憎しみがとけるとき

陽性症状と陰性症状

私は統合失調症です。この病気には、陽性症状と陰性症状があります。

 

入院したあと、私は明るかった。友達ができ、部屋でひたすら哲学の図を書き、先生に明るく、「毎日楽しいです。」と言いました。

先生は、洗濯物をたくさんかかえて笑う私に、にっこり笑ってくれたかと思うと、マキさん、調子悪いね、デパケン(精神病薬)増やそうか、と言ったりしました。

 

先生は、これが陽性症状(気分が高揚する)であると知っておられたのでしょう。あんなにショックなことがありながら笑う私を悲しく見ていたのでしょう。

やがて、地獄がやってきました。

私は失った恋にやっと気がつき、わんわん泣きました。決して返ってこない、愛する人へのメール、あの人は、卑怯にも、私の最後の愛のメッセージを、受け取るだけ受け取り、決して返事はしなかった。

恋を失った。しかも、それは、人生最大の恋だったと、陰性症状(気分が落下する)とともに知る、地獄。しかも、私にはもう一つ地獄がありました。

私は一生、この病院に閉じ込められるという強迫観念がきていたのです。

狭い病棟に押し込められ、看護師同伴で一日わずか五分売店に行くだけの日々が三か月続いていたのです。

先生が好き

部屋で激しく泣く私のもとに、先生が電話で呼ばれました。入ってきた先生に、私は「私は、先生が好きです!!」と叫びました。心より先に出た言葉。厳しくて優しい先生を、私を治してくれる先生を、私は我知らず愛し始めていました。

回復期

先生が好きであると自覚すると同時に、私は回復期に入りました。先生は、私に、一日何時間かの単独外出を許可されました。私の憎しみはとけていき、でも、故郷を追われたことはずっとひっかかっていた。しかし、私には、新しく母が用意した土地で、たくさんの出会いがありました。訪問看護士の所長さん、大切な親友、そして、いつも一緒にいると約束してくれた、ボーイフレンド。

 

私の、故郷に住む人への気持ちは完全に消え、私の人生には幸せの花が咲きました。

先生のこと

私は、先生が好き。所長さんが大好き、そして、いつも支えてくれる人までいる。何人も好きな人がいて、そしりをうけるかもしれませんが、これが私の人生観です。結婚しない人生を自分で選んだのですから・・・。

 

どうして結婚しなかったのか。たくさん好きになっていいと、どこかで自分に甘かったのかもしれません。心は自由です。だから、結婚していても、体さえ許さなかったら誰かを他に愛してもいいと思うのですが、奥さんを、子供さんを大事にすることは基本ですね。

私が追われた理由は、「心がつながっている」という、私が口にしたたった一言だったのですが、奥さんの心がせますぎたのですね。かわいそうに思います。

今、私が奥さんより幸せだから思うのでしょうかね?結婚しなかったからこそ、得た幸せだと思っています。

karinomaki
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