デート修行(1)

                                 呪縛(じゅばく)

 

 コロンダ君はお菊さんの気配を感じると頭痛が起きるようになっていた。お菊さんはコロンダ君の顔を見るたびにお見合いの話を持ち出すのだった。コロンダ君は2年前からお見合いを強制され、すでに10回もお見合いをさせられていた。お菊さんは、一刻も早く結婚させようと美人で由緒あるご令嬢を探し出しては、お見合いをさせていた。お見合いの相手は申し分ない京美人で家柄もよかったが、コロンダ君は、極力相手を傷つけないようにすべて断った。

 

笙子との結婚を決めていたコロンダ君は、一応はお見合いしても最終的に何らかの理由をつけて結婚を断っていた。お菊さんは、コロンダ君の気持ちを十二分に分かっていたが、笙子との結婚は天下を取らせるにはふさわしくないと思い反対していた。コロンダ君は、自分の気持ちを何度もお菊さんに訴えたが、お菊さんは聞く耳を持たなかった。と言うのも、心筋梗塞で倒れて入院した父親の体調が思わしくないため、一刻も早くコロンダ君を大臣にさせたかった。

 

そのためには、政略結婚が不可欠と考えていた。万が一、政界にまったく力のない笙子と結婚してしまえば、総理どころか大臣にもなれないと思い、お菊さんは笙子との結婚の邪魔をしていた。お菊さんの頑固さに辟易していたコロンダ君は、もし、これ以上笙子との結婚の邪魔をするならば、家出しようと思うようになっていた。最近は、毎日のようにコロンダ君の書斎に現れては、天下を取るための心構えを繰り返し話すのだった。

 

壁時計の短針が、8時をさし、長針が12時を回った。時計に合わせようにお菊さんの足音が近づいてきた。そして、足音が止まるとコンコンとノックの音が響いた。コロンダ君は、大きなため息をつきガクッとうなだれて「はい、どうぞ」と返事した。静かにドアが開かれると作り笑顔のお菊さんが現れた。テーブルに腰掛けると早速、三枚ものお見合い写真を並べた。最近では、お菊さんの顔を見ると首を絞めたくなる衝動にかられ、自分の心が怖くなっていた。

 

お菊さんは吊り上げた目を一瞬丸くしてやわらかい口調で話しかけた。「坊ちゃん、最近元気が無いじゃない。もっとはつらつとした笑顔を作らないとモテないわよ。今度のは、今までで一番のお相手よ。きっと、気にいるから。焦ることはないわ。この人だと思う人に当たるまで何回でもアタックすればいいのよ。振られたからって、落ち込んでいたら、ますます振られ癖がついちゃうから。さあ、ニコッと笑って」

意味のない言葉を何回も聞かされたコロンダ君は、あたかも聞いているふりをして頭は眠っていた。「お菊さんの親切は心から感謝しています。でも、何度も言ってるように、すでに決めた人がいるんです。お菊さんに申し訳ありません。もうこの辺で勘弁してください」お菊さんは、苦虫をつぶした表情で話し始めた。「坊ちゃん、まだ、あんな博多のイモに未練があるのですか。女を切り捨てるのも、男の甲斐性です。さっさと、手を切りなさい」

 

このような非道な話がこの一年続いていた。お菊さんは、笙子は政治家の妻としてふさわしくないと言い張り、彼女との結婚に断固反対し続けていた。また、コロンダ君に天下を取らせるために天皇家とつながりのある大物政治家もしくは財閥のご令嬢と結婚させようと躍起になっていた。「お菊さん、僕は、天下なんて取りたくありません。天下を取って、いったいどうなるというのですか。マフィアの子分になって、大きな顔をしても、何の自慢にもなりません。お菊さん、もっと現実を見つめてください。今、日本は貧困植民地になりつつあるんです。むしろ、日本に必要なのは労働者革命なんです」

 

いつものようにお菊さんは目をつり上げ豹変した。コロンダ君を睨み付けると手を震わせ話し始めた。「坊ちゃん、自分が言っていることが分かっているのですか。坊ちゃんは、アメリカのイヌでいいのです。日本は、アメリカのイヌになったからこそ、今の豊かな国になれたのです。アメリカの軍事力は低下し続けているでしょ。今こそ、アメリカ軍を支援するために、大日本帝国は軍事力強化を図るときなのです。坊ちゃんこそ、現実を直視してください」

 

あきれ返った表情のコロンダ君は、これ以上議論してもいつものような平行線をたどるとうんざりしたが、この際家出する覚悟でとことん議論することにした。「お菊さんには、長い間お世話になりました。今まで、お菊さんの言う通り、やってきたと思います。でも、結婚に関しては、お菊さんに従うわけにはいきません。僕には僕の人生があるんです。もうこれ以上、お見合いは致しません。お菊さんに迷惑をかけるだけです。分かってください、お菊さん」

 

肩を落としたお菊さんは、気落ちした声で話し始めた。「坊ちゃんは、博多のイモと言う魔物に取りつかれてしまったんですね。もうおしまいです。坊ちゃんは、総理大臣になれる家系に生まれたにもかかわらず、この幸運を自ら捨てるなんて。お父様がお聞きになったら、絶望して、ショック死なされるかもしれません。もう一度、じっくりと将来のことを考えてみてください。人生は、一度きりです。七転び八起きと言う格言がありますが、一度つまずくと二度と立ち上がれなくなることだってあるのです。特に、政界においては、人脈なくして天下は取れません。本当に、天下を取りたくないのですか?」

