デート修行(1)

意味のない言葉を何回も聞かされたコロンダ君は、あたかも聞いているふりをして頭は眠っていた。「お菊さんの親切は心から感謝しています。でも、何度も言ってるように、すでに決めた人がいるんです。お菊さんに申し訳ありません。もうこの辺で勘弁してください」お菊さんは、苦虫をつぶした表情で話し始めた。「坊ちゃん、まだ、あんな博多のイモに未練があるのですか。女を切り捨てるのも、男の甲斐性です。さっさと、手を切りなさい」

 

このような非道な話がこの一年続いていた。お菊さんは、笙子は政治家の妻としてふさわしくないと言い張り、彼女との結婚に断固反対し続けていた。また、コロンダ君に天下を取らせるために天皇家とつながりのある大物政治家もしくは財閥のご令嬢と結婚させようと躍起になっていた。「お菊さん、僕は、天下なんて取りたくありません。天下を取って、いったいどうなるというのですか。マフィアの子分になって、大きな顔をしても、何の自慢にもなりません。お菊さん、もっと現実を見つめてください。今、日本は貧困植民地になりつつあるんです。むしろ、日本に必要なのは労働者革命なんです」

 

いつものようにお菊さんは目をつり上げ豹変した。コロンダ君を睨み付けると手を震わせ話し始めた。「坊ちゃん、自分が言っていることが分かっているのですか。坊ちゃんは、アメリカのイヌでいいのです。日本は、アメリカのイヌになったからこそ、今の豊かな国になれたのです。アメリカの軍事力は低下し続けているでしょ。今こそ、アメリカ軍を支援するために、大日本帝国は軍事力強化を図るときなのです。坊ちゃんこそ、現実を直視してください」

 

あきれ返った表情のコロンダ君は、これ以上議論してもいつものような平行線をたどるとうんざりしたが、この際家出する覚悟でとことん議論することにした。「お菊さんには、長い間お世話になりました。今まで、お菊さんの言う通り、やってきたと思います。でも、結婚に関しては、お菊さんに従うわけにはいきません。僕には僕の人生があるんです。もうこれ以上、お見合いは致しません。お菊さんに迷惑をかけるだけです。分かってください、お菊さん」

 

肩を落としたお菊さんは、気落ちした声で話し始めた。「坊ちゃんは、博多のイモと言う魔物に取りつかれてしまったんですね。もうおしまいです。坊ちゃんは、総理大臣になれる家系に生まれたにもかかわらず、この幸運を自ら捨てるなんて。お父様がお聞きになったら、絶望して、ショック死なされるかもしれません。もう一度、じっくりと将来のことを考えてみてください。人生は、一度きりです。七転び八起きと言う格言がありますが、一度つまずくと二度と立ち上がれなくなることだってあるのです。特に、政界においては、人脈なくして天下は取れません。本当に、天下を取りたくないのですか?」

父親の期待に応えられないことに恐縮したが、コロンダ君はマジに返事した。「はい、父親の期待に応えられないのは、とても申し訳なく思っています。でも、僕は、政界には向いていないと思っています。今期限りで、議員をやめる覚悟です。お菊さんにも大変ご迷惑をかけしたことを何と言ってお詫びしていいか分かりません。どうか、分かってください」お菊さんは、肩を落として黙って聞き入っていた。

 

このままではコロンダ君に押し切られてしまうと直感したお菊さんは、戦法を変えることにした。「そうですか。とっても残念です。お母さんにはなれなくとも、長い間、精一杯、坊ちゃんのためにお世話をしてまいりました。でも、残酷じゃありませんか。本当に、神様はいるのでしょうか。坊ちゃんが、政界から去ると決意なされたことは、お菊の育て方が誤っていたということですね。もはや、お菊は用なしのババアでしかありません。これ以上、生き恥をさらしたくはありません。死んでお詫び申し上げます。坊ちゃん、不甲斐ないお菊をお許しください」

 

死んで、と聞いたコロンダ君は目を丸くして跳び上がってしまった。意表を突かれたコロンダ君は、なんといって返事していいか分からず、金魚のように口をパクパクさせてしまった。自分に落ち着け、落ち着け、と言い聞かせどうにか言葉を絞り出した。「ちょ、ちょ、ちょっと、そう、悲観しないでください。お菊さんが悪いなんて、一言も言っていません。お菊さんには、感謝しています。お菊さんを見捨てたりなんかしませんよ。これからも、ずっと、僕のお母さんでいてください。結婚しても、一緒に暮らしたいと思っています」

 

作戦成功とほくそ笑んだお菊さんはさらに追い打ちをかけた。「でも、坊ちゃんが国会議員をやめてしまえばお菊は用なしじゃない。さらに、あの忌々しいイモと結婚してしまえば、粗大ごみ扱いされて捨てられるのは目に見えてるわよ。もう、お菊には生きていく場所はないのよ。孤独死するしかないのね。そう、旅に出ようかしら。冬の日本海はきっと冷たいわよね。断崖絶壁に立って神にお祈りするわ。すべては、お菊が悪うございました。どうか、お菊の罪をお許しくださいと」

 

コロンダ君は、とんでもないことになってしまったと手が震えだしてしまった。突然、立ちあがったコロンダ君は、素早くお菊さんの右横に立つと泣きそうな顔で慰めた。「お菊さん、考え過ぎですよ。結婚しても一緒に住みますから、そんなに嘆かないでください。笙子は、お菊さんを毛嫌いするような女じゃありません。きっと、三人でうまくやっていけますよ。涙を拭いて、元気を出してください」

