って、要石のことを祈ってくれたそうです。
僕は、それを聞いてほんとに驚きました。
しかし、「要石=Keystone」については更にどんどん聖書から示されました。
さて、その次の日のことです。
僕は、ほんとはあの動画に関することでTさんに知らせたいことがたくさんありました。
すると、Tさんが突然僕にこう言いました。
「keyさん。実は、啓示があって、淡路島にいくことになりそう。なぜなら、淡路島に世界中から人を集めると言われたから・・・」
僕は、その言葉を聞いてTさんに言いました。
「確かにそうです。
これから世界中の人が淡路島に集まります。
そして、イスラエルの人も集まります。
更に、淡路島が世界の中心になるかもしれません。
実は、僕が昨日から言いたかったことは淡路島のことです。
動画の件でいろいろ調べたみた結果、キーポイントは淡路島であると言うことが分かりました。
それをこれから詳しく説明します。」
と言って、僕は淡路島について詳しく説明しました。
大きなヒントを言うと、淡路島は国生み伝説の場所です。
神道の神にあたる天照大神(アマテラスオオミカミ)を生んだイザナキとイザナミが日本を作っていきますが、最初に出来たのが実は淡路島だと言うことになっています。
更に、古代イスラエルの末裔と言われる人たちが日本にやってきて、淡路島の伊弉諾神宮(イザナギ神宮)を中心にして作ったと言われるレイラインがあります。
この場合のレイラインとは、淡路島にある伊弉諾神宮を中心にパワースポット神社が直線状に並んで建てられていると言うものです。
そのレイラインを古代イスラエル人が作ったと言うことでした。
イスラエルと日本に関する関係は過去記事でも紹介してあります。
僕はその関係性については元々啓示があって分かっていましたので、違和感なく調べる事ができました。
★イスラエル10支族:鳥居と過越祭
http://youtu.be/oNpMScU4mC4
★聖書と日本フォーラム
http://biblejapan.info/index.php
そして更に、僕が彼とあった最初の頃に、淡路島のことを話していました。
これは別件なのですが、アンビリバボーの読者の方が、ある預言者のことを話してくれました。
彼は、80歳位のクリスチャンですが、僕のように教会からは受け入れられず、外で預言者の働きをしています。
そしてある日、神様から「淡路島に私の礼拝場所を建てなさい。」と言われて、数年前に建ててあるそうです。
しかし、今に至るまで、なぜ淡路島に礼拝所を建てさせられたのかは分からないと言うことでした。
それで僕は、また彼の話をしました。
そして連絡先をコミュのある方の協力によって調べる事が出来ました。
その結果、数日前に、Tさんがその預言者と連絡取り合えて来週会うことになりました。
僕が、このことをマイミクのMMさんに報告するとかなり驚いていました。
それは、当然です。いろんな不思議なことが一度に起きていたからです。
その方に宛てたメールの内容を一部紹介します。
以下引用
淡路島に栄光の教会を建てることになるかもしれません。
そこで僕が子供たちに賛美と踊りを教えることになるはずです。
更に昨日、不思議なメールを頂きました。
ある女性からですが、賛美をすると体が勝手に踊りだし、バレリーナのように踊りだすと言うことです。
誰も理解が出来ないために、僕に相談が来ました。
それで、それは神様がさせてるので大丈夫だと伝えました。
実際、僕がいた教会ではそれが頻繁に起こりました。
それで、彼女にも淡路島の教会に案内しました。
早ければ来月からでも淡路島に栄光の教会が出来ます。
まだ、不思議なことがあります。
実は、その淡路島に礼拝堂を建てた預言者を紹介してくれたのは、アンビリバボーの読者の方なのですが、僕とTさんが淡路島の啓示を頂いた直前からその淡路島の預言者の方と連絡が取り合えた少しあとまでなのですが、考えられないことがありました。
ipodの動画再生の時よりも不思議です。
実はその方とは毎日、チャットアプリでやりとりをしていますが、おとといの夜から、今日に至るまで、アプリにログインするたびに、自動的に文字打ちバーに「神様の導き」と言う文字が打ち込まれています。
たぶん、30回近くです。
ありえないですよね?
