狂人たち

 腕組みをしたヤコブは、低く静かな声で話し始めた。「まあ、ブサイクなのは、

笑えるが、これもいいカモフラージュになってる。鳥羽は間違いなく戦力になる。最も敵にしたくない人物だ。味方にしたいと思うのだが、どう思う?イサク」イサクも同じことを考えていた。一つうなずき返事した。「俺も、同感だ。ヤツは、最高の武器になる。でも、モサドがお思い通りに使える駒ではないように思える。接近したいが、危険も付きまとう。多少は、打診してみるか?どうだろ」ヤコブは、首をかしげて返事した。「まあ、そう焦ることもない。いずれやつとは、何らかの形でかかわることになるに違いない。日本には、優秀な学生が多い。一人でも多く、スカウトしなくてはな」

 

 イサクは、笑顔を作り昨日の図書館での話を始めた。「おい、俺さ、ゆう子とデートするぞ。ゆう子をものにできれば、仕事がやりやすくなるかも?」ヤコブは、大きな目をむき出して答えた。「おい、女はやめとけ。女で失敗した例は山ほどある。焦ってはことを仕損じる、というじゃないか。俺たちが、女で失敗しないように、特別手当をもらってるじゃないか。デートの前に中州で遊ぼうじゃないか。興奮しないようにな」ヤコブは、大きな声でワハハハと笑った。イサクも気まずそうにワハハ~~と笑った。「プラチナの女は、最高だな。潮を吹くとは、恐れ入った。そいじゃ、早速、予約しなくては」

 

 

 


  

                              虹の松原

 

 84日(土)F大学オープンキャンパスの日。安田は、昨日見た夢が気になっていた。ゆう子とイサクが楽しそうに浜辺を歩いていた。しかも、ゆう子は、ビキニ姿だった。このことが、頭から離れず、いつもならば中央図書館横のフォレストに向かうところだが、なぜか、無意識に文系センターに向かって歩き出していた。偶然にもエレベーターボタン16Fが光っていた。スカイラウンジに入ると窓際の席に目をやった。そこには、ゆう子の笑顔が光っていた。目の前には、忌々しいイケメンのイサクが笑顔で応えていた。突然、不吉な予感がぐさりと心臓に突き刺さった。

 

 安田の足は、二人のテーブルに向かって動き出していた。テーブルに近づくとイサクが笑顔で立ち上がり、安田を見下ろして立ち去って行った。ゆう子は、何かうれしいことでもあったのか笑顔を作っていた。安田は、イサクが座っていた席にドスンと腰掛けた。「おい、デート約束でもしてたのか?」ゆう子は、突然の質問に目を丸くした。「何言ってんの。ちょっと一緒になっただけよ。その言い方って、イサクとデートしちゃいけないって言ってるように聞こえるんだけど。ちょっと、失礼じゃない」

 

 安田は、デートの約束をしたと直感した。「正直に答えろ。デートの約束をしたのか?」ゆう子は、刑事に尋問されているようで気味が悪くなった。「何よ。誰とデートしようと、安田には関係ないことじゃない」安田は、ゆう子をにらみつけた。「そうはいかない。あいつだけは、だめだ。ヤツは、ユダヤ人だぞ。素性だってわからない。万が一のことがあたら、どうするんだ」ゆう子は、いつもと違う安田に引いてしまった。「安田、イサクは、イスラエルで選抜された優秀な留学生よ。悪い人じゃないわよ。ユダヤ人というだけで、悪人扱いするのは、人種差別よ。見損なったわ」

 


 ゆう子の口ぶりからデートの約束は間違いないと確信した。ヤマト民族として、とにかく今回のデートを何が何でも阻止しなければならないという使命感が沸き起こった。「まあ、ゆう子が誰とデートしようが、人に干渉される筋合いじゃないだろう。でも、それは、相手が日本人の場合の話だ。ヤツは、得体のしれないイスラエルの留学生なんだ。頭がいいからといって、善人とは限らない。しかも、ヤツは、ユダヤ人と来てる。ヤツらの風習など日本人には全く分からない。恋愛観も日本人とは違うはずだ。とにかく、危険すぎる。後で後悔しないうちに、さっさと断れ。いいな」

 

 あまりの一方的な暴言にむかついた。あまのじゃくなゆう子は、反対されればされるほど、デートの気持ちが強まっていった。「昭和のオジンみたいな説教はやめて。国際結婚が一般的になってる時代に、時代錯誤も甚だしいわ。デートは、決めたことなの。いまさら、断れないわ。とにかく、干渉しないでよ。元カレでもあるまいし。タイガイにしてよ」安田は、ちょっと強気に出たことを反省した。ゆう子があまのじゃくであったことをついうっかり忘れていた。とにかくデートを阻止する方法はないかと貧乏ゆすりをしながら考えた。

 

 突然、言葉が飛び出した。「わかった。デートを阻止する権利は、俺にはない。でも、単独のデートだけは許すことはできない。ダブルデートをしよう。これだったら、文句、ないだろう。これは、我ながら名案と思うぞ。どうだ?」ゆう子は、安田がスッポンのようにしつこい男子とは思っていなかった。あきれてしまったが、実を言うと、外人とのデートは初めてで、”虎穴に入らずんば虎子を得ず”の心意気でデートの誘いに乗ったものの少し不安だった。今回は、安田が言うようにダブルデートが無難のように思えてきた。内心ほっとしていたが、しかめっ面でしぶしぶ承諾の返事をした。「まあね~、ダブルデートも悪くないかも。リノを連れてくるの?」

 


 安田は、突然の思い付きを喋ったにすぎず、リノがダブルデートを承諾するか不安になった。「まあ、そういうことになるな。いったい、どこでデートするんだ」一瞬、ゆう子は返事に戸惑った。海水浴に行く約束をしていた。「虹の松原」虹の松原には、レストランがあるからそこで食事をしながらのデートだと思った。「そうか、ということは、食事をして、浜辺を散策するってことだな」ゆう子は、ちょっと話しづらくなったが、思い切っていうことにした。「食事もだけど、海水浴よ。スイカわりもしようと思っているんだけど」海水浴と聞いて、夢に現れたゆう子のビキニ姿が脳裏に飛び出してきた。

 

 ゆう子の胸を一瞬見つめ問い返すように話し始めた。「え、泳ぐのか?ということは、水着だよな。ビキニってことか?」ゆう子は、ちょっとはにかむように答えた。「まあ、ビキニってことよね。悪い」安田は、これは一大事件だと思った。ゆう子のビキニを見れば、どんな男子だって興奮する。マジ、ボッキする。ましてや、デカチンのユダヤ人だ。手をつなぐだけでは済まない。ホテルに誘うに決まっている。「ゆう子、お前な~~。いきなり、野獣にヌードを見せるのかよ。どうぞ、食べてくださいって言ってるようなものじゃないか。気は、確かか?」

 

 ヌードと聞いたゆう子は、口をとがらかせて反論した。「ヌードとは何よ。ビキニは、ヌードじゃないわよ。まったく、変態なんだから。イサクは、紳士よ。変な真似はしないわよ。それに、昼間だし。そんなに、気に食わないんだったら、ダブルデートはないことにして。二人だけで楽しんでくるから」安田は、またまたのチョンボに焦ってしまった。気を取り直した安田は、言葉を選びながら冷静に話すことにした。「いや、ちょっといい過ぎた。許せ。そう、ところで、海水浴は、いつ行くんだ?」

 

 

 


春日信彦
作家:春日信彦
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