小説の未来(16)

 一方、客観視された事実を記述する学術論文があります。それは実用性があるために多くの人々に支持され高く評価されてきたと思われます。小説ではどうでしょうか?小説は実用書ではありません。だから、工学、建築学、医学などのように現実的な生活に役立ちません。

 

 小説は実務性では評価されないのですが、娯楽の点では支持されてきました。そのために、世界中には数えきれないほどの小説があります。小説にもいろんな内容のものがあると思われます。中には、妄想のようでもむしろ現実を直視したような作品もあります。

 

 妄想は、どこから生まれてくるのでしょうか?意外なことに、実は、言語や五感でとらえた自分なりの現実が基盤となっているのです。その自分なりの現実があるからこそ、妄想は生まれてくるのです。妄想は確かに非現実なるものです。でも、妄想だから現実に役に立たないというとそうでもないのです。

 一般的に科学といわれるものは、現実を直視してひたすら物質と運動を記号化していきます。そのことによって、現実に近づこうとしているのです。一方、小説は、妄想によって現実から逃避しながら非現実世界に向かっているのです。

 

 こう考えてみると、小説は非現実の世界を作り上げ現実を否定しているように思われます。ところが、場合によっては、現実逃避の妄想が現実に近づくことにもなるのです。

 

 例えば、地球の自転が証明される以前では、地球の自転は妄想です。だから、誰しも、地球の自転は笑い話となります。でも、地球の自転が証明されるとそれは、現実となるのです。

 

小説家は、妄想世界の創造者です。だからといって、現実を否定しているのではないのです。現実から逃避し、妄想世界をつくり、そこから今ある現実の世界を眺めているのです。

 

現実から逃避すればするほど、いずれは現実に戻ってくると思っています。つまり、自分が作り上げた常識としての現実世界は、妄想世界から眺めて初めて客観視でき、冷静に意識できるからです。

 

おそらく、現実は、物質と運動から成り立っているように思えますが、また、現実は常識と非常識から成り立っているといえないでしょうか。だからこそ、多くの人は妄想世界を楽しみ、未来に期待できるのではないでしょうか。

 

私の小説は、人類にとって実現不可能とも思える共生が、妄想であり続けながら、現実に近づいてくれることを期待するものです。また、これからも、作家として人間という物質の未来を妄想し続けていきたいと思います。

春日信彦
作家:春日信彦
小説の未来(16)
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