以上ですが、彼女は宗教には関与していませんが、苦しくて悩みの中にある時にはいつもイエス様が現れて癒してくれたそうです。
ですから、彼女自身が、「これはイエス様が導いてくれたのだと思います。」
と言っていました。
更に、淡路島の事をお話したら更に驚いていました。
なんとその翌日には関係者が全国から淡路島に集まることになっていると言うことでした。
彼女は、僕らの出会いを喜んでくれて、「イエス様の偉大な計画が行われると信じています。」と言ってくれました。
更に、その動画が古代イスラエルの神事に関連すると言う事がわかりました。
また、沖縄のエイサーとも類似性があることが分かりました。
エイサーの場合は念仏踊りと言われていて、輪踊りをするのですが、やはり神事です。
更に言うと、丸秘にしていましたが、これは過去記事で少しだけ触れました。
聖霊様によると、エイサーは古代イスラエルの踊りに関係があると言うことです。
しかも起源はかなり昔です。
この啓示の内容は、霊の母にしか明かしたことがありません。
衝撃的な内容なので、封印しています。
いつか明かせる日が来るかもしれません。
さて、話を「要石=Keystone」に戻しますね。
聖書を通して聖霊様が「要石=Keystone」更に色々教えてくれました。
まさに、僕にとってはアンビリバボーなことばかりでした。
まず、ゼカリヤ書です。
実はこの聖書箇所の奥義を10年前に頂いていました。
ちょうど、リバイバルに関する説教用のレポートを書いている時の事でした。
僕はその時に、ちょうど大空に浮かんでいる大天使ミカエルを見ました。
この内容もかなり深い奥義なので、日を改めて書きたいと思います。
ゼカリヤ書
4:6すると彼はわたしに言った、「ゼルバベルに、主がお告げになる言葉はこれです。万軍の主は仰せられる、これは権勢によらず、能力によらず、わたしの霊によるのである。
4:7大いなる山よ、おまえは何者か。おまえはゼルバベルの前に平地となる。彼は『恵みあれ、これに恵みあれ』と呼ばわりながら、かしら石を引き出すであろう」。
※この箇所は今で言えばリバイバルに関する預言です。
それは単なるリバイバルではありません。
崩壊した宮の復興を意味しますから、栄光の教会の事を指しています。
栄光の教会と言う建物を建てるためには隅のかしら石が必要です。
それが「要石=Keystone」になると言う話は先ほど説明したとおりです。
ゼカリヤ書
10:1あなたがたは春の雨の時に、
雨を主に請い求めよ。
主はいなずまを造り、大雨を人々に賜い、
野の青草をおのおのに賜わる。
10:2テラピムは、たわごとを言い、
占い師は偽りを見、
夢見る者は偽りの夢を語り、
むなしい慰めを与える。
このゆえに、民は羊のようにさまよい、
牧者がないために悩む。
10:3「わが怒りは牧者にむかって燃え、
わたしは雄やぎを罰する。
万軍の主が、その群れの羊であるユダの家を顧み、
これをみごとな軍馬のようにされるからである。
10:4隅石は彼らから出、
天幕の杭も彼らから出、
いくさ弓も彼らから出、
支配者も皆彼らの中から出る。
10:5彼らが戦う時は勇士のようになって、
道ばたの泥の中に敵を踏みにじる。
主が彼らと共におられるゆえに彼らは戦い、
馬に乗る者どもを困らせる。
10:6わたしはユダの家を強くし、ヨセフの家を救う。
わたしは彼らをあわれんで、彼らを連れ帰る。
彼らはわたしに捨てられたことのないようになる。
わたしは彼らの神、主であって、
彼らに答えるからである。
10:7エフライムびとは勇士のようになり、
その心は酒を飲んだように喜ぶ。
その子供らはこれを見て喜び、
その心は主によって楽しむ。
10:8わたしは彼らに向かい、口笛を吹いて彼らを集める、
わたしが彼らをあがなったからである。
彼らは昔のように数多くなる。
10:9わたしは彼らを国々の民の中に散らした。
しかし彼らは遠い国々でわたしを覚え、
その子供らと共に生きながらえて帰ってくる。
10:10わたしは彼らをエジプトの国から連れ帰り、
アッスリヤから彼らを集める。
わたしはギレアデの地およびレバノンに
彼らを連れて行く。
彼らはいる所もないほどに多くなる。
※この聖書箇所は奥義です。
神の家に対しての裁きでもありますが、神様の愛により、栄光の教会を神様自身が建て直すといっています。
