デート修行(1)

笙子を援護するコロンダ君のにやけた顔を見た途端、お菊さんはイラっと来た。お菊さんにとっては、老人や子供たちに喜ばれる福祉活動をやっいてたからと言っても、笙子はにっくき敵でしかなかった。イライラが募りほほをピクピクさせたお菊さんは、笙子が憎いあまり福祉活動までけなし始めた。「慰問活動ね~。まあ、悪いことではないけど、自慢することでもないわよね。福祉活動するのがいい女の条件になるなんて、聞いたこともなわ。やっぱ、いい女の条件は、マスクと家柄じゃないかしら。まあ、厚化粧とコスプレしかできないイモ女よりは、福祉活動をやっている方がいい女だとは思うけど」

 

徹底して笙子をけなすお菊さんにお手上げだったが、いつかきっとわかってもらえる日が来ると信じたかった。どんなに反対されてもけなされても、お菊さんが分かってくれるまで根気よく笙子の良さを訴えることにした。「そうでしょ。イモでも心が優しければいいじゃないですか。蓼(たで)食う虫も好き好きっていうじゃないですか」お菊さんは、どうしてあんな博多のイモを好きになったのか不思議でならなかった。あの忌々しいイモを忘れさせるには、女遊びをさせるのが一番とますます思えてきた。

 

お菊さんは、男を骨抜きにできるほどの色気のあるいい女はいないかしばらく考え込んでいた。極上の女の味を味わってしまえば、イモがいかにまずいか気づくに違いないと思えた。コロンダ君は、黙りこくってしまったお菊さんに声をかけた。「お菊さん、何、考え込んでいるんですか。ご令嬢には、悪いことをしていると思いますが、今回のお見合いまでは、やってみます。でも、今回までですからね。悪く思わないでください。これ以上、先方にご迷惑をかけるわけにはいきません」

 

現段階では、ゴリ押しはなんの成果も生まないと悟ったお菊さんは、一度うなずき返事した。「坊ちゃんの気持ちは、よ~~く分かりました。今回のお見合いはなかったことにします。だからと言って、あのイモとの結婚を許したわけではありませんよ。それと、今後は女の勉強に励んでいただきます。坊ちゃんには、いろんなことを教えてきましたが、抜けていた勉強がありました。それは、女体学です。女と言うものは、性感で考えるものです。これからは、嫌と言うほどセックスをしていただきます。覚悟はいいですね」

 

コロンダ君は、お菊さんの意味不明の弁舌にあきれ返ったが、この場は丸く収めた方が賢明と思い、ニコッと笑顔を作り、ハイと返事した。「お菊さんのおっしゃることは、ごもっともです。確かに僕は、女性のことはよくわかりません。実のところ、笙子のこともよくわからないのです。笙子は何を考えているのかさっぱりわかりません。でも、好きなのです。はっきり言って、僕は恋愛が苦手なんです。学生時代に恋愛らしきものをしたように思うのですが、結局、振られてしまいました。女性に関しては、お手上げなんです」

お菊さんは、しばらく深刻な顔つきで話に聞き入っていたが、突然ニコッと笑顔を作った。「坊ちゃん、次回のお見合いは、やってもらいます。最終的に、嫌なら断っても構いませんが、でも、3ヶ月間はデートしてもらいます。女の勉強にはデートは不可欠です。真剣にデートをやってみるのです。いいですね」お菊さんには、名案が浮かんでいた。コロンダ君も気持ちのこもったデートもせずに一方的に断るのは、相手に失礼だと思っていた。「分かりました。デート期間中は、笙子のことをきっぱりと忘れて、真剣に相手のことを思ってみます」

 

お菊さんは、笑顔を作るとコロンダ君の肩をポンと叩き、部屋を出て行った。お菊さんは、自分の部屋に戻ると名刺ファイルをめくり、AV近藤監督の名刺を探した。近藤ヒカルの名刺に目が留まるとファイルから引き出した。彼との面識は、つい先月のことだった。8月に出版したエロ小説“尼の淫靡な生活”を読んだ近藤監督は、ぜひ、”尼の淫靡な生活“をわが社で映画化させてほしい、とお菊さんの家までやってきたのだった。

 

AV

 

 早速、近藤監督と125日(火)午後3時に面会の約束を取ったお菊さんは、当日午前10時のANA航空券を取った。コロンダ君には法事があるので京都の実家に三日ほど泊まると言って出掛けた。コロンダ君は、頭痛の種のお菊さんがいなくなっただけで気分が爽快になり、しばらく帰ってこなければいいと思った。西中洲日活ビル7階にある近藤監督の事務所に310分前に到着すると監督との面会を受付に申し出た。応接室に案内されたお菊さんは、ベージュのソファーに腰掛け5分ほど待つと近藤監督が笑顔でドアを開いた。

 

 お菊さんの正面に腰かけた近藤監督は、笑顔で挨拶した。「遠路はるばるよくぞいらっしゃいました。たまには、田舎に旅をされるのもいい息抜きになってよろしいでしょう。早速ですが、御用件と言うのは、例の作品の確認でしょうか?そのことであれば、御心配はありません。試写会を行い谷崎様に最終チェックをお願いしようと思っていたところなのです。費用の面もありますので少しご不満な点もあるかと思いますが、その点はご勘弁ください。AV業界は不景気でして、資金不足なのです」

 

