小説の未来(14)

                感情言語

 

 小説と密接にかかわる感情言語についてですが、今はやりの”キレる”という言葉があります。この言葉は、若者の間では頻繁に使われています。怒りの気持ちを抑えきれなくなったということですが、一般的に、爆発するほどの怒りは複雑で簡単には言い表せないものです。そのためか、抑えきれない怒りを単にキレたといって処理しているわけです。

 

 おそらく、キレるほどの気持ちを具体的に述べたならば、かなりの量の言語となると思われます。でも、気持ちを具体的な言葉に変換することが苦手な人は、キレたといって暴言を吐いたり、暴力をふるって事態を処理してしまうのです。

 

 小説家にとっては、気持ちを言語化することが主な作業ですから、こみ上げる怒りをいろんな言葉を使って具体的に表現し、客体化していきます。そして、書物となった小説は、”気持ち”や”思い”がいろんな具体的な言葉で表現された言語集合体といえます。

 今後、幼少のころから視聴覚ゲームに多くの時間を費やし、さらに、小学生になったころから受験勉強という言語ゲームに多くの時間を費やしていくならば、多くの若者の言語中枢において、感情言語の占める割合はますます小さくなっていくと思われます。

 

 キモイ、シネ、キレる、ヤバイ、マジ、などの短絡的な言葉が若者の間では頻繁に使われていますが、ますますこのような短絡的な言葉は増加し、使われるようになると予測されます。簡略された言葉がコミュニケーションをあいまいにするとは思いませんが、感情まで短絡的になるのではないかと危惧されます。

 

 感情言語の貧困化は、感情の貧困化をもたらすと考えています。そう考えると、親子関係や男女関係をより豊かなものにしていくには、人々の感情言語をより豊富にしていく担い手が求められると思います。そして、その担い手の一つとして小説家があげられると思っています。

               愛情表現

 

             

 陰湿な行動として今問題になっているストーカーという迷惑行為があります。確かに悪質な行為と思われますが、実は、この行為は愛情表現の一つなのです。ストーカーに走る人たちは、好きだという感情を言語で表すことができず、そのために一方的な追跡行為や軟禁という事件を引き起こしているのです。

 

 端的に言えば、愛情表現がうまくできないということが、不運な事件を引き起こしているのです。愛情表現としてのストーカーが、迷惑行為になってしまえば、愛情が理解されず、真逆の悪意に見られてしまうのです。

 

 痛ましい事件を聞くたびに、感情言語が人間関係において、いかに重要であるかが痛感させられます。殺人にまで発展したストーカー事件は、感情言語の貧困化が生み出した悲劇といえるのではないでしょうか。感情による行動を自制することは難しいものです。だからこそ、感情言語を豊かにする必要があるのではないでしょうか。

 人間だけでなく動物にも恋愛感情はあります。動物は、人間の使うような言葉を発しませんが、動物なりの鳴き声や動作などを使って恋愛します。動物たちは、彼らなりの方法でオスとメスの調和を作り出しているのです。

  

 恋愛は、ほとんどの人が経験するといえます。この恋愛を痛ましいものとしないためにも、いろんな感情言語に触れることができる読書をお勧めします。さらに、小説を書くということは、いろんな感情言語を生み出すことになり、自分の心を客観的に見つめることにも役立ちます。

  

 端末機を使った視聴覚ゲームは、老若男女問わず手軽に楽しめます。一方、小説を読むということは、知らない言葉を調べたり、じっと静かに文字を追うという努力と忍耐力を必要とします。でも、ドラマの登場人物になりきった自分を通して、日常生活で触れることのできない多くの感情言語に触れることができるのです。それは、現実の恋愛にも役立ってくれると思います。

 

春日信彦
作家:春日信彦
小説の未来(14)
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