世界はこんなに美しい

世界の研究

私は無名の哲学者です。しかし、ある特殊な方法で、カント哲学を研究し、カント哲学を図に表して世界を描くという作業を、十一年間しました。

 

そのほとんどの紙を、母親に無断で捨てられたことが、私にこの文章を書かせています。どうやってカント哲学を表せたかを、書いていきたいと思います。それが、捨てられた紙たちへの供養になると信じて。

 

つまずきの石の指輪

私はひとりぼっちでした。母は、彼氏と暮らし、私は一人でワンルームマンションに八年ほど住みました。その孤独を、一つの指輪が埋めてくれました。

 

その指輪は、不思議な力を持っていました。「上へのぼりたい、向上したい、」という気持ちをたくさん吸収してくれました。毎日頑張って書きたい、という気持ちを支えてくれました。私は幸せだったと思います。

 

この、「上昇欲」は、カントの、「純粋理性批判」への原動力と、不思議なほど似ていたはずです。

指輪は、それを吸収する、しかし、「つまずき」も表すものでした。何故なら、カントもまた、孤独な哲学者であり、自分の理想の追求を、ほとんど人に打ち明けずに一人で哲学したからです。

つまずきの苦しみ

書くことがなくなり、一日の終わりがくると、私は苦しみぬきました。私は精神を病んでいたので、働いてはいなかったのです。「寂しい」と言えない私は、指輪を壁に投げつけ、哲学をやめたいと思いました。

実は、孤独の苦しみの中、上へと進む図が、孤独の中、壁を壊し、カントの世界を築いていったのです。上昇、それが純粋理性批判を築きました。私はその世界がどこかにできていると、信じています。

最上階

ついに、図は、最も美しい世界に到達しました。最上階です。私はまだ指輪を持っていました。私の周りの世界までも、美しさを極めました。義理の父を母に紹介され、立派なマンションに移り住むことを、私は母と義理の父に許可してもらいました。私はあの指輪と一緒に幸せになれるはずだった。

 

しかし、母が、私の幸せを奪いました。私の心の友の指輪をバカにして、持つことを禁じたのです。

ガラガラと、私の支えは崩れました。今思うに、指輪には、カントの哲学がたくさん詰まっていたと思うのですが、私はその指輪を失いました。

私は、それからも哲学を続けました。しかし、指輪なしでは、最上階にはいられませんでした。ガラガラと崩れ去った世界で私はまた孤独に暮らし、せっかく立派な人々を義理の父に紹介されてもうまくつきあえず、心はどんどん病んでいき、私はA病院という、精神病院に入院となりました。

 

karinomaki
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