革命軍
7月7日(土)七夕の日、高級マンションのような安部医科大学学生寮の南面は、学生が深夜まで勉強していると見えて、夜空の星を思わせるような輝きがちりばめられていた。ひと段落ついた鳥羽は、赤鉛筆で黄色の短冊にへたくそな字で願い事を書いた。ウキウキ笑顔の鳥羽は、スキップしながらベランダに飛び出し、ベランダの東側に立てた笹の枝に短冊をつるした。そして、キラキラと夜空に輝く天の川に両手を合わせた。南から流れてくるそよ風にユラユラと揺れる短冊には、”ますますゆう子姫が健康で活躍されますように”と記されていた。
一生ゆう子姫にお仕えいたしますと心でつぶやいた時、突然、、今朝、スマホから流れてきた安田のささやきがよみがえってきた。そのささやきというのは、全国から同志を集め革命軍を作っている。鳥羽も革命軍に入らないか?という誘いだった。学生が集まってデモをするのであれば、国家も多めに見てくれるが、何らかの武器を手に入れ武装行動に出れば、もはや、デモではなく、テロになってしまう。あくまでも、ストレス発散のたわごとだとは思ってみたが、すでに同志が集まり始めているのなら大変なことになってしまうと気が気ではなかった。鳥羽は革命軍に賛同する気はもうとうなかったが、安田の真意を確かめるために直接聞いてみることにした。
翌日の日曜日、鳥羽は安田を訪ねた。家族のものがいたなら、誰にも話を聞かれない場所で話をしようと思っていたが、幸いにも、安田一人だった。キッチンに案内された鳥羽は、神妙な顔で腰掛けた。安田は、革命軍賛同の返事を期待しているのか柔和な表情で鳥羽を見つめていた。鳥羽は、マジな顔つきで口火を切った。「革命軍の話は、マジですか?」安田は、大きくうなずき答えた。「マジさ。すでに同志は集まり始めている。ぜひ、鳥羽にも参加してほしい。腹は、決まったか?」
賛同する気がない鳥羽は、安田に何と言って返事していいか戸惑ってしまった。「僕は、武力には反対です。学生に武力は似合いませんよ。どうして、革命軍なんて作るんですか?学生デモでいいじゃないですか?警察に知れたら、逮捕されますよ。それでも、いいんですか?強行採決するような政府でも、話し合いで解決できるはずです」安田は、説教に来たことがわかり顔をしかめた。革命軍に反対するものに革命軍の正義を説明する気はなかったが、鳥羽には納得してほしかった。
「そう思うか?鳥羽もマフィア民主主義に洗脳された凡人ということだ。鳥羽は、天才だから、俺の気持ちがわかってくれると思っていたが、残念だ。いいか、全国で、これだけデモをやっても、強行採決がまかり通るんだ。つまり、日本の政党政治はマフィアが作った単なるお芝居だったということだ。真の民主主義政治を樹立するには、革命しかないんだ。そして、革命を実行できるのは我々学生しかいない。俺たちが今、立ち上がらなければ、日本国家はマフィアがのさばる不法地帯になってしまう。いや、日本民族が皆殺しにあうかもしれない」
鳥羽は、目が点になってしまった。安田の被害妄想は、かなり進行しているように思えた。一時間ぐらいの説教では、治療できそうにないと判断した。しかし、このまま素直に被害妄想を認めてしまえば、ますます重症になってしまうと思えた。「先輩のおっしゃることはもっともです。でも、僕たちは、何のために大学で学んでいるんですか?話し合いで問題を解決するために大学で学んでいるんじゃないですか?武力で解決するんであれば、学生もマフィアと同じじゃないですか。武力に頼れば、マフィアを認めることになるんですよ」
安田は、自分たちの正義が鳥羽には全くわかっていないと感じた。「武力というが、なにも、刀を振り回そうというんじゃない。こぶしを武器とするにすぎない。そう、俺たちをテロ集団みたいに言うな。俺たちの革命は、単に政府を倒そうというものじゃない。日本民族の優秀性を世界に知らしめようという平和のための革命なんだ。鳥羽なら知ってるだろう。日本民族は、YAP遺伝子を持っている平和民族なんだ。今、平和民族である日本民族が絶滅する危機に直面している。マフィアは、平和民族である日本人が目障りなんだ。原発、カジノ、水道民営化、人工地震、不正選挙などを使って日本民族を全滅させようとしてるんだ。一刻の猶予もないんだ」
安田の血走った瞳を見つめ、精神病院に連れていくべきじゃないかと不安になった。この症状は、大人社会に対する恐怖からくる思春期に見られる被害妄想だ。このような被害妄想に取りつかれると常識的な理屈が通用しなくなってしまう。高校までは実に現実的だった安田が、なぜこのような妄想に陥ったのか?不思議でならなかった。誰かに洗脳されているんではないかと不安になった。「確かに、先輩の意見は正しいと思います。僕も、今の日本は危機にあると思います。だから、先輩と一緒にデモに参加しているんです。でも、武力はいけません。たとえこぶしといっても、暴力はダメです」
安田の目を見ていると人の意見が全く耳に入っていないようだった。とにかくまっとうな学生運動に戻さないと昭和の悲惨な連合赤軍になってしまうようで背筋がぞっとした。「先輩、とにかく革命の正義はわかります。でも、みんなの意見を取り入れて正々堂々とやりましょう。暴力に頼ってしまえば、それこそ、マフィアの思うつぼじゃありませんか。マフィアは、日本民族を暴力と麻薬の民族にしたいに決まっています。そんな手に乗ってはいけません。頭を冷やしてください」
安田の表情は悪霊に取りつかれたかのように薄気味悪かった。これはかなり重症だと思えたが、真っ向から反対したのでは治療にはならないと思い少し安田の気持ちをいやすことにした。「先輩は、責任感が強いから、少し頑張りすぎてるんです。学生は、先輩の味方です。力を合わせてデモをすれば、必ず、政治は変わっていきます。粘り強く、根気良く、頑張っていきましょう。リノさんもそれを望んでいると思いますよ。もう少し、肩の力を抜いてください」
安田は、突然、テーブルに立ち上がりモーセのように両手を広げた。そして、悪魔が乗り移ったかのように声高に話し始めた。「俺は、モーセだ。神のお告げがあった。奴隷と化した日本民族を救う使命を受けた。日本民族こそ全人類を救うことができる。俺は、戦わねばならない。あ~~神の声が聞こえる。皆を導くのだ。神を信じよ。ならば、授けよう、神の力を」鳥羽は、腰を抜かしてしまった。もう手遅れではないかとさえ思えた。先輩は病気ですとは言えないし、どうしていいかパニックになってしまった。
ヒョイとテーブルから飛び降りた安田は、鳥羽をじっと見つめると表情を瞬時に変えた。マジな表情は、一瞬にして消え去り、満面の笑みが現れた。鳥羽は、完全にいかれてしまったと口をあんぐりと開けてしまった。安田の口から大きな声が飛び出した。「おい、なに、間抜けなツラをして。俺が、気でも振れたと思ったのか?俺は、マジだ。革命を必ず、成功させてみせる。鳥羽、仲間に入れ。お前が入ってくれれば、きっと、革命は成功する。天才鳥羽の力が必要なんだ。頼む、革命軍に入ってくれ」