安田の表情は悪霊に取りつかれたかのように薄気味悪かった。これはかなり重症だと思えたが、真っ向から反対したのでは治療にはならないと思い少し安田の気持ちをいやすことにした。「先輩は、責任感が強いから、少し頑張りすぎてるんです。学生は、先輩の味方です。力を合わせてデモをすれば、必ず、政治は変わっていきます。粘り強く、根気良く、頑張っていきましょう。リノさんもそれを望んでいると思いますよ。もう少し、肩の力を抜いてください」
安田は、突然、テーブルに立ち上がりモーセのように両手を広げた。そして、悪魔が乗り移ったかのように声高に話し始めた。「俺は、モーセだ。神のお告げがあった。奴隷と化した日本民族を救う使命を受けた。日本民族こそ全人類を救うことができる。俺は、戦わねばならない。あ~~神の声が聞こえる。皆を導くのだ。神を信じよ。ならば、授けよう、神の力を」鳥羽は、腰を抜かしてしまった。もう手遅れではないかとさえ思えた。先輩は病気ですとは言えないし、どうしていいかパニックになってしまった。
ヒョイとテーブルから飛び降りた安田は、鳥羽をじっと見つめると表情を瞬時に変えた。マジな表情は、一瞬にして消え去り、満面の笑みが現れた。鳥羽は、完全にいかれてしまったと口をあんぐりと開けてしまった。安田の口から大きな声が飛び出した。「おい、なに、間抜けなツラをして。俺が、気でも振れたと思ったのか?俺は、マジだ。革命を必ず、成功させてみせる。鳥羽、仲間に入れ。お前が入ってくれれば、きっと、革命は成功する。天才鳥羽の力が必要なんだ。頼む、革命軍に入ってくれ」
鳥羽は、あきれて口もきけなくなってしまった。「先輩、気持ちはわかりました。だから、穏便に、みんなで力を合わせて、デモをやりましょう。テロみたいなマネをやれば、一生を棒に振ってしまいます。リノさんも僕と同じ意見だと思います。もし、先輩が警察に捕まれば、リノさんは悲しみますよ。結婚もパーになってしまいますよ。それでもいいんですか?先輩。冷静になってくださいよ。僕の気持ちも察してください。お願いですから」目を閉じてじっと耳を傾けていた安田は、何か考えているようだった。
腕組みをしていた安田は、二度うなずいて目を開いた。「そうか、革命軍に入る気はないんだな。鳥羽の意思は尊重する。実に、残念だ。日本は、すでに末期がんだ。命がけの手術をしなければ助からん。手遅れだとは思うが、ヤマト民族は、やるだけのことはやらなければならん。学生が実権を握り、九州に共生を目指す新しいヤマト国家を作る。今、失敗を恐れてしまえば、ヤマト民族は消滅してしまう。たとえ、俺一人になっても戦う」
もはや安田の精神は常軌を逸していた。これ以上、止めても無駄なように思えた。「先輩の固い決意はわかりました。でも、僕は失敗すると思います。三島のように割腹自殺でもするつもりですか?先輩が、そこまでバカだとは思いませんでした。勝手にやってください。リノさんは悲しむと思いますけど」安田は、そんな意見には全く動じなかった。すでに、革命の日を決めていた。「リノには、悪いとは思うが、ヤマト民族のために戦うのだ。許してもらうしかない」
鳥羽は、安田の決意が変わらないことを確信し、革命をいつ行うのか探りを入れることにした。「それじゃ、来年にでも、革命を決行するんですか?」安田は、目を見開いてギョロ目で答えた。「それは、極秘だ。たとえ親友の鳥羽でも、口にすることはできん。失敗すると決めつけているようだが、三島のような犬死はしない。俺たち学生は、破壊活動をするのじゃない、ヤマト国家の創造だ。そのためには、マフィアと戦わねばならない。同志、イスラエルの支援も取り付けた」安田は、鳥羽を見つめると右の口元を引き上げた。
革命は単なる妄想ではないように思えてきた。具体的な準備がどのようなものであるか是非とも知りたい気持ちにかられたが、これ以上の探りは無駄なように思えた。とりあえず話を替えて油断させることにした。「ところで、ゆう子姫に変な虫がついてないでしょうね。心配なんです。どうなんですか、先輩」突然訳の分からない質問をされた安田は、口をとがらせて返事した。「おい、そんなこと、俺の知ったこっちゃない。心配なら、自分で監視してろ。俺は、ゆう子の監視役じゃないぞ」
鳥羽は一気に話の流れを変えるため攻勢をかけた。「ちょっと、冷たすぎやしませんか?大親友じゃないですか。ゆう子姫が心配じゃないんですか?万が一、変な男に引っかかって、レイプでもされたら先輩の責任ですよ。あ~~、心配だな~~。ゆう子姫、今頃どうしておられるのやら」顔を真っ赤にした安田は、鬼の形相で反撃した。「おい、ゆう子がレイプされたら、俺の責任だと。まったく、お前の頭は、いかれてる。今頃、ゆう子は、楽しそうにイケメンとデートしてるんじゃないか?そう、この前、背の高いイケメンと一緒に校門の前を歩いていたぞ。あれは、間違いなく、ホテル直行だな」
イケメンと聞いた鳥羽は、突然立ち上がり、襲い掛かるような姿勢で問い詰めた。「何だと、イケメンと。いったいたれですか?そのイケメンとは。きっと甘い言葉に騙されて、ホテルに連れ込まれたに違いない。どうして、先輩は指をくわえて見ていたんですか?すぐに、ゆう子姫を救助しなかったんですか?まったく、頼りないんだから」徹底的に侮辱された安田は、堪忍袋の緒が切れた。「俺が頼りないだと。俺はお前の召使じゃない。ゆう子とも関係ない。ゆう子が誰とデートしようが勝手だ。そう、あのイケメンは、外人だったな。外人はかわいいアジア人が好きだというからな。絶対、やってるな」
鳥羽は左手の握りこぶをテーブルに打ち付けドンと大きな音を立てた。「イケメンって、外人なんですか。これは天下の一大事。日本人の女子は、背が高くてイケメンの白人にやられやすいんです。ゆう子姫もやられてるかも。いや、ゆう子姫はそんなに軽くない。いや、そう信じたい。とにかく、再度、外人のイケメンに会うようなことがあれば、ヤマト民族の一大事。先輩、今後、ゆう子姫を厳重に監視してください。もし、外人が現れたら、ゆう子姫を緊急避難させてください」安田は、鳥羽の意味不明の言葉にあきれ返っていた。
安田は、ここまで頭がいかれているとは思わなかった。外人とデートしていたの言うのは嘘で、単に鳥羽をからかったに過ぎなかった。確かに留学生の男子と図書館で一緒に勉強はしていたが、デートかどうかは定かではなかった。この際、ゆう子のことをあきらめさせるために大嘘をついたのだった。「だからだな~~デートは個人の自由なんだ。いいじゃないか。ゆう子がそのイケメンが好きなら。前から言ってるだろ。ゆう子には彼氏がいるって。きっぱり、ゆう子のことはあきらめろ。あの様子じゃ、結婚の約束までしてそうだな~~」