コロンダ君はハンカチをお菊さんに手渡し、席に戻った。お菊さんは、うそ泣きの涙にハンカチを当て一層悲しい表情を作った。そして、涙声で話し始めた。「でも、坊ちゃんはの恐ろしさを知らないのよ。いったん結婚してしまえば、あのイモは夜叉になるに決まってるわ。毎日、いびられて追い出されるに決まってるわよ。すべては、お菊が悪いんです。潔く自害します。同情なんて、いりません」

 

これ以上どうやって慰めればいいかわからなくなってしまった。ここはひとまずお菊さんの気持ちを汲んで、自害だけは防ぐことにした。「お菊さん、僕もちょっと、浅はかだったように思います。確かに政治家には向いてないと思いますが、やるだけのことをやってもいないのに逃げ出すようなことを言ったことは、恥ずかしいことでした。天下は取れなくとも、国政をよくするための努力はすべきだと思います。どうにかして、貧困問題を解決すべく努力していきます。今後も、お菊さんのご支援、よろしくお願いします」

 

どうにか手のひらに載せることができたと思ったお菊さんは、小さくうなずきハンカチを握りしめ返事した。「坊ちゃんにお願いされれば、お菊は命を投げ出してもお仕えいたします。そのためには、まず、結婚が第一です。一刻も早く、ご結婚をなされ、御父上に孫をお見せください。京女は最高ですよ。一刻も早く、博多のイモなんか切り捨てて、京女を賞味なさってください。きっと、お気に召しますから」お菊さんは、頑として博多のイモだけは、許す気になれなかった。

 

お菊さんの笙子嫌いには、手に負えなかった。笙子がいとこであることを考えれば、確かに結婚相手として、ふさわしとは言えない。でも、法律で禁じられているわけではない。現に、江戸時代までは、いとこ同士で何の問題もなく結婚をしていた。特に、皇族、貴族では、いとこ同士の結婚が尊ばれていた。血が濃くなることは、奇形児の発生率が高くなるとは聞いているが、それはあくまでも確率であって、必ず奇形児が生まれるわけではない。笙子との結婚は、根気よく説得する以外にないと思えた。

 

ニコッと笑顔を作ったコロンダ君は、結婚の話を避け、社会情勢の話をすることにした。「日本は、急激に貧困化しています。政治家が取り組まなければならないことはたくさんありますが、その中でも、若者の低賃金労働対策と親による子供の虐待対策ではないでしょうか。不当労働問題対策として、第一に、労働組合の強化だと思っています。現在、大企業は派遣社員中心の労働で成り立っています。そのため、労働者は団結できず、労働者の権利が主張できなくなっています。このままだと、労働者は、奴隷と化してしまいます。今後、最優先で派遣社員制度の改革をやって行こうと思っています」

 

お菊さんは、政治のことはどうでもよかったが、何度もうなずいて、コロンダ君の機嫌を取った。「坊ちゃんのやる気をお聞きして、お菊は安心しました。坊ちゃんなら、きっと総理になれます。日本のため、世界のために頑張ってくださいませ。お菊は、どこまでもお供致します。でも、大物になるには、女心をつかまなければなりません。女心を熟知するには、いい女の味を知らなければなりません。イモ女の味しか知らないようでは、女を知っているとは言えません。とにかく、セックスは多いほどいいのですよ、坊ちゃん」

 

お菊さんの魂胆が見え見えで、コロンダ君の表情はしかめっ面になった。女遊びをさせて笙子と別れさせつもりだということは、百も承知していた。「お菊さん、僕は女遊びをしたいとは思いません。愛する人と結婚できれば、それでいいのです。僕は、政治家として、正義を貫きたいのです。日本人を奴隷化するような派遣システムには断固反対なのです。マフィア政治と断固闘っていきます。たとえ、暗殺されようとも、ケネディーのごとく正義を貫いて死にたいのです。日本民族を守り通して死にたいのです」

 

父親の女好き遺伝子を受け継いでいるはずと思っていたが、女遊びをこうもきっぱり拒否されては、次の手が思いつかなかった。「坊ちゃんの正義は、見上げたものです。でも、この世の中、女が半分いるのです。女を使いこなせなくては、政治はできません。坊ちゃんは、愛する女とおっしゃいましたが、まだまだ、女性経験が足りません。もっと、女性遍歴を重ねたうえで女を品定めされるべきです。そうすれば、愛する女も、いい女もわかってくるのです。イモは所詮イモなのです。もっとおいしい果物を召し上がってください。お菊のようなおいしい果物に出くわすまで、お遊びください」

 

コロンダ君は、ここまで自画自賛するといは思わなかった。しつこくて屁理屈をこねるお菊さんのような女性がいい女とでも言いたいのだろうか。どんなに美人でも、お菊さんのように自意識過剰でしつこいのであれば、美人は御免こうむりたい気持ちになった。「お菊さん、女性は美人で家柄がいいのに越したことはないと思います。でも、人の価値は、顔や家柄で決まるものでしょうか?僕は思うのです。その人のやっていることに価値があると」

 

コロンダ君は、笙子の活動をお菊さんに教えることにした。コロンダ君は、彼女の福祉活動から心の優しさを感じていた。「お菊さん、笙子を嫌っているようですが、彼女にもいいところがあるんです。今、老人ホームや児童養護施設を回って、彼らを歌で元気づけているんです。そのような行動に、彼女の素晴らしさを感じるのです。マスクはイモかもしれません。でも、いいじゃないですか。おじいちゃん、おばあちゃん、子供たちに、とっても人気があるんですよ。こういう女性も評価されていいんじゃないでしょうか?」

春日信彦
作家:春日信彦
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