教会は霊的に落ちぶれてしまいましたが、その中からでもイエス様が「隅石=隅のかしら石=要石」を選び出すと言っています。
神様の哀れみによって、ユダ族を強くし、ヨセフ族を救います。
ヨセフの子孫である、エフライムが勇士となります。
これは、ユダ族は、イエスラエルです。
ヨセフ族とは歴史に消えたエフライム族を意味しますので、やはりそれをひとつにするのは「要石=Keystone」の役目です。
そして先ほど説明した、「新しい一人の人」が生まれます。
これが地上で最後のリバイバルだと思われます。
また、沖縄のリバイバルとエフライムに関する啓示は以下の過去記事をご覧下さい。
また、「わが怒りは牧者にむかって燃え、わたしは雄やぎを罰する。」と言うみ言葉に関することですが、これは過去記事でも証しましたが、エゼキエル34章に書かれていることを言っています。
そして終わりの日には、大牧者である、イエス様が直接神の家を裁き、羊を救い出します。
エゼキエル34章について詳しくは、過去記事をご覧下さい。
全て預言が一致しています。
あと、イザヤ書にもありましたが、驚くべきことも発見しました。
イザヤ書
8:11主は強いみ手をもって、わたしを捕え、わたしに語り、この民の道に歩まないように、さとして言われた、
8:12「この民がすべて陰謀ととなえるものを陰謀ととなえてはならない。彼らの恐れるものを恐れてはならない。またおののいてはならない。
8:13あなたがたは、ただ万軍の主を聖として、彼をかしこみ、彼を恐れなければならない。
8:14主はイスラエルの二つの家には聖所となり、またさまたげの石、つまずきの岩となり、エルサレムの住民には網となり、わなとなる。
8:15多くの者はこれにつまずき、かつ倒れ、破られ、わなにかけられ、捕えられる」。
8:16わたしは、あかしを一つにまとめ、教をわが弟子たちのうちに封じておこう。
まずは、イザヤ28章から一部引用しましたが、週末の時代には、イエス様の時と同じで、「要石=Keystone」につまずきます。
更に、「それに関する証を一つにまとめ、教えをキリストの弟子たちのうちに封じておこう。」と言っています。
まさに、僕はそのことを体験しました。
神の使者Tさんからその究極の封じられていた証と教えのメッセージを頂きました。
これから、光の子供たちを救うためのミッションを同時進行で進めていきます。
僕が見つけると言う、協力者も、先ほど啓示を突然頂いたので分かってしまいました。
これから神の使者Tさんに紹介したいと思います。
多くの要石が現れて栄光の教会の為に勇士が宮城県に集められますように・・
また、御心ならば栄光の教会が淡路島で始まりますように・・・
どうか主の計画だけが行われますように・・・
イエス様だけに栄光がありますように・・・
イエス様の名前で祈ります。
アーメン
※あなたが、イエスの愛と救いを受ける為にもぜひ以下の記事をお読み下さい。
今日は十字架の力についてお話させて頂きます。
つい最近も、この話をTさんとしました。
僕の意見と、Tさんの意見とで一致していることは、
人間の肉の思いは悪霊よりも厄介です。
悪霊はイエス様の名前で命じれば出て行きますが、
呪いの子がそうです。
彼は聖書に書かれている肉そのものが究極の悪の塊になったもので
Tさんは、彼が悔い改めるように何度もチャンスを与えました。
そして、
肉の思いとは、
★ガラテヤ人への手紙
5:16わたしは命じる、御霊によって歩きなさい。そうすれば、
5:17なぜなら、肉の欲するところは御霊に反し、
こうして、二つのものは互に相さからい、その結果、
5:18もしあなたがたが御霊に導かれるなら、
5:19肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、
5:20偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、
わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。
5:22しかし、御霊の実は、愛、喜び、平和、寛容、慈愛、
5:24キリスト・イエスに属する者は、自分の肉を、
以上ですが、肉の働きを殺す方法は一つしかありません。
御霊によって歩む事です。
御霊によって歩むとは、自分の肉を、
そして、日々自分の十字架を背負い毎日を過ごす事です。
