旅館は青黒く光る屋根の瓦に、いかにも田舎宿らしい古びた門構えの古風な、いでたちである。ちょうどバスで来た一本道を挟んで、広い海辺と対面していて、そこから北に向けて延々と十数キロの海岸線が続いている。
門をくぐり、中庭を通り、古びた玄関の戸口から旅館に入る。出迎えてくれたのは、五年前の滞在の時には女中だった、美しい女、君江だった。今では、だいぶ昇格して女番頭だそうだ。
君江は、いかにも南の生まれらしい派手な目鼻立ちや、三十を過ぎた女の熟れきった肉体が、うっすら透けて見える様な着物姿も、昔より、もっと妖しく艶やかだった。
五年前の滞在の時、君江とは、ロマンスとも言えない薄い恋をし、それなりの肉体関係もあったが、一ヶ月後、俺が街に帰る事で、二人の関係は自然に終りを迎えた。
聞いたところによると、君江は、ちょうど二年前に結婚し、今は、亭主と連れ子の娘、両親の五人で暮らしているらしい。
当方は、少し当てが外れて、空々しいという感じだ。