エロゴルフ(1)

不吉な予感

 

彼女たちが去ったリビングには、体臭と香水がブレンドされた甘い香りが漂っていた。すでに行くつもりになっていた植木は、能天気な笑顔で松山に確認した。「会長、行かれますよね。またとない、絶好の機会です。早速、準備いたしましょう」行く気にはなっていたが、松山は、笑顔を作らなった。なぜか、漠然とした不安がよぎっていた。「まあな、行ってもいいが、どうもな~~。何か、引っかかるんだ。何かが?」

 

植木は、松山の言っている意味がさっぱり分からなかった。「いったい、何が、引っかかると言うんです。日本には、絶対ない、最高のサービスじゃないですか。しかも、大臣とラウンドできるかもしれないんです。こんな機会は、二度とないかもしれませんよ」松山は、腕組みをして天井を見つめた。「ウ~~」とうなり声をあげると考えていることを話し始めた。「どうも解せないんだ。大臣が、プロ野球の監督たちと旅行するのは、分からなくもないが、どこの馬の骨ともわからない俺たちのような庶民と旅行に行くだろうか?おまけに、俺のエサみたいなシングル級の若くてかわいいガイドのお目見えときてる。ちょっと、できすぎてりゃしないか?何か、引っかかる」

 

植木は、即座に懸念を打ち消すかのように反論した。「何をおっしゃります。会長は、トップアマとして有名じゃないですか。そこを見込んで誘ってくれたに違いありません。他では体験できないラウンドを提供するのが、皇帝KGBゴルフ倶楽部のいいところじゃないですか。ちょっと、考え過ぎじゃないですか?素直に、幸運を受け入れましょうよ。かわいいピチピチコンパニオンが待ってるんですよ。迷うことなど、ありませんよ」そのようにご機嫌を取られた松山だったが、心に漂う不吉な予感は消えなかった。

 

植木は、松山の気持ちの方向を変えようとゴルフの話を持ちかけた。「最近、うまくなったでしょ。会長のアドバイスのおかげです。ついに、90が切れるようになりました。ウッドを短く持って、着実に前進して、ボギーを確実に取れ、とアドバイスいただき、最近は、まぐれでパーも取れるようになりました。夢みたいです。ショートウッドがあれば、ダフリのアイアンなんて、いりませんね。みんなもショートウッドを使えばいいのに。やっぱ、見栄を張ってるんですかね」

松山は、ふと我に返り、自分を見失っていたことに気がついた。つい最近まで、豪快に背筋力で飛距離を出して、バーディーを取る事ばかり考えていた。だが、自分の左脚に対する感謝を忘れてしまっていたように思えた。高齢になれば筋力の衰えや疲労回復の遅れは、当然起きる。それなのに、そのことを考えず、若いころと同じように目いっぱい背筋を使っていた。ショットの不調の原因は、おそらく、そこにあるように思えた。

 

左脚の動きを考えず、がむしゃらなスイングが、ミスショットを生んでいるように思えた。今一度、初心に戻り、左脚の働きを重視し、もっと左脚の声を聞かなければ、と反省した。若いころは、左脚の声が聞こえていたのに、年を取るにしたがって傲慢になってしまったのか左脚の声が聞こえなくなっていた。この機会に、心機一転、左脚を鍛え、左腰の切り上げを強化することを決意した。

 

ドヤ顔の植木に目をやると感心した表情で返事した。「ほう、植木も、ついに90を切れるようになったか。まあ、ウッドは滑ってくれるから、コンパクトに打てば、ダフルこともない。ティーショットもドライバーにこだわらず、クリークを多用すればいい。今の調子でやれば、スコアも安定するだろう。タイでのゴルフが楽しみだな」植木は、大臣とのタイツアーが決定したと思い、歓喜の返事をした。「早く、タイのコースでラウンドしたいですよ。触り放題のピチピチコンパニオンも待っていることだし」

 

今回のタイツアーは、長い間、伊都タクシーに貢献してきた植木への感謝を兼ねていた。千秋が社長に就任できたのも、植木が陰ながら必死に働いてくれたからであった。そのことは、全社員が認めるところであった。「大臣や監督たちと一緒というのは、ちょっと気が重いが、植木の慰労を兼ねて、思い切っていくとしよう。二人が、ちょっと羽を伸ばしても、社員は大目に見てくれるだろう。そうと決まれば、旅行の準備だ」