 お菊さんは、AVビデオのことはよくわからないためうなずいては軽く相槌を打っていた。「AVビデオの制作は大変なのでしょうね。私は物書きで、ビデオ製作についてはよくわかりません。ところで、今日お伺いしたのは、ビデオ制作のことではありません。ちょっとしたお願いが。それが、ビデオとは全く関係ないお願いで。まあ、笑われるかもしれませんが、お聞きくださいますか」

お願いと聞いて近藤監督は、首をかしげて返事した。「私のようなものでよければ、何なりとおっしゃってください」お菊さんは、もじもじしながらどのようにお願いしようかと考えていた。「なんと言いましょうか、うちの坊ちゃんのことなのですが、その坊ちゃんは誠にうぶと言うか女性にもてません。デートもまともにできないのでございます。お見合いを何度させても、振られてばかりで、本人も自暴自棄になっているようで、何とか坊ちゃんを一人前の男にしてあげたいと思いまして、そこで、お力をお借りしたいわけです」

 

 近藤監督は、何が何だかさっぱり意味がつかめなかった。「デートが苦手ということはわかりましたが、私もモテる方の男ではないので、私に相談されましてもネ~~」お菊さんは少し顔を赤らめて、話を続けた。「まあ、坊ちゃんは、箱入り息子で、デートの経験が少ないといいますか、女性の口説き方を知らないと言いますか、女性の誘い方を知らないと言いますか、女遊びもできないと言いますか、まあ、はっきりいいますと、自分から強引にセックスができないのでございます。そこで、たくましい男にするためにお力をお借りしたいのです」

 

 近藤監督はのけぞって目を丸くした。彼もAV監督をやっていたが、デートが苦手で、うまく女性をその気にさせるのは苦手だった。「いや~~、それは、ますます困りましたな~~。僕も、意外とおくてなんでして、いまだ独身なのです。監督業と女性を口説くのはちょっと違いまして、私の方が教えてほしいぐらいです。ご期待に応えられなくて申し訳ありません」近藤監督は、頭を下げて申し訳なさそうに頭をガリガリかいた。

 

 お菊さんは、大きな勘違いをさせてしまったことに恐縮してしまった。「近藤監督、頭をおあげください。お菊のお願いと言うのは、監督にご指導いただきたいというのではありません。ちょっと、女優の方とお見合いさせていただきたいのです。いかがでしょう」監督は、お見合いと聞いてますますわけがわからなくなった。「お見合いですか?いったい誰とです?まさか、AV女優ってわけはないですよね」

 

 お菊さんは、目が飛び出さんばかりに目を見開くと返事した。「その、まさかです。どなたか、坊ちゃんとお見合いしていただきたいのです。そして、女の甘い味を教えていただき、セックス大好き男に変身させていただきたいのです。どなたか、ご紹介いただけませんか?タダとは申しません。あくまでも、デートの演技ですから、出演料はお支払いいたします。いかがなものでしょう」

 

デートの演技と聞いて面食らったが、AV業界の不景気はますます激しくなっていた。エロアニメの普及が主な原因ではないかと監督は思っていたが、原因はともかく不景気の加速で多くのAV制作会社は倒産寸前に追い込まれていた。かつては高収入が期待されるAV業界に美少女たちは飛び込んできたが、このごろは、たとえ収入が少なくとも、アイドルグループにこぞって飛び込むようになってしまった。一時期人気があったAV嬢も仕事が激減し、クラブ、キャバクラ、ソープなどの副業で生計を立てていた。

 

近藤監督は、仕事がなくて嘆いているAV嬢を見るとどんな役でもいいから仕事を与えてやりたいと思っていた。目を閉じた近藤監督は、腕組みをしてしばらく考え込んだ。AV嬢の仕事にしては、デートの仕事は荷が重いように思えた。だが、失業寸前の彼女たちに仕事の選択などと言うぜいたくは許されないように思えた。パッと目を見開いた近藤監督は両ひざをポンと叩き返事した。「AV嬢にデートの依頼は初めで、成功の自信はありませんが、AV嬢と言えども女優の端くれです。やって、やれないことはないでしょう。要は、坊ちゃんをセックス大好きエロ男に変身させればいいのですね」

 

ニッコと笑顔を作ったお菊さんは、身を乗り出して返事した。「はい。ライオンのようなたくましいセックス大好きエロ男に変身させていただきたいのです。やっていただけますか。あくまでも、嘘のデートですから、セックス指南をいただいて、3か月後にはきっぱりと別れていただければ結構です。ところで、依頼料は、おいくらほどお支払いすればよろしいでしょうか?」

 

 目を輝かせもう一度腕組みをした近藤監督は、頭の中に近藤プロダクション所属のAV嬢を思い浮かべ適任者はいないか、じっと考えてみた。うぶで生真面目な坊ちゃんをうまく誘惑できて、おしゃべりも得意で、若干品がって、知性的で、こんなAV嬢は、果たして・・、そうだ、新人のあの子であれば、素のままでうまくやれるかも?大きくうなずいた近藤監督は、自信たっぷりに返事した。

 

 「このようなデートの仕事は初めてです。しかも、外務大臣の御子息であられるお坊ちゃまのお見合い相手の仕事ですから、着物が似合うような上品さがあって、美人で、教養もあって、おしゃべりも上手で、これらの条件を兼ね備えたかなりハイレベルの女優を手配しなければなりません。さらに、男を惑わすほどの色気があって、25歳前後の女優となれば、ちょっと高くつきますが、よろしいですか?」お菊さんは、一瞬顔が引きつった。やはり、プロに頼めば高くついたと思ったが、ここまで来たら後には引けなくなった。

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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