これが、イエス様が弟子に対して求める霊的な礼拝になります。
★ルカによる福音書
9:23それから、みんなの者に言われた、「
9:24自分の命を救おうと思う者はそれを失い、
14:26「だれでも、父、母、妻、子、兄弟、姉妹、
14:
クリスチャンになっても、祝福も平安も無く、
僕もそうなのですが、
十字架は呪われている者を磷付けにする為の道具です。
★申命記
21:22もし人が死にあたる罪を犯して殺され、
必ずそれをその日のうちに埋めなければならない。
★ガラテヤ人への手紙
3:13キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。
聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。
3:14それは、アブラハムの受けた祝福が、イエス・キリストにあって異邦人に及ぶためであり、約束された御霊を、わたしたちが信仰によって受けるためである。
イエス様は、罪を犯しませんでしたが、
そして、信じる者の罪を許し、永遠の命まで与えて下さいました。
その証拠として、黄泉に下り、墓の中から蘇りました。
また、その保証として、聖霊様を与えて下さいました。
私達がもし、
例えば、ヨブや、ペテロ達がそうでした。
どちらの場合も、サタンが主に願って受け入れられています。
実はこの事を通して神様の栄光が顕れる為です。
神様があなたを呪っている訳でもないし、
ですから、そのような環境にある場合、落胆しないで下さい。
また、そのような人を裁いてはダメです。
実は、そう言う人を裁いてしまうと、
ヨブの友達がそうでした。
しかし、
★ヨブ記
42:7主はこれらの言葉をヨブに語られて後、
「わたしの怒りはあなたとあなたのふたりの友に向かって燃える。
あなたがたが、
42:8それで今、あなたがたは雄牛七頭、雄羊七頭を取って、
わたしは彼の祈を受けいれるによって、
あなたがたはわたしのしもべヨブのように正しい事をわたしについ
他人を裁くと自分が裁かれます!
これは、忘れないで下さいね。
★ルカによる福音書
6:37人をさばくな。そうすれば、
また人を罪に定めるな。そうすれば、
ゆるしてやれ。そうすれば、自分もゆるされるであろう。
★ヤコブの手紙
4:11兄弟たちよ。互に悪口を言い合ってはならない。
兄弟の悪口を言ったり、自分の兄弟をさばいたりする者は、
もしあなたが律法をさばくなら、律法の実行者ではなくて、
4:12しかし、立法者であり審判者であるかたは、
さて、話を戻しますが、
誰にも理解されず、相談さえ出来ません。
まさに、十字架の苦しみとなります。
しかし、このままではありません。
十字架を経過すると、次は復活の力で満たされます。
これは、真理です。
ですから、どうか、忍耐して下さい。
イエス様は、墓の中からでも、
イエス様は黄泉の世界からでも生き返り、
そして、主に信頼する者の為にとりなしています。
イエス様は私達の為に天における永遠の大祭司となられました。
★ヘブル人への手紙
2:17そこで、イエスは、神のみまえにあわれみ深い忠実な大祭司となって、民の罪をあがなうために、あらゆる点において兄弟たちと同じようにならねばならなかった。
2:18主ご自身、試錬を受けて苦しまれたからこそ、試錬の中にある者たちを助けることができるのである。
十字架に掛かると肉が悲鳴をあげます。
だから、主の試みは、想像を絶するほど苦しくて辛いです。
しかし、イエス様が先に苦しんで勝利してくれました。
だから、私達も必ずイエス様のように勝利します!
もうしばらくの辛抱です。
イエス様の死と復活には隠された奥義があります。
イエス様の血潮は、罪の問題を解決しました。
イエス様の十字架は、肉の働きの問題を解決しました。
罪の問題を解決すれば、クリスチャンになれます。
肉の働きの問題を解決すれば、キリストの弟子になれます。
どうか、皆さんが、主に守られて勝利者となれますように!
第一の復活に預かる事が出来ますように!
栄光の教会の生きた石になれますように!
イエス様の名前でお祈り致します。
アーメン!
Keysvoneより
※あなたが、イエスの愛と救いを受ける為にもぜひ以下の記事をお読み下さい。
※あなたが、イエスの愛と救いを受ける為にもぜひ以下の記事をお読み下さい。