モーセの再来

 

 安田は、自分たちの正義が鳥羽には全くわかっていないと感じた。「武力というが、なにも、刀を振り回そうというんじゃない。こぶしを武器とするにすぎない。そう、俺たちをテロ集団みたいに言うな。俺たちの革命は、単に政府を倒そうというものじゃない。日本民族の優秀性を世界に知らしめようという平和のための革命なんだ。鳥羽なら知ってるだろう。日本民族は、YAP遺伝子を持っている平和民族なんだ。今、平和民族である日本民族が絶滅する危機に直面している。マフィアは、平和民族である日本人が目障りなんだ。原発、カジノ、水道民営化、人工地震、不正選挙などを使って日本民族を全滅させようとしてるんだ。一刻の猶予もないんだ」

 

 安田の血走った瞳を見つめ、精神病院に連れていくべきじゃないかと不安になった。この症状は、大人社会に対する恐怖からくる思春期に見られる被害妄想だ。このような被害妄想に取りつかれると常識的な理屈が通用しなくなってしまう。高校までは実に現実的だった安田が、なぜこのような妄想に陥ったのか?不思議でならなかった。誰かに洗脳されているんではないかと不安になった。「確かに、先輩の意見は正しいと思います。僕も、今の日本は危機にあると思います。だから、先輩と一緒にデモに参加しているんです。でも、武力はいけません。たとえこぶしといっても、暴力はダメです」

 

 安田の目を見ていると人の意見が全く耳に入っていないようだった。とにかくまっとうな学生運動に戻さないと昭和の悲惨な連合赤軍になってしまうようで背筋がぞっとした。「先輩、とにかく革命の正義はわかります。でも、みんなの意見を取り入れて正々堂々とやりましょう。暴力に頼ってしまえば、それこそ、マフィアの思うつぼじゃありませんか。マフィアは、日本民族を暴力と麻薬の民族にしたいに決まっています。そんな手に乗ってはいけません。頭を冷やしてください」


  安田の表情は悪霊に取りつかれたかのように薄気味悪かった。これはかなり重症だと思えたが、真っ向から反対したのでは治療にはならないと思い少し安田の気持ちをいやすことにした。「先輩は、責任感が強いから、少し頑張りすぎてるんです。学生は、先輩の味方です。力を合わせてデモをすれば、必ず、政治は変わっていきます。粘り強く、根気良く、頑張っていきましょう。リノさんもそれを望んでいると思いますよ。もう少し、肩の力を抜いてください」

 

 安田は、突然、テーブルに立ち上がりモーセのように両手を広げた。そして、悪魔が乗り移ったかのように声高に話し始めた。「俺は、モーセだ。神のお告げがあった。奴隷と化した日本民族を救う使命を受けた。日本民族こそ全人類を救うことができる。俺は、戦わねばならない。あ~~神の声が聞こえる。皆を導くのだ。神を信じよ。ならば、授けよう、神の力を」鳥羽は、腰を抜かしてしまった。もう手遅れではないかとさえ思えた。先輩は病気ですとは言えないし、どうしていいかパニックになってしまった。

 

 ヒョイとテーブルから飛び降りた安田は、鳥羽をじっと見つめると表情を瞬時に変えた。マジな表情は、一瞬にして消え去り、満面の笑みが現れた。鳥羽は、完全にいかれてしまったと口をあんぐりと開けてしまった。安田の口から大きな声が飛び出した。「おい、なに、間抜けなツラをして。俺が、気でも振れたと思ったのか?俺は、マジだ。革命を必ず、成功させてみせる。鳥羽、仲間に入れ。お前が入ってくれれば、きっと、革命は成功する。天才鳥羽の力が必要なんだ。頼む、革命軍に入ってくれ」

 


 鳥羽は、あきれて口もきけなくなってしまった。「先輩、気持ちはわかりました。だから、穏便に、みんなで力を合わせて、デモをやりましょう。テロみたいなマネをやれば、一生を棒に振ってしまいます。リノさんも僕と同じ意見だと思います。もし、先輩が警察に捕まれば、リノさんは悲しみますよ。結婚もパーになってしまいますよ。それでもいいんですか?先輩。冷静になってくださいよ。僕の気持ちも察してください。お願いですから」目を閉じてじっと耳を傾けていた安田は、何か考えているようだった。

 

 腕組みをしていた安田は、二度うなずいて目を開いた。「そうか、革命軍に入る気はないんだな。鳥羽の意思は尊重する。実に、残念だ。日本は、すでに末期がんだ。命がけの手術をしなければ助からん。手遅れだとは思うが、ヤマト民族は、やるだけのことはやらなければならん。学生が実権を握り、九州に共生を目指す新しいヤマト国家を作る。今、失敗を恐れてしまえば、ヤマト民族は消滅してしまう。たとえ、俺一人になっても戦う」

 

 もはや安田の精神は常軌を逸していた。これ以上、止めても無駄なように思えた。「先輩の固い決意はわかりました。でも、僕は失敗すると思います。三島のように割腹自殺でもするつもりですか?先輩が、そこまでバカだとは思いませんでした。勝手にやってください。リノさんは悲しむと思いますけど」安田は、そんな意見には全く動じなかった。すでに、革命の日を決めていた。「リノには、悪いとは思うが、ヤマト民族のために戦うのだ。許してもらうしかない」

 


 鳥羽は、安田の決意が変わらないことを確信し、革命をいつ行うのか探りを入れることにした。「それじゃ、来年にでも、革命を決行するんですか?」安田は、目を見開いてギョロ目で答えた。「それは、極秘だ。たとえ親友の鳥羽でも、口にすることはできん。失敗すると決めつけているようだが、三島のような犬死はしない。俺たち学生は、破壊活動をするのじゃない、ヤマト国家の創造だ。そのためには、マフィアと戦わねばならない。同志、イスラエルの支援も取り付けた」安田は、鳥羽を見つめると右の口元を引き上げた。

 

 革命は単なる妄想ではないように思えてきた。具体的な準備がどのようなものであるか是非とも知りたい気持ちにかられたが、これ以上の探りは無駄なように思えた。とりあえず話を替えて油断させることにした。「ところで、ゆう子姫に変な虫がついてないでしょうね。心配なんです。どうなんですか、先輩」突然訳の分からない質問をされた安田は、口をとがらせて返事した。「おい、そんなこと、俺の知ったこっちゃない。心配なら、自分で監視してろ。俺は、ゆう子の監視役じゃないぞ」

 

 鳥羽は一気に話の流れを変えるため攻勢をかけた。「ちょっと、冷たすぎやしませんか?大親友じゃないですか。ゆう子姫が心配じゃないんですか?万が一、変な男に引っかかって、レイプでもされたら先輩の責任ですよ。あ~~、心配だな~~。ゆう子姫、今頃どうしておられるのやら」顔を真っ赤にした安田は、鬼の形相で反撃した。「おい、ゆう子がレイプされたら、俺の責任だと。まったく、お前の頭は、いかれてる。今頃、ゆう子は、楽しそうにイケメンとデートしてるんじゃないか?そう、この前、背の高いイケメンと一緒に校門の前を歩いていたぞ。あれは、間違いなく、ホテル直行だな」

 


春日信彦
作家:春日信彦
モーセの再来
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