狂人たち

 イサクとヤコブの主な役目は、九州を拠点とするAI産業ロボットを開発するベンチャー企業設立のための情報収集と準備だった。実は、それは名目上であって、真の目的はAI兵器開発のための拠点づくりだったのだが。二人は、T大、K大などの全国の主要な大学にもぐりこんだ仲間たちからの情報を集め本部に送っていた。また、学生運動を通じ全国の学生たちとの交流を深め、チャレンジングな学生を発見し、スカウトする使命も受けていた。現在、イスラエルはアメリカの支援を受け新兵器開発に力を入れているが、特にAI兵器開発に力を入れていた。そのためには、優秀な科学者を必要としていた。そこで、モサドは日本の学生を青田刈りするために、全国の学生情報を集めていた。ヤコブは、学生の情報収集をするために、学生運動の中心となっている安田を利用することにした。

 

 ヤコブは、安田について話し始めた。「安田は、思ったより役に立つ。確かに、知能は低いが目標に向かうバイタリティーがある。それと、なんといっても、多くの学生を引き付けるカリスマ性を持っている。きっと、ベンチャー企業の設立にも役に立つと思う。どうかな?」イサクもうなずいた。「確かに、安田は、カリスマ性がある。それと、剣道の学生チャンプ三島もカリスマ性があるように思える。そう、科学者としては、鳥羽が最適じゃないか?鳥羽は、医学生で、しかも数学の天才だ。こんなド田舎に天才がいるとは、意外だった。AI兵器の開発には、もってこいだ。でも、どこか、謎めいているような」

 

 ヤコブは、ニヤッと右唇を引き上げ笑顔を作った。「ド田舎の天才か。俺も、彼には興味がある。いったい何者なのか?彼は、安部医科大学の安部教授が特待生としてスカウトした子分らしい。この安部教授は謎の人物だ。学識者だけでなく、政界、財界にわたって、多くの人脈を持っている。きっと、安部教授のバックには、得体の知れない大きな組織があるような気がする。俺の、直感だがな。ところで、天才鳥羽は、ゆう子に気があるのか、身辺警護してるのか、いつもゆう子の身辺をうろついている。まったく、変わったやつだ」イサクが、ワハハと笑った。「それにしても、あれほどのブサイクな天才は世界に一人じゃないか。全く、奇妙なヤツだ」

 

 


 腕組みをしたヤコブは、低く静かな声で話し始めた。「まあ、ブサイクなのは、

笑えるが、これもいいカモフラージュになってる。鳥羽は間違いなく戦力になる。最も敵にしたくない人物だ。味方にしたいと思うのだが、どう思う?イサク」イサクも同じことを考えていた。一つうなずき返事した。「俺も、同感だ。ヤツは、最高の武器になる。でも、モサドがお思い通りに使える駒ではないように思える。接近したいが、危険も付きまとう。多少は、打診してみるか?どうだろ」ヤコブは、首をかしげて返事した。「まあ、そう焦ることもない。いずれやつとは、何らかの形でかかわることになるに違いない。日本には、優秀な学生が多い。一人でも多く、スカウトしなくてはな」

 

 イサクは、笑顔を作り昨日の図書館での話を始めた。「おい、俺さ、ゆう子とデートするぞ。ゆう子をものにできれば、仕事がやりやすくなるかも?」ヤコブは、大きな目をむき出して答えた。「おい、女はやめとけ。女で失敗した例は山ほどある。焦ってはことを仕損じる、というじゃないか。俺たちが、女で失敗しないように、特別手当をもらってるじゃないか。デートの前に中州で遊ぼうじゃないか。興奮しないようにな」ヤコブは、大きな声でワハハハと笑った。イサクも気まずそうにワハハ~~と笑った。「プラチナの女は、最高だな。潮を吹くとは、恐れ入った。そいじゃ、早速、予約しなくては」

 

 

 


  

                              虹の松原

 

