ピース

 「それは、一大事件じゃないか。本当に、タマタマを抜き取られるのか?間違いないのか?」ピエロは、コクンとうなずいた。「俺は聞いてしまったんだ。先日、時々やってくるウエキとかいうひょっとこみたいな相棒との話を盗み聞ぎしてしまった。主人が言うには、人間は、タマタマを抜き取れば、おとなしくなって、賢くなるそうだ。昔のチャイナでは、抜き取られた奴が、たくさんいたそうだ。そいつらのことを、えっと、カンガンとか言ってた。結局、遠回しに、俺のタマタマを抜き取れば、おとなしくなる、と言ってるに違いないんだ」

 

 これは大変なことになったと風来坊は、笑顔で千夏と話をしている主人を目を吊り上げてじっとにらみつけた。人間というものは腹黒いという。顔はニコニコしていても、腹では何を考えているか分かったものじゃない。でも、今の話を聞いていると人間の話であって、ピエロのタマタマを抜くとは、言ってなかった。風来坊には、あの笑顔の主人がどうしても悪人には見えなかった。もしかすると、人間世界では、タマタマを抜くことは悪行ではないのかもしれないとも思えたが、カラスの頭では判断がつきかねた。

 

 ピエロは、魂を抜き取られたようにバタンと倒れてしまった。倒れたピエロの口から今にも死にかけそうなか細い声が漏れてきた。「もういい。俺は、自殺する。俺は、人間を信じてきた。主人に裏切られた今、何を信じて生きていけばいのか、わからない。誠心誠意、ご主人様に尽くしてきたのに。こんなむごい仕打ちをされるとは」風来坊は気の毒に思えたが、カラスにはネコを助けるすべがなかった。これ以上慰めを言っても、ピエロを悲しませるだけのように思えた。

 

 ここまで話を聞いたからには、いざとなれば家出先を探してやることにした。風来坊は頭を前後に動かし力強い声で元気づけた。「落ち込むんじゃない。まず、事実を確かめることが先決だ。話を聞いていると、人間の話であって、ネコの話ではない。本当にピエロのタマタマを抜こうとしているのか、確かめるのだ。いいな、ピエロ。もし、本当だったら、家出するんだ。家出先は、俺が、きっと見つけ出してやる。いっちゃなんだが、愛猫家の家を結構知っている。任せとけ」

 

 

  話が分かってくれたと思ったピエロは、少し元気が出てきた。身を起こしたピエロは、言われたように事実確認をすることにした。よく思い出してみると、人間の話をしていたが、ネコの話はしていなかった。てっきり、ネコの鳴き声がうるさいから、去勢しておとなしくしようと主人は考えているとピエロは勝手に想像していた。主人を疑った自分が愚かだったような気がし始めた。 

 

 プリンをスプーンで口に放り込んだ千夏は、口をもぐもぐさせながらベランダに目をやり千春に声をかけた。「おじいちゃん、見て、白いハト。めったに見ないよね。糸島には、白いハトがいるんだね。でも、ちょっとブッチョクない。それに、くちばしがバカでかい。もしかしたら、アメリカから飛んできたハトかも。おじいちゃん、どう思う?」

 

千春は、ベランダのテーブルでピエロと仲良く並んでいる白い鳥をじっと見つめた。確かに、白いハトのようだと思ったが、ギンバトにしては体が大きすぎるし、くちばしがバカでかかった。突然変異のハトではないかと思った。「ほう、白いハトのようだけど、ギンバトにしては大きいし、くちばしが特にバカでかい。まあ、突然変異のハトかもしれないね。植物でも動物でも、突然変異ってものがあるんだ。早く言えば、親と全く似ていない子供と言えばいいかな。普通だったら、子供の顔と体型は、親のそれと似るじゃないか。千夏だってお母さんの顔に似てるだろ」

 

 突然変異という言葉を千夏は初めて聞いた。確かに、子供は親に似ている。でも、全く違う子供が生まれることもあるのかと不思議に思った。一度、親の髪は黒なのに、子供の髪はブロンズというのを聞いたことがあった。「そうなの。あのハトは、突然変異か。でも、ちょっとかわいそうね。やはりハトは、かわいくないとね。あのバカでかいくちばしじゃ、かわいくないよ。でも、目が大きくて、賢そうね」

 

