A(エース)

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A(エース)

Aはその弟を執拗に自分の唯一人の弟だとして可愛がる様子が在り、その男とデートする際でも、何かと弟の話を持って来ては何等かの場面でその男の出来と比較する様な失笑を沢山話して居た。その父親には、職人とは言うが一瞥する様子の内にも何か狂気の様なものを秘めた突発的な恐ろしさが窺え、このAとの間に何か不義が在れば忽ち顔から禿げ上がった頭頂迄を茹で蛸の様にして暴力を振るって来るという様な、馴染み辛い処が在ると男は感じて居た。しかしその父親は知的障害を患って居るその娘の言動が引き起こして来たこれ迄数々の愚問・悪行、摂理の伴わない形相に免じてか、娘のガードを最低限度に止める様にと一見諦めの感が在る様に思われて、男はその処に身を寄せようとする狡さを憶えさせられて居た。その父親とも男はAの自宅の玄関先で一瞥して居り、弟の時と同じ様に奥の部屋から玄関へ差す蛍光灯の明りでその表情は逆光の内に深淵を描く事が出来ず、その威厳は不十分なものとして男に伝わったかも知れないが、それでも玄関へ入りAが〝○○さん来たで―〟と叫んだ後にドタドタドタ!と豪快な足音を踏み込んでやって来たその父親の姿には気後れを憶えさせた「父の強さ」が在り、以前にAから写真で見せて貰ったその父の顔に見慣れた安心が在った筈だが、矢張り実物が目前に来てじいっと睨まれるとその表情に、〝割り込めば忽ち殺される〟といった親子の絆が成す規律の様なものを見た訳であり、Aと自分との関係を大切に扱わなければ、と結果的には一瞬の改悛をその心中で構築するに至った訳である。Aが男のそうした心中を察して居たか否かは疑問だったが、無為な父の威圧に対して男を慰めようとした為か、場を明るくしようと努める節が見え、男はその後、〝崩せない親子の絆の様なもの〟を心中に宿しながら帰宅する暗い夜道の途中で、一瞬でもAと自分との淡く魅了された世界に身を押し沈めてその形を共に心中に宿し、スカイラインに身を預けて相応の高速で走って行った。

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天川裕司
作家:天川裕司
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