小説の未来(16)

 遺伝子レベルでの解析が可能となった現在でも脳については謎だらけです。人は生まれながらに脳を使っているのですが、日常生活においてほとんどの人は自分の脳について考えないでしょう。

 

 脳をフル回転させて、AIという人工知能を開発できても、生物としての脳を作り出すことは不可能に近いように思えます。また、高性能ロボットを作り出せても、人間を誕生させる精子や卵子を人工的に作り出すことは、まだまだ先のことでしょう。

 

 脳に関心を持たせた作品に安部公房の「R62号の発明」があります。ほんの少し紹介します。ここに登場する最新型天才ロボットR62号は人間の脳が移植されています。そして、R62号の試運転の時、人間の命令に絶対服従するようにプログラムされていたはずのR62号が、購入を考えていた主人に対し殺意を抱き、殺人を実行するのです。

 

 というのは、主人と対面したR62号の頭脳に、突然、完全に消去されたはずの過去の憎しみの記憶がよみがえったのです。人間の脳とは何かを考えさせる感動的で面白い作品です。

                   小説と科学

 

 歴史的なことはわかりませんが、人間は、当初はイメージを使って生きていくために必要なものを創造したと思われますが、言語を作り出せるようになったころから、創造は飛躍的に成長したことでしょう。

 

 そして、脳の進化とともに五感でとらえられる物質は言語化され、さらに、言語はお互いの意思を共有させるための手段となり、また、人に娯楽を与える手段にまで発達したと思われます。

 

 個人的な見解ですが、おそらく、小説は妄想から生まれたのではないかと思われます。人は誰しも妄想します。そして、自分の妄想を誰かに訴えたくて、その妄想を言語化したものが小説ではないでしょうか。

 一方、客観視された事実を記述する学術論文があります。それは実用性があるために多くの人々に支持され高く評価されてきたと思われます。小説ではどうでしょうか?小説は実用書ではありません。だから、工学、建築学、医学などのように現実的な生活に役立ちません。

 

 小説は実務性では評価されないのですが、娯楽の点では支持されてきました。そのために、世界中には数えきれないほどの小説があります。小説にもいろんな内容のものがあると思われます。中には、妄想のようでもむしろ現実を直視したような作品もあります。

 

 妄想は、どこから生まれてくるのでしょうか?意外なことに、実は、言語や五感でとらえた自分なりの現実が基盤となっているのです。その自分なりの現実があるからこそ、妄想は生まれてくるのです。妄想は確かに非現実なるものです。でも、妄想だから現実に役に立たないというとそうでもないのです。

 一般的に科学といわれるものは、現実を直視してひたすら物質と運動を記号化していきます。そのことによって、現実に近づこうとしているのです。一方、小説は、妄想によって現実から逃避しながら非現実世界に向かっているのです。

 

 こう考えてみると、小説は非現実の世界を作り上げ現実を否定しているように思われます。ところが、場合によっては、現実逃避の妄想が現実に近づくことにもなるのです。

 

 例えば、地球の自転が証明される以前では、地球の自転は妄想です。だから、誰しも、地球の自転は笑い話となります。でも、地球の自転が証明されるとそれは、現実となるのです。

 

春日信彦
作家:春日信彦
小説の未来(16)
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