エロゴルフ(1)

美女の誘惑

 

 昨年(平成28年)の12月で63歳になった松山は、今年の4月に長男の千秋(ちあき)に社長の座を譲った。社長の座を退いてからは、経営に関し一切口出しをしないことにした。経営の補佐は、今まで通り専務の植木に任せた。そして、5年前にくも膜下出血で妻を亡くした松山は、これからの人生の目標を立てるために、ここ3ヶ月前から雷山(らいざん)の別荘で愛猫の“ピエロ”と一緒に研修生のような合宿生活を送っていた。91日(金)今朝も、マネージャー役のピエロにオキニャ~チャイ、オキニャ~チャイ、と耳元で声をかけられ、ペロペロとほほを舐められると「俺はまだ若い」と強がりを言って飛び起きた。

 

ピエロにキャットフードと水を与えると脚腰が衰えないように別荘の路地を適当に駆け巡るランニングに出かけた。20分ほどのランニングから戻り、コーヒー、食パン、ハムエッグ、納豆、豆乳、野菜スープ、ヨーグルト、リンゴの朝食を済ませると、書斎のノートPCで主なニュースをざっと確認した。迎撃ミサイル配備、原発再稼働、オスプレイ墜落、衆議院解散などの報道が目に飛び込むや否や、「あ~~あ、日本もおしまいだ」とぼやき、窓際のソファーに腰かけ、眼下のゴルフ場を眺めた。いつものようにピエロが膝の上に飛び乗り、ニャ~~に浮かない顔をしているのと声をかけてきた。ピエロの頭をなでながら、二段グリーン上の風に揺らぐピンフラッグをぼんやりと眺めていると脳裏のスクリーンに植木とともにがむしゃらに働き続けたサクセスストーリーが映しだされた。

 

フォークシンガーソングライターにあこがれた松山は、中学のころからギターを習い始め、中学3年生のころになると、中洲や天神で路上ライブを始めた。世界的メジャーを目指した彼は、デビューするために東京で音楽活動をやりたいと父親に願い出たが、「田舎者のイモ兄ちゃんが、歌手になんかなれるものか」と猛反対された。猪突猛進(ちょとつもうしん)の彼は、親に内緒で高校を中退し、家出同然で上京した。そして、生活費を稼ぐためと度胸をつけるためにキャバレーを転々とし、コンテストにも何度か出場した。だが、どこの事務所からも声がかからなかった。

 

プロ歌手としてのデビューを果たせなかった彼は、夢をあきらめ25歳で郷里の糸島(いとしま)に帰ってきた。父親に勘当を解かれた彼は、タクシー乗務員を1年やり、2年目には父親が経営する伊都(いと)タクシーの総務課長になった。その当時は、総台数5台の小さな有限会社で、社員間のもめごとが絶えず、また社員の入れ替わりも激しかった。さらに、銀行からの借り入れもままならず、倒産寸前に陥っていた。伊都タクシーの再建を人生の目標に設定した彼は、経営のことはまったくの素人だったが、社員のために尽くそうと、病院、ホテル、料亭、飲食店、などへの広報活動に励んだ。また、毎朝一番に出勤した松山は、入り口前に立ち、出勤してくる社員たちに「おはようございます」と大声で挨拶し、笑顔でぺこぺこと頭を下げた。

 

松山のひた向きな姿勢に影響されたのか社員たちに笑顔が見えるようになり、朝礼ではポジティブな発言も出るようになった。会社もどうにか軌道に乗りかけてきた32歳の時、大阪のM商社を退職した陽気な26歳の植木が入社してきた。植木は、父親の大学の後輩にあたり、F大学商学部卒で、税務に強く、営業にも長けていた。経理係長職に就いた植木は、人脈を通じての取引銀行への挨拶と徹底した経費削減に努めた。その結果、銀行からの評価もよくなっていった。また、給与の見直しも積極的に提言し、その効果もあって、着実に乗務員数も増え続けた。タクシー保有台数20台になると有限会社から株式会社に昇格させた。

 

42歳の時、父親が心筋梗塞で亡くなり、総務部長兼副社長の松山が新社長に就任した。同時に経理課長から総務部長に昇格した植木は、より一層松山の手足となり、社員管理力と外交力でますます会社を拡大していった。松山は高校中退で、経営学や税務に疎く銀行からの信用があまり得られなかったが、人脈に強い植木が銀行との交渉をするようになってからは、融資がスムーズに行われるようになった。10年前には、保有台数50台の中堅タクシー会社となり、純利益も安定するまでになった。ここまで会社を大きくしたのは、植木であるから、社長になるだけの資格はあったが、植木は何一つ不平を言わず、長男千秋の社長就任を祝福した。

 

 ピンポ~~ン、ピンポ~~ン、チャイムの音に我に返り、今ごろ誰だ?と思った時、ピエロがぴょんと膝から飛び降り、玄関にかけて行った。ドアを開けた来客は、「植木です」と大声を発するとニャ~~と出迎えたピエロを抱っこしてリビングに顔をのぞかせた。植木はいつもならば、午後にやってくるのだったが、なぜか今日に限って午前中に子供のようにスキップしながら笑顔でやってきた。松山は振り向き、植木に声をかけた。「どうした?宝くじにでもあたったのか?」笑顔の植木は、右手を顔の前でひらひらと振り、より一層笑顔を膨らませた。「会長、耳よりの話を持ってまいりました」明るい声を響かせた植木は、リビング中央のソファーで松山がやってくるのを待った。

 

