狂人たち

 ゆう子の口ぶりからデートの約束は間違いないと確信した。ヤマト民族として、とにかく今回のデートを何が何でも阻止しなければならないという使命感が沸き起こった。「まあ、ゆう子が誰とデートしようが、人に干渉される筋合いじゃないだろう。でも、それは、相手が日本人の場合の話だ。ヤツは、得体のしれないイスラエルの留学生なんだ。頭がいいからといって、善人とは限らない。しかも、ヤツは、ユダヤ人と来てる。ヤツらの風習など日本人には全く分からない。恋愛観も日本人とは違うはずだ。とにかく、危険すぎる。後で後悔しないうちに、さっさと断れ。いいな」

 

 あまりの一方的な暴言にむかついた。あまのじゃくなゆう子は、反対されればされるほど、デートの気持ちが強まっていった。「昭和のオジンみたいな説教はやめて。国際結婚が一般的になってる時代に、時代錯誤も甚だしいわ。デートは、決めたことなの。いまさら、断れないわ。とにかく、干渉しないでよ。元カレでもあるまいし。タイガイにしてよ」安田は、ちょっと強気に出たことを反省した。ゆう子があまのじゃくであったことをついうっかり忘れていた。とにかくデートを阻止する方法はないかと貧乏ゆすりをしながら考えた。

 

 突然、言葉が飛び出した。「わかった。デートを阻止する権利は、俺にはない。でも、単独のデートだけは許すことはできない。ダブルデートをしよう。これだったら、文句、ないだろう。これは、我ながら名案と思うぞ。どうだ?」ゆう子は、安田がスッポンのようにしつこい男子とは思っていなかった。あきれてしまったが、実を言うと、外人とのデートは初めてで、”虎穴に入らずんば虎子を得ず”の心意気でデートの誘いに乗ったものの少し不安だった。今回は、安田が言うようにダブルデートが無難のように思えてきた。内心ほっとしていたが、しかめっ面でしぶしぶ承諾の返事をした。「まあね~、ダブルデートも悪くないかも。リノを連れてくるの?」

 


 安田は、突然の思い付きを喋ったにすぎず、リノがダブルデートを承諾するか不安になった。「まあ、そういうことになるな。いったい、どこでデートするんだ」一瞬、ゆう子は返事に戸惑った。海水浴に行く約束をしていた。「虹の松原」虹の松原には、レストランがあるからそこで食事をしながらのデートだと思った。「そうか、ということは、食事をして、浜辺を散策するってことだな」ゆう子は、ちょっと話しづらくなったが、思い切っていうことにした。「食事もだけど、海水浴よ。スイカわりもしようと思っているんだけど」海水浴と聞いて、夢に現れたゆう子のビキニ姿が脳裏に飛び出してきた。

 

 ゆう子の胸を一瞬見つめ問い返すように話し始めた。「え、泳ぐのか?ということは、水着だよな。ビキニってことか?」ゆう子は、ちょっとはにかむように答えた。「まあ、ビキニってことよね。悪い」安田は、これは一大事件だと思った。ゆう子のビキニを見れば、どんな男子だって興奮する。マジ、ボッキする。ましてや、デカチンのユダヤ人だ。手をつなぐだけでは済まない。ホテルに誘うに決まっている。「ゆう子、お前な~~。いきなり、野獣にヌードを見せるのかよ。どうぞ、食べてくださいって言ってるようなものじゃないか。気は、確かか?」

 

 ヌードと聞いたゆう子は、口をとがらかせて反論した。「ヌードとは何よ。ビキニは、ヌードじゃないわよ。まったく、変態なんだから。イサクは、紳士よ。変な真似はしないわよ。それに、昼間だし。そんなに、気に食わないんだったら、ダブルデートはないことにして。二人だけで楽しんでくるから」安田は、またまたのチョンボに焦ってしまった。気を取り直した安田は、言葉を選びながら冷静に話すことにした。「いや、ちょっといい過ぎた。許せ。そう、ところで、海水浴は、いつ行くんだ?」

 

 

 