 千春もあのハトには知性を感じていた。時々、首をかしげては、何か考えているように思えた。それと、あの鳥が黒かったらカラスに見えるとも思った。もしかしたら、カラスの突然変異とも考えられた。おそらく、こちらのほうが事実じゃないかと思えてきた。鳴き声を聞けば、事実は判明する。ハトは、ククって鳴く。あの鳥もククって鳴くだろうか?もしそう鳴くようだったら、あの鳥は、ハトだ。カ~~、カ~~と鳴けば、カラスということになる。

 

 ピエロと仲良く並んでいるからあの白いハトは、友達に違いないと思った。いつごろから友達になったのだろうかと疑問に思えてきた。「おじいちゃん、あの白いハトは、この別荘に時々来るの?千夏は、初めてあの白いハトを見た。あの白いハトは、人を見ても逃げないのね。普通のハトって、人が近づくと、すぐに飛んで逃げるじゃない。さっき、千夏が、ベランダに行ったんだけど、あの白いハトは、全く驚く様子もなく、じっと千夏の様子を見ていたよ」あの白いハトは、人をじっと観察しているようで、普通のハトではないと思った。

 

 千春は、ますます、あの白い鳥はカラスに思えてきた。カラスは、頭がいい。人を見たからといって、逃げ出さない。じっと、人を観察して、その人の性格を理解しようとしている。一般的に、カラスは頭がいいといわれているが、あの白いカラスは、突然変異で生まれた天才白カラスかもしれない。一回でもいいから、カ~~と鳴けば、すぐにカラスと判別できるのだが、と心でつぶやいた。ベランダの白い鳥は、じっとテーブルの二人の様子をうかがっていた。

 

 「千夏、あの鳥は、なかなか鳴かないね。エサをあげたら、鳴くかもしれない。そうだ、細かくちぎった食パンをあげてみよう」千春は、あの鳥が逃げていかないようにコソ泥のように忍び足でキッチンにかけていった。細かくちぎった食パンを小皿に入れて、さらにゆっくりと忍び足でテーブルに戻ってきた。そして、その小皿を千夏に手渡した。「おじいちゃんがいくと、びっくりして逃げるかもしれない。千夏が、このパンをあげておいで」小さくうなずいた千夏は、小皿を左手に持って、ベランダのガラス戸をそっと開いた。

 

 神妙な顔をして近づいてきた千夏を見て、テーブルのピエロは、首をかしげた。白い鳥は、驚く様子はなく、微動だにしなかった。ちぎられた小さなパンを三個つまみポイっとテーブルに放り投げた。ピエロは、即座に駆け寄りにおいをかいだ。エサではないと判断したピエロは、白い鳥の横に戻ってうつぶせになった。「ハトちゃん、お食べ。パンよ。ちょっと大きすぎるかな」白い鳥は、全く食べようとはしなかった。お腹がすいてないと思った千夏は、そっとガラス戸を閉めてリビングのテーブルに戻ってきた。

 

 テーブルに戻った千夏は、全くエサに反応を見せなかった白い鳥にますます興味がわいた。普通の野鳥だったら、人が近づけば一瞬にして飛んで逃げる。お腹がすいているハトであればエサにがっつく。神社にいるような人慣れしているハトなんかは、エサをもっている人の頭や手に乗ってくる。なのに、あの白い鳥は、人間以上に知的な瞳で、冷静にじっと人を観察している。生まれながらに備わっているであろう本能的な警戒心から逃げようともしない。野鳥でもないし、人懐っこいハトでもない。このような鳥は初めてであった。

 

 「食べなかったね。見向きもしなかったよ。あのハト、パンが嫌いなのかな~~。神社のハトなんか、一斉に集まってきて、我先に喜んで食べるのに。でも、山鳩じゃないと思うよ。人を怖がらないんだもの。スズメなんか、すぐに逃げるじゃない。人を怖がらない野鳥って、いるのかな~~。誰かが飼っているハトだったら、決められたエサしか食べないってこともあるね。おじいちゃん、わかる?」

 

 千春の心の中では、あの鳥はハトではなく、カラスだという思いがますます強くなっていった。あの真っ白い鳥を真っ黒な鳥としてイメージした時、まさに、カラスになるのだった。「おじいちゃんはね、あの鳥はハトじゃないと思う。きっと、カラスだよ。白いから、ハトに見えるだけなんだ。千夏、あの鳥が真っ黒だとイメージしてごらん。カラスになるだろう。大きなくちばしにぶっちょい体型。まさに、カラスだ」

 

 

春日信彦
作家:春日信彦
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