デート修行(1)

お願いと聞いて近藤監督は、首をかしげて返事した。「私のようなものでよければ、何なりとおっしゃってください」お菊さんは、もじもじしながらどのようにお願いしようかと考えていた。「なんと言いましょうか、うちの坊ちゃんのことなのですが、その坊ちゃんは誠にうぶと言うか女性にもてません。デートもまともにできないのでございます。お見合いを何度させても、振られてばかりで、本人も自暴自棄になっているようで、何とか坊ちゃんを一人前の男にしてあげたいと思いまして、そこで、お力をお借りしたいわけです」

 

 近藤監督は、何が何だかさっぱり意味がつかめなかった。「デートが苦手ということはわかりましたが、私もモテる方の男ではないので、私に相談されましてもネ~~」お菊さんは少し顔を赤らめて、話を続けた。「まあ、坊ちゃんは、箱入り息子で、デートの経験が少ないといいますか、女性の口説き方を知らないと言いますか、女性の誘い方を知らないと言いますか、女遊びもできないと言いますか、まあ、はっきりいいますと、自分から強引にセックスができないのでございます。そこで、たくましい男にするためにお力をお借りしたいのです」

 

 近藤監督はのけぞって目を丸くした。彼もAV監督をやっていたが、デートが苦手で、うまく女性をその気にさせるのは苦手だった。「いや~~、それは、ますます困りましたな~~。僕も、意外とおくてなんでして、いまだ独身なのです。監督業と女性を口説くのはちょっと違いまして、私の方が教えてほしいぐらいです。ご期待に応えられなくて申し訳ありません」近藤監督は、頭を下げて申し訳なさそうに頭をガリガリかいた。

 

 お菊さんは、大きな勘違いをさせてしまったことに恐縮してしまった。「近藤監督、頭をおあげください。お菊のお願いと言うのは、監督にご指導いただきたいというのではありません。ちょっと、女優の方とお見合いさせていただきたいのです。いかがでしょう」監督は、お見合いと聞いてますますわけがわからなくなった。「お見合いですか?いったい誰とです?まさか、AV女優ってわけはないですよね」

 

 お菊さんは、目が飛び出さんばかりに目を見開くと返事した。「その、まさかです。どなたか、坊ちゃんとお見合いしていただきたいのです。そして、女の甘い味を教えていただき、セックス大好き男に変身させていただきたいのです。どなたか、ご紹介いただけませんか?タダとは申しません。あくまでも、デートの演技ですから、出演料はお支払いいたします。いかがなものでしょう」

 

デートの演技と聞いて面食らったが、AV業界の不景気はますます激しくなっていた。エロアニメの普及が主な原因ではないかと監督は思っていたが、原因はともかく不景気の加速で多くのAV制作会社は倒産寸前に追い込まれていた。かつては高収入が期待されるAV業界に美少女たちは飛び込んできたが、このごろは、たとえ収入が少なくとも、アイドルグループにこぞって飛び込むようになってしまった。一時期人気があったAV嬢も仕事が激減し、クラブ、キャバクラ、ソープなどの副業で生計を立てていた。

 

近藤監督は、仕事がなくて嘆いているAV嬢を見るとどんな役でもいいから仕事を与えてやりたいと思っていた。目を閉じた近藤監督は、腕組みをしてしばらく考え込んだ。AV嬢の仕事にしては、デートの仕事は荷が重いように思えた。だが、失業寸前の彼女たちに仕事の選択などと言うぜいたくは許されないように思えた。パッと目を見開いた近藤監督は両ひざをポンと叩き返事した。「AV嬢にデートの依頼は初めで、成功の自信はありませんが、AV嬢と言えども女優の端くれです。やって、やれないことはないでしょう。要は、坊ちゃんをセックス大好きエロ男に変身させればいいのですね」

 

ニッコと笑顔を作ったお菊さんは、身を乗り出して返事した。「はい。ライオンのようなたくましいセックス大好きエロ男に変身させていただきたいのです。やっていただけますか。あくまでも、嘘のデートですから、セックス指南をいただいて、3か月後にはきっぱりと別れていただければ結構です。ところで、依頼料は、おいくらほどお支払いすればよろしいでしょうか?」

 

 目を輝かせもう一度腕組みをした近藤監督は、頭の中に近藤プロダクション所属のAV嬢を思い浮かべ適任者はいないか、じっと考えてみた。うぶで生真面目な坊ちゃんをうまく誘惑できて、おしゃべりも得意で、若干品がって、知性的で、こんなAV嬢は、果たして・・、そうだ、新人のあの子であれば、素のままでうまくやれるかも?大きくうなずいた近藤監督は、自信たっぷりに返事した。

 

 「このようなデートの仕事は初めてです。しかも、外務大臣の御子息であられるお坊ちゃまのお見合い相手の仕事ですから、着物が似合うような上品さがあって、美人で、教養もあって、おしゃべりも上手で、これらの条件を兼ね備えたかなりハイレベルの女優を手配しなければなりません。さらに、男を惑わすほどの色気があって、25歳前後の女優となれば、ちょっと高くつきますが、よろしいですか?」お菊さんは、一瞬顔が引きつった。やはり、プロに頼めば高くついたと思ったが、ここまで来たら後には引けなくなった。