 ゆう子は、即座に笑顔で答えた。来週の土曜日、11日。でも、ダブルデートよね。どこで待ち合わせしようか?現地集合、ってことでいいの?」安田はうなずきそうになったが、返事を躊躇した。現地集合ということは、イサクが車を出すことになる。ということは、行きは問題なとしても、送り狼ってことが考えられる。ゆう子を車に乗せてしまえば、イサクの思いのままだ。これは、まずい。「いや、ダブルデートをお願いしたのは、俺だ。車は、俺が出す。四人一緒に、行こう。ヴェルファイアだから、道中もゆったりできるぞ。そうしよう。待ち合わせは、前原駅だ。よっしゃ~~」

 

 ゆう子は、ちょっと安心した。やはり、素性の分からないイサクと車の中で二人っきりになるのは怖かった。「いいの?乗せてくれるの。わかった。何時にする?」安田は、すんなり承諾してくれて、ホッとした。「そうだな~~。9時ごろってのはどうか?俺は、早めに行って、駅の駐車場で待ってるから」ゆう子は、笑顔でうなずいた。「ありがとう。ダブルデートのほうが、楽しいわよね。久しぶりにリノと騒げるし。9時ね。わかった。イサクも安田とだったら、OKすると思う。なんせ、二人は、革命軍の同志なんだから」ゆう子は、皮肉を言いながら笑顔を見せた。安田は、身辺警護はこれで一件落着と思ったが、問題は、リノがダブルデートを承諾してくれるかだった。断られた時のことを考えると不安になった。

 

 翌日、安田は、重要な話があると鳥羽を自宅に呼んだ。重要な話と聞いた鳥羽は、リノさんとの結婚のことではないかと思った。一度、革命軍の話を聞いたときに、大学を中退しリノさんと結婚するのが一番だと言ったことを思い出した。とにかく、話を聞いて、最善の方法をアドバイスしようと考えた。約束の時間は、10時だったが、スズキアドレス125を飛ばして、9時半には玄関の前に立っていた。インターホンを鳴らすと、返事を待たず、ドスドスと足音を立ててキッチンに走っていった。テーブルでは右手に麦茶のグラスを握った安田が、間抜けな顔でぼんやりと天井を見つめていた。「先輩」と声をかけると安田の正面にドスンと腰掛けた。

 

 


 正面の鳥羽の顔を見つめると麦茶のグラスを口に当てた。一呼吸置いた安田は、気まずそうな表情で話し始めた。「おい、ちょっと、ゆう子のことで話をする。いいか、興奮するんじゃないぞ。冷静に聞け」改まった口調に鳥羽は、背筋を伸ばし両手を両太ももの上に置いた。安田は、大きく深呼吸して話し始めた。「もう一度言う。絶対に興奮するんじゃないぞ。ゆう子がだな~~、デートするらしい。俺は、素性の分からないヤツとのデートは、危険だから、やめろと、全力で反対したんだが、どうしてもデートすると言い張るんだ。俺の力不足だ。すまん。だが、責任もって、監視する。安心しろ」鳥羽は、突然のデートの話に口をポカ~ンと開けていた。

 

 まさかとは思ったが、念のためにデートの相手を確認した。「デートの相手は、留学生?」安田は、ちいさくうなずいた。突如、鳥羽の顔が夜叉の表情に激変した。「まさか、例のイケメンですか?この前話していた外人ですか?絶対、ダメです。外人は。やられるにきっまています。ゆう子姫もゆう子姫だ。いったい、何を考えているのやら。ヤマト撫子は、ニッポン男児とデートすればいいのです。絶対に、だめです。先輩、僕が、今から、ゆう子姫を説得に行ってきます」鳥羽は、ジャンプするように立ち上がった。

 

 あわてた安田は顔を引きつらせて立ち上がった。そして、鳥羽の両肩を抑えた。「待て、そう、怒るな。すべては、俺に任せろ。俺が、命を懸けて、ゆう子を、守る。いいな。とにかく、落ち着け」安田も興奮してしまい、言葉が途切れ途切れになっていた。納得がいかない表情の鳥羽は、ゆっくり腰掛けた。「もうこの世の終わりです。情けない。ア~~ゆう子姫のバカバカバカ。きっとやられる。ア~~、死にたい、死にたい、死にたい」鳥羽は、駄々をこねる子供のようにア~~~と大声で泣き始めた。安田は、バカな奴だと思ったが、慰めることにした。

 


春日信彦
作家:春日信彦
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