 84日(土)F大学オープンキャンパスの日。安田は、昨日見た夢が気になっていた。ゆう子とイサクが楽しそうに浜辺を歩いていた。しかも、ゆう子は、ビキニ姿だった。このことが、頭から離れず、いつもならば中央図書館横のフォレストに向かうところだが、なぜか、無意識に文系センターに向かって歩き出していた。偶然にもエレベーターボタン16Fが光っていた。スカイラウンジに入ると窓際の席に目をやった。そこには、ゆう子の笑顔が光っていた。目の前には、忌々しいイケメンのイサクが笑顔で応えていた。突然、不吉な予感がぐさりと心臓に突き刺さった。

 

 安田の足は、二人のテーブルに向かって動き出していた。テーブルに近づくとイサクが笑顔で立ち上がり、安田を見下ろして立ち去って行った。ゆう子は、何かうれしいことでもあったのか笑顔を作っていた。安田は、イサクが座っていた席にドスンと腰掛けた。「おい、デート約束でもしてたのか?」ゆう子は、突然の質問に目を丸くした。「何言ってんの。ちょっと一緒になっただけよ。その言い方って、イサクとデートしちゃいけないって言ってるように聞こえるんだけど。ちょっと、失礼じゃない」

 

 安田は、デートの約束をしたと直感した。「正直に答えろ。デートの約束をしたのか?」ゆう子は、刑事に尋問されているようで気味が悪くなった。「何よ。誰とデートしようと、安田には関係ないことじゃない」安田は、ゆう子をにらみつけた。「そうはいかない。あいつだけは、だめだ。ヤツは、ユダヤ人だぞ。素性だってわからない。万が一のことがあたら、どうするんだ」ゆう子は、いつもと違う安田に引いてしまった。「安田、イサクは、イスラエルで選抜された優秀な留学生よ。悪い人じゃないわよ。ユダヤ人というだけで、悪人扱いするのは、人種差別よ。見損なったわ」

 


 ゆう子の口ぶりからデートの約束は間違いないと確信した。ヤマト民族として、とにかく今回のデートを何が何でも阻止しなければならないという使命感が沸き起こった。「まあ、ゆう子が誰とデートしようが、人に干渉される筋合いじゃないだろう。でも、それは、相手が日本人の場合の話だ。ヤツは、得体のしれないイスラエルの留学生なんだ。頭がいいからといって、善人とは限らない。しかも、ヤツは、ユダヤ人と来てる。ヤツらの風習など日本人には全く分からない。恋愛観も日本人とは違うはずだ。とにかく、危険すぎる。後で後悔しないうちに、さっさと断れ。いいな」

 

 あまりの一方的な暴言にむかついた。あまのじゃくなゆう子は、反対されればされるほど、デートの気持ちが強まっていった。「昭和のオジンみたいな説教はやめて。国際結婚が一般的になってる時代に、時代錯誤も甚だしいわ。デートは、決めたことなの。いまさら、断れないわ。とにかく、干渉しないでよ。元カレでもあるまいし。タイガイにしてよ」安田は、ちょっと強気に出たことを反省した。ゆう子があまのじゃくであったことをついうっかり忘れていた。とにかくデートを阻止する方法はないかと貧乏ゆすりをしながら考えた。

 

 突然、言葉が飛び出した。「わかった。デートを阻止する権利は、俺にはない。でも、単独のデートだけは許すことはできない。ダブルデートをしよう。これだったら、文句、ないだろう。これは、我ながら名案と思うぞ。どうだ?」ゆう子は、安田がスッポンのようにしつこい男子とは思っていなかった。あきれてしまったが、実を言うと、外人とのデートは初めてで、”虎穴に入らずんば虎子を得ず”の心意気でデートの誘いに乗ったものの少し不安だった。今回は、安田が言うようにダブルデートが無難のように思えてきた。内心ほっとしていたが、しかめっ面でしぶしぶ承諾の返事をした。「まあね~、ダブルデートも悪くないかも。リノを連れてくるの?」

 


春日信彦
作家:春日信彦
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