清水の舞台から飛び降りる気持ちでゆっくりうなずいた。「はい、おいくらでしょう」笑顔を作った監督は返事した。前金で、50万。仕事終了後50万です。それと、福岡以外でデートする場合、女優の交通費と宿泊費は別途負担していただきます。これでよろしければ手配します」100万と交通費、宿泊費。確かに高いと思ったが、いまさら福岡までやってきてみじめな気持ちで帰りたくなかった。このデートで博多のイモを忘れさせることができるのであれば、安いものだと思った。口を真一文字にしたお菊さんは、握り拳を作って返事した。「分かりました。お願いします。50万は、東京に戻り次第、即刻振り込みます」

 

 契約成立に笑顔を作った近藤監督は、適任者と思われる季実子を早速会わせることにした。「それではお見合い相手を呼んでまいります。お時間は、まだよろしいですか?」お菊さんもお見合い相手が気になっていた。監督が選任したAV嬢だから不平は言えないと思ったが、やはりマスクが気になった。履歴書には、坊ちゃんが気にいるような履歴を書けば問題ないと考えていたが、あまりにも下品そうなマスクであればチェンジをお願いしようと思っていた。

 

 お菊さんは、身を乗り出し返事した。「はい、ぜひ、お見合いをしてくださるAV嬢にお会いしたいと思います。坊ちゃんは、面食いな方ではないのですが、上品で教養がある女性がお好みなんです。よろしくお願いします」監督は、きっと気にいっていただけると内心思っていたが、季実子がこの仕事を引き受けてくれるかどうか不安になった。万が一断るようなことがあれば、この仕事はふいになってしまう。教養があって上品なAV嬢は季実子以外にいなかったからだ。

 

10分ほど待っていただけますか。彼女に仕事の内容をある程度話してまいりますので。谷崎さんも何か要望があれば彼女にしっかり伝えてください」お菊さんは、部屋に残されると現れるAV嬢のことが気になってきた。AV嬢がうまく坊ちゃんを誘惑できるか疑問に思い始めた。坊ちゃんは自分からホテルには誘うことはしないから、坊ちゃんを興奮させ自然にベッドに誘惑できなければ、このセックスデートは失敗に終わってしまう。お菊さんは、自分がお見合いするかのように胸がどきどきしてきた。

 

 監督が部屋を出て15分ほどたつとコンコンとノックの音がした。即座にドアが押し開けられると遠慮がちにAV嬢が顔をのぞかせた。「失礼します」一瞬ご令嬢かと思うほどの上品なマスクが目に飛び込んできた。お菊さんは、即座に立ち上がって挨拶をした。「仕事を依頼しました谷崎と申します。よろしくお願いします」季実子はお菊さんの正面に腰掛けると早速話しかけた。「今回のお仕事は初めての経験になりますが、それでもよろしいでしょうか?全力は尽くしますが、お相手は素人さんですから、ちょっと自信はございません」

お菊さんは目の前のAV嬢をまじまじと見つめた。しばらく見つめた後尋ねた。「あなたは本当にAV嬢ですか?品のある顔立ちで清楚な風貌をしていらっしゃる。資産家のご令嬢と言ってお見合いされても全く疑われることはないんじゃないかしら。ご令嬢のようなAV嬢の方もいらっしゃるのね。あなたなら、申し分ないわ。きっと、坊ちゃんは気にいるわ」お菊さんは感心した顔で改めてまじまじと見つめた。

 

 顔を真っ赤にした季実子は、仕事の話をすることにした。「国会議員でいらっしゃるお坊ちゃまと見合いをして3か月間デートをする仕事だと聞きましたが、そのほかになにかやってほしい御要望はりますか」お菊さんは、坊ちゃんの性格を知らせておくことにした。「確かに、3か月間デートしていただければいいのですが、坊ちゃんは、とってもおくてで、恋愛経験もあまりないのです。だから、自分から女性をホテルに絶対誘いません。だから、あなたが、うまくベッドに誘惑して甘いセックスを味合わせてやってください。早い話、坊ちゃんをセックス大好きライオンにしてほしいのです。

 

季実子は、眉間に皺をよせ困り果てた表情を作った。ベッドに誘惑してほしいと言われますます自信を無くしてしまった。「私にできるでしょうか?AV女優は男優のリードで演技します。色摩の役もありますが、あれは男性を喜ばす演技であって、素人相手では、あまりにも不自然です。生真面目でうぶな坊ちゃんを自然に誘惑できるか自信がありません。実を言いますと、私も恋愛経験があまりないのです。ちょっと、私には荷が重いようです。ほかの方を探されてはいかがでしょう」

 

断られたお菊さんは、一瞬固まってしまった。女が誘惑してセックスさせることは簡単なことのように思っていたが、例外はあるわけだし、その例外に坊ちゃんが当てはまるように思えた。品位があってご令嬢に見えるAV嬢などそうどこにでもいるものではない。季実子に断られたらおそらく適任者は見つからないように思えた。成功するかどうかはやってみなければわからない。ちょっとプレッシャーをかけ過ぎたことに気が付いたお菊さんは、適任者は季実子しかいないことを強調することにした。

 

笑顔を作ったお菊さんは、季実子の気持ちを楽にするためになるべくお世辞を交えながら話すことにした。「季実子さん、そう悲観しないでください。あなたにしかできない仕事だと思っています。気品があって、知性的で、言葉遣いも上品な人は、そうどこにでもいるものではありません。季実子さんのようなお見合い相手を探していたのです。デートはやってみなければわかりません。季実子さん流で構いませんからやっていただきたいのです。デートのセッティングで要望があれば何なりとおっしゃってください」

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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