小説の未来(16)

               未知なる脳

 

 そこで、言葉と五感はどこで作られているのでしょうか?ご存知のように、脳です。そして、私たちは、脳で作り出された言葉と五感認識を現実と思っているのです。だから、先ほど述べたように、私たちが知っている現実は、脳でとらえたところの虚像といっていい程度の現実でしかないのです。

 

 しかも、脳というものは、いまだ解明されてはいません。でも、そのことには無関心に、我々は、この未知なる脳で作り出された言葉で作り上げられた虚像の現実をありのままの現実と信じて生きているのです。

 

 生きていく上では、人間関係がうまくいく限り、信じている現実で支障をきたしません。でも、多くの人は、人間関係で何らかの悩みを抱えています。この悩みの原因には、いろいろあるでしょう。

 その原因の一つに、言葉で作り上げられたその人の現実と他者が言葉によって作り上げた現実との摩擦にあるといえます。というのも、人は、生まれた時から無意識に各自の言葉で現実を作り、その現実を唯一無二の現実と信じ込んでいるからです。

 

 おそらく、我々は、多忙な日常生活において、自分の考えや感情を客観的に理解することは難しいと思います。というのも、生まれた時から、”無意識に疑うことなく”言葉や五感で現実を認識してきたからです。

 

 ほとんどの人は、成長する過程で人間関係で悩むときがきます。そして、その悩みの原因を完全に解明することは、できないと思われます。最悪の場合、悩みによる苦痛に耐えきれず、自殺する人もいます。

 

 遺伝子レベルでの解析が可能となった現在でも脳については謎だらけです。人は生まれながらに脳を使っているのですが、日常生活においてほとんどの人は自分の脳について考えないでしょう。

 

 脳をフル回転させて、AIという人工知能を開発できても、生物としての脳を作り出すことは不可能に近いように思えます。また、高性能ロボットを作り出せても、人間を誕生させる精子や卵子を人工的に作り出すことは、まだまだ先のことでしょう。

 

 脳に関心を持たせた作品に安部公房の「R62号の発明」があります。ほんの少し紹介します。ここに登場する最新型天才ロボットR62号は人間の脳が移植されています。そして、R62号の試運転の時、人間の命令に絶対服従するようにプログラムされていたはずのR62号が、購入を考えていた主人に対し殺意を抱き、殺人を実行するのです。

 

 というのは、主人と対面したR62号の頭脳に、突然、完全に消去されたはずの過去の憎しみの記憶がよみがえったのです。人間の脳とは何かを考えさせる感動的で面白い作品です。

                   小説と科学

 

 歴史的なことはわかりませんが、人間は、当初はイメージを使って生きていくために必要なものを創造したと思われますが、言語を作り出せるようになったころから、創造は飛躍的に成長したことでしょう。

 

 そして、脳の進化とともに五感でとらえられる物質は言語化され、さらに、言語はお互いの意思を共有させるための手段となり、また、人に娯楽を与える手段にまで発達したと思われます。

 

 個人的な見解ですが、おそらく、小説は妄想から生まれたのではないかと思われます。人は誰しも妄想します。そして、自分の妄想を誰かに訴えたくて、その妄想を言語化したものが小説ではないでしょうか。

春日信彦
作家:春日信彦
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