小説の未来(13)

 ここで、試験用の問題とそうでないぼんやりとした感情に関した問題について考えてみましょう。前者には、必ず正解があるわけですが、後者の解答には、正解と言えるものが必ずあるのでしょうか?また、感情に関する問題に解答がなされたとして、それを得点化できるのでしょうか?

 

 ルールが明確でルールに厳格な数学であれば、必ず解法が存在し、その解法によって正解が導き出されます。多くの学生は、授業において多大な時間をかけて解法を記憶し、受験においては、短時間の解答時間内に、記憶した解法を用いて素早く解答しているのです。

 

条件が明確に設定された問題は、論理的思考と解法の記憶という手段を使って正解を導きだすことができます。でも、日常生活における複雑で難解な人間関係の問題は、どうでしょうか?

 

 複雑に条件が絡み合った人間関係の問題に関しては、条件設定次第で無限の解答が得られると思われます。ほとんどの人は、無意識に自分に都合の良い条件を設定して、無限にある解答のなかから、一つか二つの解答を見つけ出します。そして、あたかもその解答が正解であるかのように思ってしまう場合が多いのです。

そこで、ぼんやりとした感情の問題と小説家とのかかわりを考えるわけですが、小説家は、いったいどんな問題を解き明かそうとしているのでしょうか?その点を考えて初めて、小説家の存在意義が浮き彫りになってくるように思えるのです。

 

あくまでも、私個人の考えではありますが、小説家とは、ぼんやりとした感情の問題にオリジナルな具体的事例を設定し、自然言語を使ってドラマチックに解答する芸術家と思っています。

 

 多くの人にとって、正解が特定しづらいぼんやりとした感情の問題は、日常生活において意外と意識化、言語化されにくいものではないでしょうか?言い方を変えると、ぼんやりとした感情の問題は、あまりにも条件が複雑で、条件設定がしづらいために、言語を用いた具体的な問題として作成しにくいと言えるのではないでしょうか?

たとえば、友達とちょっとしたことで喧嘩別れになったが、どのようにすれば仲直りすることができるのか?

 

好きな人に好きだと告白したいが、それができない気の弱い性格を変えたいがどうすればいいか?

 

いじめられている人を助けてあげたいが、そうすると今度は自分がいじめられるようで怖くて助けることができない。このような臆病な性格を変えたいがどうすればいいのか?

 

家族関係がうまくいかず、イライラが募って、誰かをいじめたくなってしまうそのような卑劣な性格を変えたいが、どうすればよいか?

 

 夫の浮気を許したいが、心の底にある憎しみが消えず、この女の業と言えるような憎しみを消し去るにはどうすればいいのか?

 

このような感情に関する問題においては、具体的な条件を設定し、さらに問題を具体化されなければ、解答しにくいのではないでしょうか。しかも、それらの問題に解答が得られたとしても、さらに条件を加味し続ければ、いくつもの解答がなされることになります。

 

人間関係における問題には、性の違い、遺伝子の違い、生い立ちの違い、家族構成の違い、年齢の違い、言語の違い、風習の違い、宗教の違い、生活環境の違い、などのもろもろの条件によって、解答が無限にあると言っても過言ではないのです。

 

実生活においては、つかみどころがないぼんやりとした問題のほうがほとんどで、また、あまりにも条件が複雑すぎて明確な条件設定もできず、したがって、それらの問題に対する解答も定まらない場合が多いのではないでしょうか。

 

このようなことを考えると、多くの人達は、悶々と悩み苦しむ日々を送っているのではないでしょうか。だから、悩みを解消するために、宗教を信じたり、占いを信じたりする人がいるのでしょう。

 

さらに、悩みによる苦痛が思考停止を引き起こすと、うつ病になったり、最悪な場合、人生を悲観して、自殺したりする人も出てくるのです。

春日信彦
作家:春日信彦
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