植木は、気持ちを汲んでくれた松山に自分の思いを打ち明けることにした。「会長、ありがとうございます。今まで会長にお仕えしてきたかいがありました。会長に似て、千秋社長もたいしたものじゃないですか。会長と私は、死ぬまで同士です。死ぬまで愛し続けます。これからもよろしくお願いします」松山は、男の愛をうち明けられるとちょっと気持ち悪くなった。「おい、愛は、女だけにしてくれ。男同士の愛っていうのは、キモイぞ」

 

本音を打ち明けて顔を赤らめた植木は、福岡に攻勢をかけている外資系タクシー会社の話を始めた。「ところで、福岡市に一昨年攻勢をかけてきたモサドタクシーは、かなりの脅威ですね。糸島市に侵攻してこなければいいのですが。モサドタクシーには、AIが搭載されていて、かなりの人気を得ているそうです。福岡県タクシー協会の知り合いからの情報ですが、すでに、数社のタクシー会社が倒産寸前だそうです。うかうかしていると、伊都タクシーも、つぶされるかもしれません」

 

松山も外資系会社には、脅威を感じていた。特に、一昨年から、外資系多国籍企業が急増していた。CIA電力、SIS水道、DIA兵器、FBI 警備などの多国籍企業が日本の基幹産業に参入するようになり、日本企業は経営難に陥っていた。「まったく、困ったものだ。政府が、もっとしっかりしていれば、こんなことにはならなかった。日本の歴史も、文化も、すべて破壊されてしまう。もう、おしまいだ。だが、伊都タクシーは、死んでも守ってやる」

 

植木は、いずれ、日本人エリート政府も崩壊すると予測していた。外国人エリート育成のための外資系私立大学が建設され、旧帝国大学でさえも、私学化されつつあった。防衛費の占める割合は、急激に大きくなり、福祉の予算は、ますます縮小されている。また、ロッキード資本の国内軍事産業は、日本政府の支援も受け、着実に基幹産業に発展している。さらに、低賃金長時間労働やサービス残業などの不法な労働が黙認され、また、低賃金労働を許容する移民の増大により、多くの日本の若者たちは、職を失っている。窮地に陥った若者たちは、反戦を叫びながらも、やむなく軍人を志望するようになっている。

国会議事堂に届くほどの植木の雄叫びが響いた。「やりましょ~~、会長。今こそ、大和魂の時です。このままでは、日本は、沈没します。政界に打って出るのです。本来の自民党に変革するのです。会長のためなら、死んでも本望です」松山は、あまりの大声に度肝を抜かれてしまったが、平静さを取り戻すと、突如耳に飛び込んできた政界と言う言葉に首をひねった。「おい、俺は、政治家になるとは、一言も言った覚えはないぞ。田舎ジジイが国会議員になれるものか。とにかく、伊都タクシーを守ることだ」

 

植木は、どうにかして松山を政治家にしたかった。そのために、知り合いのジャーナリスト、作家、企業役員などに協力を要請していた。「会長、弱気じゃいけません。沈没し始めた日本は、松山会長と言う救世主を必要としているのです。日本のため、伊都タクシーのため、一念発起してください。根回しは植木に任せてきください。私には、ジャーナリストや作家の知り合いもいます。必ず、会長を国会議員にして見せます。とにかく、当たって砕けろ、です」

 

松山は、植木がここまで能天気だとは思わなかった。まったく、政界とはつながりのない田舎ジジイでは、立候補もできないと思ったが、植木の心意気に感謝し、適当に賛同することにした。「そうか、俺のことを、そこまで思ってくれているとは、ありがたい。政界のことは、植木に任せるとして、ここ最近、千秋とラウンドしてないな~~。やっと、ドライバーは、曲がらなくなったが、アイアンはさっぱり進歩しとらん。いっちょ、ラウンドするか」

 

 植木は、会長の政界進出には、千秋社長の後押しが必要と考えていた。現政権の不甲斐なさに辟易している社長ならば、きっと、会長の政界進出に賛同するに違いないように思えた。また、社長の先輩たちには、大物の政財界人がいる。社長にも一肌脱いでいただければ、国会議員実現は可能と思えた。「千秋社長は、忙しくていらっしゃるのですよ。たまには、一息入れるのもいいですね。タイのゴルフツアーは、会長からお話しされた方がよろしいかと。ラウンドしながら、政界進出の件をお話しなされてはいかがでしょう。きっと、社長は、賛成されると思いますよ」松山は、千秋に左脚の使い方をどのように教えようかと考えていたが、政界と言う言葉が頭に響くと、不吉な予感がよみがえり背筋が冷たくなった。

春日信彦
作家:春日信彦
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