父親の期待に応えられないことに恐縮したが、コロンダ君はマジに返事した。「はい、父親の期待に応えられないのは、とても申し訳なく思っています。でも、僕は、政界には向いていないと思っています。今期限りで、議員をやめる覚悟です。お菊さんにも大変ご迷惑をかけしたことを何と言ってお詫びしていいか分かりません。どうか、分かってください」お菊さんは、肩を落として黙って聞き入っていた。

 

このままではコロンダ君に押し切られてしまうと直感したお菊さんは、戦法を変えることにした。「そうですか。とっても残念です。お母さんにはなれなくとも、長い間、精一杯、坊ちゃんのためにお世話をしてまいりました。でも、残酷じゃありませんか。本当に、神様はいるのでしょうか。坊ちゃんが、政界から去ると決意なされたことは、お菊の育て方が誤っていたということですね。もはや、お菊は用なしのババアでしかありません。これ以上、生き恥をさらしたくはありません。死んでお詫び申し上げます。坊ちゃん、不甲斐ないお菊をお許しください」

 

死んで、と聞いたコロンダ君は目を丸くして跳び上がってしまった。意表を突かれたコロンダ君は、なんといって返事していいか分からず、金魚のように口をパクパクさせてしまった。自分に落ち着け、落ち着け、と言い聞かせどうにか言葉を絞り出した。「ちょ、ちょ、ちょっと、そう、悲観しないでください。お菊さんが悪いなんて、一言も言っていません。お菊さんには、感謝しています。お菊さんを見捨てたりなんかしませんよ。これからも、ずっと、僕のお母さんでいてください。結婚しても、一緒に暮らしたいと思っています」

 

作戦成功とほくそ笑んだお菊さんはさらに追い打ちをかけた。「でも、坊ちゃんが国会議員をやめてしまえばお菊は用なしじゃない。さらに、あの忌々しいイモと結婚してしまえば、粗大ごみ扱いされて捨てられるのは目に見えてるわよ。もう、お菊には生きていく場所はないのよ。孤独死するしかないのね。そう、旅に出ようかしら。冬の日本海はきっと冷たいわよね。断崖絶壁に立って神にお祈りするわ。すべては、お菊が悪うございました。どうか、お菊の罪をお許しくださいと」

 

コロンダ君は、とんでもないことになってしまったと手が震えだしてしまった。突然、立ちあがったコロンダ君は、素早くお菊さんの右横に立つと泣きそうな顔で慰めた。「お菊さん、考え過ぎですよ。結婚しても一緒に住みますから、そんなに嘆かないでください。笙子は、お菊さんを毛嫌いするような女じゃありません。きっと、三人でうまくやっていけますよ。涙を拭いて、元気を出してください」

コロンダ君はハンカチをお菊さんに手渡し、席に戻った。お菊さんは、うそ泣きの涙にハンカチを当て一層悲しい表情を作った。そして、涙声で話し始めた。「でも、坊ちゃんはの恐ろしさを知らないのよ。いったん結婚してしまえば、あのイモは夜叉になるに決まってるわ。毎日、いびられて追い出されるに決まってるわよ。すべては、お菊が悪いんです。潔く自害します。同情なんて、いりません」

 

これ以上どうやって慰めればいいかわからなくなってしまった。ここはひとまずお菊さんの気持ちを汲んで、自害だけは防ぐことにした。「お菊さん、僕もちょっと、浅はかだったように思います。確かに政治家には向いてないと思いますが、やるだけのことをやってもいないのに逃げ出すようなことを言ったことは、恥ずかしいことでした。天下は取れなくとも、国政をよくするための努力はすべきだと思います。どうにかして、貧困問題を解決すべく努力していきます。今後も、お菊さんのご支援、よろしくお願いします」

 

どうにか手のひらに載せることができたと思ったお菊さんは、小さくうなずきハンカチを握りしめ返事した。「坊ちゃんにお願いされれば、お菊は命を投げ出してもお仕えいたします。そのためには、まず、結婚が第一です。一刻も早く、ご結婚をなされ、御父上に孫をお見せください。京女は最高ですよ。一刻も早く、博多のイモなんか切り捨てて、京女を賞味なさってください。きっと、お気に召しますから」お菊さんは、頑として博多のイモだけは、許す気になれなかった。

 

お菊さんの笙子嫌いには、手に負えなかった。笙子がいとこであることを考えれば、確かに結婚相手として、ふさわしとは言えない。でも、法律で禁じられているわけではない。現に、江戸時代までは、いとこ同士で何の問題もなく結婚をしていた。特に、皇族、貴族では、いとこ同士の結婚が尊ばれていた。血が濃くなることは、奇形児の発生率が高くなるとは聞いているが、それはあくまでも確率であって、必ず奇形児が生まれるわけではない。笙子との結婚は、根気よく説得する以外にないと思えた。

 

ニコッと笑顔を作ったコロンダ君は、結婚の話を避け、社会情勢の話をすることにした。「日本は、急激に貧困化しています。政治家が取り組まなければならないことはたくさんありますが、その中でも、若者の低賃金労働対策と親による子供の虐待対策ではないでしょうか。不当労働問題対策として、第一に、労働組合の強化だと思っています。現在、大企業は派遣社員中心の労働で成り立っています。そのため、労働者は団結できず、労働者の権利が主張できなくなっています。このままだと、労働者は、奴隷と化してしまいます。今後、最優先で派遣社員制度の改革をやって行こうと思っています」

 

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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