 中央のソファーにやってきた松山は、神妙な顔つきで植木に腰かけるように促し、彼の顔を覗き込んだ。「もしかして、中洲に人気AV嬢がやってきたのか?」上着を脱いだ植木は、急にドヤ顔になって話し始めた。「会長、今日はマジな話です。まあ、こっちの話もありますけど」右手の小指を立てた植木は、もったいぶった話し方をした。気をそそる話し方に松山は、興奮してきた。「おい、早く話せ。さあ」植木は、おでこを右手の指先で二度かき、ちょっと間をおいて話し始めた。

 「話と言うのは、マージャンクラブで懇意にさせてもらっている社長さんから聞いた話なんですが、タイのゴルフ倶楽部会員のことなのです。そこのゴルフ倶楽部会員になれば、信じられないような特典があるそうなのです。すでに日本の多くの政財界人たちが会員になっているようで、今後、政治家との交流を深めるにはもってこいのゴルフ倶楽部会員なのです。いかがですか?」松山は、突然のゴルフ倶楽部会員の話で、まったく内容がつかめなかった。「おい、もう少し、具体的な話をせんか。さっぱりわからん。そこの会員権はいくらするんだ。べらぼうに高いんじゃないか?」

 

 一度うなずいた植木は、眉間に皺をよせ思い出すような顔つきで話し始めた。「本社は、ロシアのボグログラードにあるそうですが、ロシア政府管轄下のロシア皇帝KGBバンクが大株主のロシア皇帝KGBカンパニーという会社があるそうです。そこが全株出資しているという皇帝KGBゴルフ倶楽部が、数か国に現地法人としてあるそうです。タイ以外にもベトナム、マレーシア、フィリピンにも皇帝KGBゴルフ倶楽部があるそうです。セールスレディーに電話で聞いたところ、会員権は100万円と言うことでした。かなりお得じゃないですか」

 

 松山は、計算高い植木にしては、バカな話を持ってきたと叱るような口調で返事をした。「おい、確かに、100万は、やすいかもしれんが、タイのへき地じゃないか。そんなところにあるゴルフ俱楽部がお得と言えるのか?宿泊費と交通費を考えてみろ、どこがお得なんだ」一瞬ひるんだ植木だったが、真剣な眼差しで返事した。「会長、話はまだ終わっていません。本当にお得な話が、まだあるのです」

 

 松山は、ゴルフの会員権の相場は低下する一方で、これから投資する商品ではないと思っていた。ちょっとムキになり大人げない発言をしたと反省した松山は、自分の考えを述べた。「もう、会員権はやめた方がいい。きっと損をする。タイと言えども、同じに決まっている。ロシア皇帝KGBとやらは、初めて聞く会社だな~。ちょっとヤバイんじゃないか?眉唾物の商品に手を出すと、痛い目に合う。植木も、焼きが回ってきたな」植木は、会長を睨み付けると胸を張って答えた。「会長、焼きが回ったとは、私も、見くびられたものですね。とにかく、話を聞いてみてください」

 

 ドヤ顔の植木に圧倒された松山は、とにかく話だけでも聞くことにした。「まあ、そこまで言うのなら聞こうじゃないか。儲け話は好きな方だし」植木は、腕時計に目をやると即座に返事した。「11時の約束です。セールスレディーの大原さんが、もうそろそろ来る頃です。彼女から、詳しい話をお聞きになってください」松山は、タイからセールスレディーがやってくると勘違いした。「おい、タイからセールスに来るのか?」

 

 笑顔を作った植木は、即座に返事した。「そんな馬鹿な、ロシア皇帝KGBカンパニー傘下の系列会社に皇帝KGBジャパンツーリストと言う旅行会社があるそうで、そこの支店の一つ博多駅南支店からやってくるそうです。九州の政財界人がかなり会員になっているみたいで、彼女はA衆議院議員やY都市銀行の役員たちが会員だと言っていました。電話の声では、かなり色っぽい声でしたよ。楽しみですね」松山は、女性のセールスレディーがやってくると思うと、少しワクワクしてきた。

 

 植木がもう一度腕時計をチラッと覗いた。その時、訪問客を知らせるチャイムが鳴った。ピンポ~~ン、ピンポ~~ン、松山の膝からぴょんと飛び降りたピエロは玄関にかけて行った。植木が玄関に向かおうと立ち上がった時、女性の色っぽい声がリビングまで響いてきた。「皇帝KGBジャパンツーリストの大原と申します。御在宅でしょうか?」即座に、声に反応した植木は、出迎えに玄関にかけて行った。ソファーの横に突っ立った松山がハゲ頭に右手を置いて恥ずかしそうな表情をしていると植木が濃厚な色気をプンプンさせたロシア人女優のような超ミニスカのセールスレディーを案内してきた。

 

 「ここ、こちらが、伊都タクシーの松山会長です」植木は、あまりの色気に興奮し、声が上ずっていた。彼女は名刺を差し出し、自己紹介した。「わたくし、皇帝KGBジャパンツーリストの営業を担当しています大原と申します。よろしくお願いします」松山も超ミニスカから伸びた妖艶な長い脚に目が行くと心臓がバクバクとなり始めた。腰かけると長い脚を斜めに倒し、股間を隠すかのように赤いファイルを太ももの上に置いた。松山はにやけた顔で挨拶した。「ようこそ、いらっしゃいました。今、植木からタイにある皇帝KGBゴルフ俱楽部の話を聞いていたところでした。とても素晴らしいゴルフ俱楽部と言うことで、さらに、詳しい話を聞きたいと思っていたところでした。おい、お茶」

サーファーヒカル
作家:春日信彦
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